株式交付制度の概要とポイント~令和元年会社法の改正を受けて~
情報センサー2021年5月号 押さえておきたい会計・税務・法律
EY新日本有限責任監査法人 公認会計士 太田達也
当法人のフェローとして、法律・会計・税務などの幅広い分野で助言・指導を行っている。また、豊富な知識・経験および情報力を生かし、各種実務セミナー講師、講演等において活躍している。著書は多数あるが、代表的なものとして『会社法決算書作成ハンドブック』(商事法務)、『「純資産の部」完全解説』『「解散・清算の実務」完全解説』『「固定資産の税務・会計」完全解説』(以上、税務研究会出版局)、『例解 金融商品の会計・税務』(清文社)、『減損会計実務のすべて』(税務経理協会)などがある。
Ⅰ はじめに
令和元年12月4日に成立、同11日に公布された会社法の一部を改正する法律が、一部の改正を除いて、令和3年3月1日に施行されました。この改正では、新たに株式交付制度が創設され、令和3年度税制改正においても手当てがされています。
本稿では、株式交付制度の概要について、改正会社法を中心に、税務を交えて解説します。なお、税制改正については、令和3年3月の執筆時点において公表されている税制改正大綱と法律案の範囲内で記述しています。また、紙面の関係から種類株式を発行している場合等についての説明は割愛しています。
Ⅱ 株式交付制度
1. 導入の経緯
株式会社が他の株式会社を金銭ではなく株式を用いて買収しようとする場合の既存の方法として、株式交換<図1>と現物出資<図2>があります。
ここで、株式交換は完全子会社化する手法であるため、A社がB社に対して過半数の取得を予定するものの完全子会社化までは考えていない場合には使えません。
一方、現物出資はB社株式を出資の目的として会社法第199条による募集を行うこととなり、現物出資規制(原則として検査役の調査を要すること、引受人であるB社株主および買収会社であるA社の取締役等が財産価額塡補(てんぽ)責任を負う可能性があること。同法207、212、213)や有利発行規制(B社の株式の価額にプレミアムを上乗せして交換比率を設定すると、A社の株式の発行が有利発行となり得ることから、A社が会社法上の公開会社であっても株主総会の特別決議が必要となる可能性があること。同法201)が障害となります。
そこで、現物出資に係る前記のような制約を受けず株式交換に準じた規律により子会社化する方法として、株式交付制度<図3>が創設されました。
2. 制度の内容
(1) 株式交付の意義(会社法2三十二の二)
株式交付とは、株式会社が他の株式会社をその子会社とするために当該他の株式会社の株式を譲り受け、その対価として譲渡人に当該株式会社の株式を交付することをいいます。
ここで、被買収会社である「他の株式会社」は会社法上の株式会社に限られ、持分会社や外国会社は対象となりません。
次に、この制度は子会社でない株式会社を新たに子会社にしようとする場合に限り適用され、すでに子会社である株式会社の株式を追加取得する場合は対象となりません。
また、この制度における子会社は、自己の計算において所有している議決権の割合が50%超のもの(会社法施行規則3③一)に限られ、議決権割合50%以下の実質支配基準による子会社化は対象となりません。
すなわち、これまで議決権割合50%以下であった他の株式会社を議決権割合50%超の子会社化する場合にのみ適用できる制度です。なお、これまで議決権割合50%以下の実質支配基準による子会社であったものを50%超の子会社とする場合は適用可能です。
(2) 株式交付親会社における手続
株式交付親会社における株式交付の手続は、株式交換における株式交換完全親会社に準じて定められており、主な手続は次のようになります。なお、株式交付子会社においては特段の手続はありません。
① 株式交付計画の作成
② 事前開示手続
③ 株主総会の承認
④ 事後開示手続
① 株式交付計画の作成(会社法774の2、3)
株式交付親会社は、株式交付計画で次のような事項を定めます。
イ 株式交付子会社の商号および住所
ロ 株式交付に際して譲り受ける株式交付子会社の株式の数の下限(株式交付の効力発生日において議決権割合50%超の子会社となるように定める必要があります)
ハ 株式交付子会社の株式の譲渡人に対してその対価として交付する株式交付親会社の株式の数またはその数の算定方法ならびに株式交付親会社の資本金および準備金の額に関する事項(株式交換と異なり、無対価にすることは認められません)
ニ 株式交付子会社の株式の譲渡人に対してその対価として株式交付親会社の株式以外の金銭等を交付するときはその金銭等に関する一定の事項
ホ 株式交付親会社が株式交付に際して株式交付子会社の株式とあわせて株式交付子会社の新株予約権等を譲り受けるときは、その新株予約権等の内容および数またはその算定方法、対価として金銭等を交付するときはその金銭等に関する一定の事項
ヘ 上記ハの株式交付親会社の株式の割当て、上記ニまたはホの金銭等があるときはその金銭等の割当てに関する事項
ト 株式交付子会社の株式および新株予約権等の譲渡しの申込みの期日
チ 株式交付の効力発生日
なお、本稿では解説の簡素化のため、株式交付子会社の株式とあわせて株式交付子会社の新株予約権等を譲り受ける場合の手続については割愛します。
② 事前開示手続(会社法816の2)
株式交付親会社は、株式交付計画備置開始日から効力発生日後6カ月を経過する日までの間、株式交付計画の内容等を記載し、または記録した書面または電磁的記録をその本店に備え置かなければなりません。
ここで、株式交付計画備置開始日とは、次に掲げる日のいずれか早い日をいいます。
イ 株式交付計画について株主総会の承認を受けなければならないときは、株主総会の日の2週間前の日(株主全員の同意による書面決議の場合にはその提案があった日)
ロ 後述(4)②の反対株主の株式買取請求のための株主に対する通知の日または通知に代えて行う公告の日のいずれか早い日
ハ 後述(4)③の債権者異議手続のための公告の日または催告の日のいずれか早い日
③ 株主総会の承認(会社法816の3)
株式交付親会社は、効力発生日の前日までに、株主総会の特別決議(会社法309②十二)によって、株式交付計画の承認を受けなければなりません。
ただし、いわゆる簡易手続が認められており、次の場合を除き、譲渡人に対して交付する株式交付親会社の株式等の対価の額の合計額が株式交付親会社の純資産額の1/5を超えない場合には、株主総会決議を省略することができます(会社法816の4)。
イ 株式交付親会社が会社法上の公開会社でない場合
ロ 株式交付親会社が譲渡人に対して交付する株式交付親会社の株式等以外の金銭等の帳簿価額が、株式交付親会社が譲り受ける株式交付子会社の株式等の額を超える場合(株式交付損が生ずる場合)
ハ 一定数の株式を有する株主が株式交付に反対する旨の通知をした場合
なお、株式交付は議決権割合50%以下であった株式会社を50%超の子会社化する際の制度であるため、株式交換では議決権割合90%以上を有している場合に認められているいわゆる略式手続はありません。
④ 事後開示手続(会社法816の10)
株式交付親会社は、効力発生日後遅滞なく、株式交付に際して株式交付親会社が譲り受けた株式交付子会社の株式の数その他の株式交付に関する事項を記載し、または記録した書面または電磁的記録を作成し、効力発生日から6カ月間、その本店に備え置かなければなりません。
(3) 株式交付子会社の株主における手続
株式交付においては、株式交換における株式交換契約のような、株式交付親会社と株式交付子会社との間の契約関係はなく、株式交付親会社は譲渡人との間の合意に基づき株式交付子会社の株式を譲り受けます。これに係る会社法の規律は、募集株式の申込み・割当て、現物出資財産の給付に関する規定に準じています。
① 株式交付子会社の株式の譲渡しの申込み(会社法774の4)
株式交付親会社は、株式交付子会社の株式の譲渡しの申込みをしようとする者に対し、株式交付計画の内容等を通知(これらの事項を記載した金融商品取引法の目論見書を交付している等の場合には通知不要)します。
これを受けて譲渡しの申込みをする者は、前述(2)①トの申込みの期日までに、申込みをする者の氏名または名称および住所、譲り渡そうとする株式交付子会社の株式の数を記載した書面を株式交付親会社に交付(または株式交付親会社の承諾を得て電磁的方法により提供)します。
② 株式交付親会社が譲り受ける株式交付子会社の株式の割当て(会社法774の5)
株式交付親会社は、申込者の中から株式交付子会社の株式を譲り受ける者を定め、かつ、その者に割り当てる譲受株式数を定めます。その際、申込者に割り当てる譲受株式数につき、前述(2)①ロの下限を下回らない範囲内で減少することができます。その上で、効力発生日の前日までに、申込者に対して譲受株式数を通知します。
ただし、譲り渡そうとする者が、株式交付に際して株式交付親会社が譲り受ける株式の総数の譲渡しを行ういわゆる総数引受契約を締結する場合には、①②の手続は不要です(会社法774の6)。
なお、申込期日において、申込者が譲渡しの申込みをした株式の総数が前述(2)①ロの下限に満たない場合には、株式交付は行われません(会社法774の10)。
③ 株式交付子会社の株式の譲渡し(会社法774の7、774の11)
②の通知を受けた申込者は株式交付子会社の株式の譲渡人となり、効力発生日に、通知を受けた数の株式を株式交付親会社に給付し、株式交付親会社の株主となります。
(4) 差止請求、反対株主の株式買取請求、債権者異議手続
株式交付親会社の株主および債権者に対しては、株式交換完全親会社の株主および債権者と同様に、次のような規定が設けられています。
① 差止請求(会社法816の5)
株式交付親会社の株主は、株式交付が法令または定款に違反する場合において、不利益を受けるおそれがあるときは、簡易手続の要件を満たす場合を除き、株式交付をやめることを請求できます。
② 反対株主の株式買取請求(会社法816の6、7)
反対株主は、簡易手続の要件を満たす場合を除き、株式交付親会社に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができます。
③ 債権者異議手続(会社法816の8)
株式交付親会社の債権者は、株式交付に際して株式交付子会社の株式の譲渡人に対して株式交付親会社の株式以外の金銭等を交付する場合(その額が交付する株式交付親会社の株式の価額との合計額の1/20未満である場合を除きます)には、株式交付親会社に対し、株式交付について一定の期間(1カ月以上)内に異議を述べることができます。
株式交付親会社は、債権者がその期間内に異議を述べたときは、その株式交付をしてもその債権者を害するおそれがないときを除き、当該債権者に対し、「弁済」「相当の担保の提供」「その債権者に弁済を受けさせることを目的とした信託会社等への相当の財産の信託」のいずれかを行わなければなりません。
(5) 金融商品取引法との関連
株式交付による株式交付子会社の株式の譲渡人への株式交付親会社の株式の交付は、金融商品取引法第2条第3項に規定する「有価証券の募集」に該当する(金融商品取引法第2条に規定する定義に関する内閣府令9一)ことから、発行開示規制の対象となります。また、株式交付による株式交付子会社の株式の譲受けは、有償での譲受けに該当することから、公開買付規制の対象となります。
3. 税務上の取扱い
法人の株主がその有する株式を他の者に譲渡する場合には、有価証券の譲渡として課税されます。ただし、株式交付により株式交付子会社の株式を譲渡し、株式交付親会社の株式の交付を受けた場合(交付を受けた株式交付親会社の株式の価額が交付を受けた金銭の額および金銭以外の資産の価額の合計額のうちに占める割合が80%以上である場合に限ります)には、株式の譲渡部分についての課税が繰り延べられます(令和3年度税制改正法案の措法37の13の3、66の2の2)。
この点、株式以外の資産が交付される場合には、株式交換においては課税の繰延べが行われないのに対し、株式交付においては、対価の額の合計額の20%以内であれば、株式部分については課税の繰延べが行われます(株式以外の部分については譲渡課税が行われます)。
また、株式交換における株式交換完全子法人は、適格株式交換に該当しない場合には時価評価資産の時価評価が必要ですが、株式交付子会社について時価評価は不要です。
4. 産業競争力強化法との関連
買収会社の株式を対価として企業買収を行う株式対価M&Aにおいて、対象会社を完全子会社とするのではなく部分的に買収して子会社化しようとする場合には、前述Ⅱ1. で紹介したとおり、既存の手法では、株式交換によることはできず、現物出資については現物出資規制や有利発行規制といった障害があります。
これにつき、産業活力再生特別措置法を前身として平成26年に創設された産業競争力強化法では、認定事業再編事業者である株式会社が認定事業再編計画に従って公開買付けによって他の株式会社を関係事業者にしようとする場合に、自社の株式をその対価とするときは、現物出資規制や有利発行規制の適用を受けないものとする会社法の特例を設けました。さらに、平成30年度において、公開買付けによらない譲渡による取得についても会社法の特例の対象とするなど要件を緩和し、税制面においても、認定特別事業再編事業者の行った特別事業再編事業計画に係る特別事業再編により株式等を譲渡し、その認定特別事業再編事業者の株式の交付を受けた場合には、譲渡に対する課税を繰り延べる措置を設けました(令和3年度改正前の措法37の13の3、66の2の2)。
しかし、特別事業再編計画は公表されることや計画の要件が厳しいことなどから使い勝手が悪く、実際に税制優遇を受けた例はありませんでした。
令和3年度税制改正においては産業競争力強化法の特別事業再編事業計画に係る税制優遇は廃止され、前述3. のとおり、株式交付に対応する措置とされています。
(注)文中、法令条文は、以下のとおり略して表記しています。措法:租税特別措置法