ポスト・スマートシティ 第7回 行政DXに向けた現状とこれからの展望
情報センサー2021年5月号 パブリックセクター
EY新日本有限責任監査法人 パブリック・アフェアーズグループ 高山 聖
大手外資系コンサルティングファーム、公共政策大学院を経て、2008年より現職。政府・自治体向けに業務改革、IT調達支援、行政評価・EBPM、官民連携プロジェクト(PPP)、地方創生、介護・保育におけるDXプロジェクト等の行政経営コンサルティング業務に多数従事。CISA(公認情報システム監査人)、CDPSE(公認データプライバシーエンジニア)、保育士。当法人シニアマネージャー。
Ⅰ はじめに
筆者が前回本連載に寄稿(本誌 2020年10月号)して以降、コロナ禍のさらなる長期化・深刻化と相まって、歴史的とも言える大きなICT政策の転換がありました。具体的には、2020年12月にデジタル・ガバメント実行計画が改訂されるのと同時に、自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画※1が策定されたことです。もう1点は、デジタル・ガバメント実行計画等に法的根拠を与える各種法案が国会提出※2されたことが挙げられます。
自治体情報システムの標準化・共通化、マイナンバーカードの普及促進、行政手続きのオンライン化、デジタル庁の設置による司令塔機能の強化等、これらの施策はいずれも、わが国のIT政策における積年の課題として認識されていながら抜本的な解決に至っていないものばかりであり、デジタル社会形成基本法案がIT基本法を廃止していることに象徴されるように、2000年以来の日本の電子政府政策を全面的に刷新・再起動させるものとなっています。
Ⅱ 本来の「自治体DX」とは何か
こうした「計画」を「実行」に移すため、今後は「何をやるか」ではなく、「どうやるか」という細部の論点整理や制度設計の詰めに移行していくでしょう。2021年夏には総務省から「(仮称)自治体DX推進手順書」なるものも公表されるようですが、実務を担う自治体職員にとっては、膨大な検討事項と多くの困難が伴うことが推察されます。筆者はこうした取り組みの意義・必要性を微塵(みじん)も疑うものではありませんが、それでもなお本稿で問題提起をしたいのは次の2点です。すなわち、①これはDXと呼べるか?②この施策の先にどのような社会像を描くのか?という点です。
1. 「DX」の定義と射程
あらためて、DXとは何でしょうか。デジタル・ガバメント実行計画には、Digitalization(デジタライゼーション)として「デジタル技術の活用に対する考え方を改め、デジタルを前提とした次の時代の新たな社会基盤を構築すること」(強調筆者)※3と定義されています。それに対比されるDigitization(デジタイゼーション)の定義は「紙で行っていた行政手続きをオンラインでできるようにするなど、従来のやり方をデジタルに置き換えるだけ。過去の延長線上で今の行政をデジタル化すること」となっています。
こうした定義に照らして昨今のIT施策を眺めてみると、自治体システムの標準化・共通化しかり、マイナンバーカードの普及促進しかり、RPA/AI導入しかり、それ自体「デジタイゼーション」の施策と言わざるを得ません。繰り返しですが、筆者はそれ自体の必要性に疑義を呈するわけではありません。重要なことは、現在の施策はデジタイゼーションの入口にすぎない(それすらこの20年実行できなかった)という冷静な現状認識と、これを突破口として新たな社会基盤の構築=本当のDXへつなげていくというさらなる未来への意思ではないでしょうか。
2. 「2040構想研究会」と行政DX
そのように考えてみるとき、改めて総務省・自治体戦略2040構想研究会の報告書が想起されます。特に同報告書では、スマート自治体の文脈から「従来の職員の半分でも自治体が本来担うべき機能を発揮できる仕組み」はどうあるべきかという問題設定の下、今般の施策につながる情報システムの標準化や「行政のフルセット主義からの脱却」といった考え方が提示されています。この議論をもう少し踏み込んでみれば、例えば今般の法案により自治体システムの標準化・共通化が進めば、各システムに紐づく事務処理においても高いレベルでの共通化・集約や外部委託(いわゆるシェアードサービスやBPO)が可能となり、限られた職員で来庁が必要な手続きや高度な判断を伴う相談業務などに注力できます。また、こうした複数団体間の連携に当たり、デジタル化・オンライン化が進む中で地理的な制約も低減されるはずです。これまでのように、隣接自治体・同一都道府県下であるといった条件だけでなく、「同一の電子申請サービスを利用している」「同じような問題認識・改革意欲を持っている」といった視点で連携先の団体を検討できることもあるでしょう※4。このように、システム=業務処理=職員=執務場所がアンバンドリング(分解)されることにより、職員の職掌や市役所の姿は、大きく変わっていくはずです※5。
また同報告書には「プラットフォーム・ビルダーへの転換」という表現も見られます。住民情報系システムのデータが集約され、マイナンバーカードがほぼ全ての住民に行き渡り、さまざまなデータ統合・情報連携がなされれば各自治体は必然的に域内最大の「プラットフォーマー」になり得ます。問題は、このプラットフォームからどんなインテリジェンスを析出し、どんなサービスを提供できるか、ということではないでしょうか。「新しいサービス」ということで分かりやすい例でいえば、これも積年の課題であった(10万円の特別定額給付金でも顕在化した)申請主義に伴うさまざまな弊害は、「プラットフォーマー」であれば解決することが可能なはずです。
一方で、公共機関ではあるものの、そのような巨大なデータプラットフォームを有するエンティティに対し、データの品質、セキュリティ面での信頼や、公益性を担保できるようなガバナンス機能をどうビルトインしていくかが大事ではないでしょうか。各自治体は、データプラットフォームの信頼性や公益性を確保するために政府における「データ戦略タスクフォース」や「都市OS・データ連携基盤」での議論を念頭において、再検討していく必要があると考えます。
Ⅲ おわりに
「未来を予測する最善の方法は、未来を発明することだ」あまりに有名なこの箴言を残したパーソナル・コンピューターの父、アラン・ケイは同じ文章で、マーシャル・マクルーハンを参照しながら、「(中世における)印刷機が人々の思考パターンを変えることができた」のと同様、「コンピュータを使うという行為自体が、人間文明全体の思考パターンを実際に変える」と述べています※6。また、道具を作るだけでなく、「道具の使い方を学ぶことが人間を作り直す」とも述べられています。ここで「道具」を「デジタル技術」と読み替えれば、それはDXの定義そのものです。
IT基本法が2000年、自治体DX推進計画が2020年、そして2040年構想……。2000年から2020年までの成果は「デジタル敗戦」と総括されました。2040年に向けて、私たちの挑戦は今始まったところです。
※1 www.soumu.go.jp/main_content/000727133.pdf
※2 デジタル社会形成基本法案、デジタル庁設置法案、デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案、および地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案
※3 デジタライゼーションとデジタルトランスフォーメーション(DX)を異なる概念として定義している例もみられる。例えば、右記P.24参照。
www.town.bandai.fukushima.jp/uploaded/attachment/3197.pdf
※4 総務省の「令和3年度多様な広域連携促進事業の委託に関する提案募集」には、「現下のデジタル化の進展等を踏まえた、隣接していない地方公共団体間の連携についても対象とします」とある。
www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei03_02000062.html
※5 こうしたアンバンドリング+再結合により、何よりも変わっていくのは地方自治体(住民)の形そのものであるが、こうした変容は民主的正統性に係る根本的な(憲法)問題を提起する。例えば、白藤博行『「Society5.0」時代において地方はどこまで自治が可能か──「自治体戦略2040構想」を手がかりに』(論究ジュリスト 2020年春号所収)
※6 アラン・ケイ(1989)「ユーザインタフェースに関する個人的考察」(ヘレン・アームストロング編『未来を築くデザインの思想』、所収)