EUにおける税務アレンジメント開示規則
情報センサー2020年4月号 Tax update
EY税理士法人 荒木 知
EY税理士法人に2018年入所。タックス・ポリシー・アンド・コントロバーシー・チームのディレクター。国内および海外における税制モニタリングや税務調査を含む税務当局対応を担当。前熊本国税局調査査察部長。一橋大学博士(経営法)。
Ⅰ 新しいbuzzword
国際税務の世界では、BEPS(Base Erosion and Profit Shifting)やDST(Digital Service Tax)という略語をよく目にします。これらに加えて昨年辺りから登場機会が増えてきた略語がMDRです。これは欧州連合(EU)におけるクロスボーダーアレンジメントの義務的開示規則※1を指します。
なぜ昨今MDRがよく耳にする単語(buzzword)になっているかといえば、このルールは2018年から事実上実施されており、20年8月末までには新ルールに基づく報告がなされなければならないからです。
Ⅱ EU MDR
では、EU MDRとは何でしょうか。一言でいえば、18年のEU指令(Directive)に基づく仲介者または納税者に、一定のクロスボーダー・税務アレンジメントのEU加盟国税務当局への報告を義務付ける制度です。
Ⅲ 報告対象のアレンジメント
少しずつ内容を見ていきましょう。まず浮かぶ疑問として、報告対象のクロス―ボーダー・アレンジメントとは何でしょうか。
対象となる税金は、VAT(付加価値税)、物品税、関税及び強制的な社会保障拠出金を除く全ての税金です※2。そして、一定の特徴(ホールマーク)に該当する国境をまたいだアレンジメントが報告対象とされています(ただし、各国国内法により対象となる税金も含めて範囲が広げられている可能性があります)。ホールマークがどのようなものかは15ほどの類型がEU指令にリストアップされています※3。
これらのホールマークは大きく二つに分類することができます。一つは、メイン・ベネフィット・テストを満たした場合にのみ報告対象となるホールマークであり、もう一つはメイン・ベネフィット・テストに関わらず報告対象になるものです。指令が定めるメイン・ベネフィット・テストとは、アレンジメントからもたらされると期待される主な利得(あるいは主な利得の一つ)が、税務上の利益(tax advantage)であるかどうかを指します。
指令に定められているアレンジメントの具体的なホールマークは<表1>のようなものです。
Ⅳ 報告義務者
ところで、報告対象アレンジメントの税務当局への報告義務は、いったい誰が負うのでしょうか。一義的には仲介者(intermediaries)とされています。仲介者には税務コンサルタント、銀行や弁護士が含まれます。しかし、仲介者がEU域内に存しないあるいは法律専門家としての守秘義務を負っている場合には、納税者に報告義務が移ります。
Ⅴ 報告内容
報告内容もEU指令に定められています。報告事項は、仲介者及び納税者に係る情報、適用となるホールマーク、報告対象アレンジメントの概要、アレンジメント実施(予定)の日付、関連国内法、アレンジメントの価額、関連するEU加盟国及びアレンジメントによりEU域内において影響を受ける者となっています※4。
アレンジメントの概要とありますが、どの程度の分量、内容が求められているのでしょうか。これは、現在のところ明確ではありません。今後各国から実施のためのインストラクションが示されて明らかになってくる可能性もありますが、移転価格の国別報告書等の文書化の例に照らせば、実施される中で経験則的に一定の水準に落ち着いてくるのではないかと考えられます。
Ⅵ 報告期日
MDRに関するEU指令は18年6月25日に発効しています。EU指令はそれがそのままEU市民に適用されるわけではありません。指令は19年12月末までに各加盟国が指令を実施するための国内法を制定することを求めており、多くの国では20年初頭までに国内法を整備しています。
他方で、報告対象となるアレンジメントは各国の国内法の制定を待たず、指令が発行した18年6月25日以降に開始されたアレンジメントが対象になっています。18年6月25日から20年6月30日までの間は移行期間として、その間に第一段階が実施されたアレンジメントは20年8月31日までにEU加盟国税務当局に提出することになっています。そして20年7月1日以降は、報告対象アレンジメントは30日以内に報告しなければなりません※5。
ヨーロッパで活動する企業はEU MDRに早急、かつ適切に対応することが求められています。
※1略語の元はMandatory Disclosure RegimeとMandatory Disclosure Rulesとで揺れている。
※2Article 2, Council Directive 2011/16/EU of 15 February 2011.
※3Annex IV, Council Directive (EU) 2018/822 of 25 May 2018.
※4Paragraph 14, Article 8ab, Council Directive (EU) 2018/822 of 25 May 2018.
※5Paragraph 1, Article 8ab, Council Directive (EU) 2018/822 of 25 May 2018.