スタートアップ企業への投資における優先株式と諸契約について
情報センサー2021年5月号 Trend watcher
EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) リードアドバイザリー 杉野弘直
独立系M&Aアドバイザリー会社、大手銀行を経て、2019年にEYグループに参画。TMTセクター、EY Privateを中心に、M&Aアドバイザリー業務に従事、スタートアップ案件にも関与をしている。日本証券アナリスト協会 検定会員。
Ⅰ はじめに
多くの企業がスタートアップ企業との協業を進めるべく、同分野への投資(スタートアップ投資)を積極化しています。本稿では、スタートアップ投資において近年活用されている優先株式、及び投資時に締結する投資契約や株主間契約について概説します。
Ⅱ 優先株式
スタートアップ投資は、エクイティによる投資が大半です。エクイティは、普通株式、種類株式に大別されますが、近年は種類株式による投資が増加しています。
種類株式は、定款により普通株式と異なる内容が定められた株式です。通常は優先的な剰余金配当(会社法108条1項1号)や残余財産分配(同項2号)において普通株式より優先される株式とされ、一般的に「優先株式」といわれます(以下、優先株式)。
優先株式の活用は、出資者にとっては普通株式よりも残余財産の分配などで有利な条件となるため投資のハードルが下がる一方、スタートアップ企業にとっても出資者へ有利な条件を付すことにより高いバリュエーションでの資金調達ができる可能性が高くなるメリットがあります。
優先株式の内容は案件ごとに異なりますが、①優先残余財産分配②取得請求権③取得条項を定めることが一般的です。
1. 優先残余財産分配(会社法108条1項2号)
スタートアップ企業が清算される際、優先株主が優先的に残余財産分配を受けられます。また、スタートアップ企業がM&Aにより売却された際、M&A対価はこの規定によって分配されます(みなし清算)。
2. 取得請求権(同5号)
優先株主がスタートアップ企業へ優先株式の取得を請求できる権利です。対価として普通株式や現金が交付されます。エグジット機会の確保やダウンラウンド(低額な価格で株式が発行される)ケースへの対応が主な狙いです。
3. 取得条項(同6号)
一定の条件のもと、スタートアップ企業が出資者の保有する優先株式を普通株式に転換できる条項です。原則、優先株式を残したままではIPOができないため、IPOを目指す場合には普通株式に転換する必要があるからです。
その他、役員選任権や一定事項に関する拒否権なども種類株式で設定可能ですが、経営の自由度や柔軟性の確保から、定款変更が必要となる種類株式ではこれらを設定せず、投資契約や株主間契約で対応するケースが多く見られます。
Ⅲ スタートアップ投資における諸契約
スタートアップ投資においては、出資者、スタートアップ企業(発行会社)、経営株主(創業者)などさまざまなステークホルダーがいます。複雑な利害関係を調整する上で、さまざまな契約が必要不可欠です。
主な諸契約としては、投資契約、株主間契約が挙げられます。これらの契約は、普通株式、優先株式といった発行方法を問わず、投資をする際に締結される場合が一般的です。なお、本稿に示した項目は例示であり、実務上、案件によって投資契約と株主間契約のどちらに盛り込まれるかが変わりますのでご留意ください(<表1>参照)。
Ⅳ 投資契約の主な内容
投資契約に記載される主な内容は次のとおりです。
1. 投資内容に関する事項(発行条件)
株式の内容、発行株式数、払込金額、払込期日
2. 表明保証
① 発行会社による表明保証
会社設立・存在、契約締結権限・手続履践、会社の事実(計算書類等の正確性、契約や知財等の状況、紛争等の不存在等)、開示資料の正確性 等
② 出資者による表明保証
会社設立・存在、契約締結権限・手続履践
3. 誓約事項(コベナンツ)
投資実行までの遵守事項
4. 前提条件
投資実行、株式発行の前提条件
5. その他の事項
表明保証や契約違反時の解除、補償
初期投資ステージや出資者が少数の場合、投資後に関する事項が投資契約に含まれているケースも見られます。新規の出資者が増えるなど利害関係者が増えることが見込まれる場合、投資契約と株主間契約をあらかじめ分けておくことが望ましいといえます。
Ⅴ 株主間契約
株主間契約に記載される主な内容は次のとおりです。
IPO、M&Aといった出資者のエグジットを想定、かつスタートアップ企業へのガバナンスやモニタリングに関して明確に取り決めておく必要があります。
1. 経営や運営に関する事項
① IPO努力義務
一定の目標時期を定め、スタートアップ企業がIPOに向けて努力することを規定します。
② 取締役の指名権
出資者が望む者を取締役に指名できる権利です。
③ 事前通知、承認事項
スタートアップ企業が一定の事項を決定する場合、事前に出資者による承認や通知を必要とする条項です。新規株式の発行、事業計画の変更、財務に関する重要な影響を及ぼす事項の発生など、ケース・バイ・ケースで定められます。
④ モニタリング、情報開示
スタートアップ企業の経営、業績、財務等に関して、定期的な開示を取り決める条項です。
⑤ 創業者の専念義務
創業者が出資者の承諾なく、スタートアップ企業からの離脱や、他の事業・業務との兼職を禁止することで、創業者がスタートアップ企業の経営に専念することを促す条項です。
2. 株式の取扱に関する事項
① 先買権
創業者が第三者に株式を譲渡しようとする場合、出資者自らが当該株式を買い受けることができる権利です。
② タグ・アロング(売却参加権)
ある出資者(含創業者)が株式を第三者に売却する際、他の株主も同条件で当該第三者に売却することができる権利です。
③ ドラッグ・アロング(強制売却権)
株主、特に大株主の株式売却に際して、他の株主も同条件で売却をしなければならないという条項です。
④ みなし清算
M&Aによる売却に伴う対価に対して、会社が清算したかのように捉えて出資者間で対価の分配を行う条項です。
⑤ その他
希釈化防止条項、最恵待遇条項など、ケース・バイ・ケースで設定されます。
Ⅵ おわりに
スタートアップ投資に関する優先株式の活用や諸契約の検討・高度化は、先行する米国を参考にしつつ、近年わが国でも急速に進んできており、契約当事者間の利害調整を円滑にすることで、このスタートアップへの投資を活性化させてきました。個別案件で当事者のニーズや背景、経営環境は異なるため、実際の案件では柔軟に内容を検討するとともに、弁護士やアドバイザーなど各種専門家の助言を仰ぐことが肝要です。