情報センサー

高解像度財務分析手法でどう見抜く? 請負業の不正

2020年3月31日 PDF

情報センサー2020年4月号 Digital Audit

品質管理本部 アシュアランステクノロジー部 公認会計士 山本誠一

2008年、当法人入所。製造業、建設業、サービス業などの上場会社およびIPO関連業務の監査に従事。18年より仕訳の異常検知システム EY Helix GLADの開発・運用に従事し、Digital Auditの推進に取り組んでいる。


品質管理本部 アシュアランステクノロジー部 公認会計士 小島久人

2010年、当法人入所。製造業、農業などの上場会社および金融機関の監査に従事。19年より仕訳の異常検知システムEY Helix GLADの開発・運用に従事し、Digital Auditの推進に取り組んでいる。

Ⅰ  はじめに

前号では、小売業の会社を分析対象とした高解像度な財務分析手法を紹介しました。高解像度な財務分析手法は、日々計上される仕訳データを利用しフローの情報をビジュアル化し分析を行う方法です。
当法人では2017年10月から独自の会計仕訳の異常検知アルゴリズムを開発し、17年11月から運用しています(18年6月に特許取得)。20年1月からはEYグローバルの仕訳の異常検知システム EY Helix General Ledger Anomaly Detector(GLAD)として世界中で展開され、国内外延べ350社以上での運用を通じて仕訳を分析するノウハウを蓄積してきました。
今号では、請負業を営む会社を分析対象とした高解像度な財務分析手法の一例を紹介します。

Ⅱ  請負業のビジネス

一般的に請負業とは、発注者からの依頼を受け請負契約を結び業務を行う業種をいいます。建設会社は請負業の代表例といえますが、ソフトウェア開発、製品製造、サービス提供等を営む会社においても請負業に該当する業務が多く存在します。
請負業は請負契約を前提としていることから、幾つかの特徴があると考えられます。まず請負契約では、発注者から元請負人へ依頼された仕事について、元請負人は下請負人に依頼し仕事を完成させることができるため、一次下請け・二次下請け・三次下請けといった多数の下請け会社が関わることが特徴としてあります。次に、一つの契約(プロジェクト)の規模が大きく工期が長期にわたること、会計方針として工事進行基準が適用されることといった特徴もあります。

Ⅲ 請負業における会計不正の手口

請負業における特徴的な不正は、取引が請負契約であること、工事進行基準を適用することに起因しているといえます。
通常、請負業での業績管理はプロジェクト単位となり、利益管理の責任はプロジェクト管理責任者へ任されます。ここで、プロジェクト管理責任者は利益達成のプレッシャーにより不正の動機を持つことになります。次に、利益達成を円滑に遂行させるために、プロジェクト管理責任者は下請け会社への発注権限等を付与されていることが多くあります。その結果、プロジェクト管理責任者に権限が集中し、不正の機会が存在する状況となります。下請け会社からのキックバック、原価の付替え、原価発生時期の操作、循環取引等がその例として挙げられます。
また工事進行基準では、工事原価総額の見積額の変動が当期の利益に影響するという特徴があるため、見積りの変更に関する論点が多く発生します。当初見積もった工事原価総額を変更するタイミングに関しては、意図的であるか否かにかかわらず論点となるケースが多くみられます。
前述した請負業における会計不正の例をみると、主に費用(原価)に関連する会計処理の過程で発生しているということができます。そのため、原価を中心に財務分析することが不正発見の観点からは有用であると考えます。具体的には、原価の発生時期、場所(プロジェクト)、原価の内容を分析することであり、それらの観点で仕訳データをビジュアル化し異常点を把握することなどが考えられます。
次の章からは、請負業の原価について異常を検知するための高解像度な財務分析手法を紹介したいと思います。

Ⅳ 関連勘定科目の日次推移分析

請負業では、各下請け先の出来高を認識し棚卸資産の仕掛品に相当する勘定科目へ計上すると共に仕入債務を計上することが通常です。

(借方)未成工事支出金   (貸方)工事未払金
    仮払消費税

また、月次で棚卸資産残高を売上原価へ振替える仕訳を計上します。

(借方)完成工事原価  (貸方)未成工事支出金

このような場合、取引単位で仕訳へ計上している未成工事支出金を中心に分析すると効果的です。また、工事進行基準を適用しているプロジェクトの場合、棚卸資産の仕掛品に相当する勘定科目(前述の仕訳例における未成工事支出金)は、決算期末に全て売上原価へ振替えられるという特徴もあり、分析に適していると考えられます。
<図1>は一つのプロジェクトにおける未成工事支出金の日次変動額を積み上げた累積変動額の推移を示すグラフです。X軸は計上日を表し、Y軸は計上金額(借方計上額はプラス方向、貸方計上額はマイナス方向)を表しています。

図1 未成工事支出金の累積変動額

<図1>は、各月中に借方計上された累積額(図の①)が月末の貸方計上によって相殺され(図の②)純額の影響がゼロであることを示しています。

①認識した出来高を未成工事支出金へ計上
(借方)未成工事支出金   (貸方)工事未払金
    仮払消費税

②月末に未成工事支出金残高を売上原価へ振替
(借方)完成工事原価  (貸方)未成工事支出金

ただし図の③において、決算期末の12月末は未成工事支出金の借方発生額が一部振替えられず残っています。この場合、原価へ、振替え漏れがあることや意図的に振替えないことにより、当期の利益が過大となっている可能性があります。
このように、プロジェクト別の勘定科目を日次推移でグラフ化すると、異常点を容易に発見することが可能です。

Ⅴ 相手勘定の分析

前述の仕訳例では、未成工事支出金が取引単位で計上され、月末にまとめて売上原価へ振替えられていました。ここで、売上原価ではなく他の貸借対照表科目へ振替えることにより、当期の費用を減少させ利益を増加させる不正が考えられます。そのため、未成工事支出金の日次推移のみならず、相手勘定を分析することも必要です。
<図2>は分析対象とした期間における勘定科目間のつながりを視覚的に示した図となります。図の縦棒は勘定科目を表しており、縦棒と縦棒を結ぶ帯はその二つの勘定科目が借方/貸方でつながる仕訳が存在することを表し、帯の太さが金額的な大きさを表しています。図の縦棒の右側が貸方計上を表し、左側が借方計上を表します。

図2 勘定科目間のつながりの分析図

<図2>の①は以下の仕訳を示しています。

(借方)未成工事支出金   (貸方)工事未払金
    仮払消費税

また②は以下の仕訳を示しています。

(借方)完成工事原価  (貸方)未成工事支出金

このように、工事未払金-未成工事支出金-完成工事原価の流れを視覚的に把握すると異常な取引の流れが見えてきます。例えば、<図2>の③は未成工事支出金が完成工事原価ではない勘定科目とつながっていることを示しています。完成工事原価へ振り替えるべき未成工事支出金を資産へ振替えている可能性があります。
さらに、各勘定科目にプロジェクト名を結合させると、プロジェクト間の付替え仕訳を視覚的に示すことも可能です。

Ⅵ プロジェクト別の利益率分析

工事原価総額の見積額を変更するタイミングの適時性や工事損失引当金の網羅性を確認するためには、プロジェクト案件ごとの利益率を分析することが有用です。
<図3>は、分析対象期間におけるプロジェクト別の収益と費用の関係性を示した図となります。X軸は収益の金額、Y軸は費用の金額を表し、プロジェクト案件別に点がプロットされています。

図3 収益と費用の関係性

各プロジェクトで発生した費用と収益の関係性を一括表示できるので、異常な利益率のプロジェクトを把握することが容易となります。例えば、<図3>のプロジェクトNo.1、No.2、No.3は損益分岐点を示す点線より左上側にあり損失であることを示しています。また、損益分岐点を示す点線からの距離が遠いほど金額が大きいことを示すので、プロジェクトNo.1が最も損失額が大きいと言えます。また、プロジェクトNo.4は損益分岐点付近にあり、今後の状況を注視すべきプロジェクトであると言えます。
さらに、<図3>を時系列で並べ比較すると、各プロジェクトの利益率の推移を示すことも可能です。

Ⅶ 費用内訳の時系列分析

不正な費用の付替えが会計システム外で行われた場合、付替え仕訳を調べても当該不正を発見することはできません。また、利益率推移の分析では、利益率の変動がなければ異常を把握することができません。
これらに対応するためには、費用の勘定科目を詳細な情報(下請け先、工事種類等)を利用し分析することが必要です。プロジェクト予算策定時には予定されていなかった下請け先への債務の発生や、工事の進捗(ちょく)状況と違和感のある工事種類の発生を把握することにより、これらの不正を発見できる可能性が高まります。
<図4>は、工事進行基準を適用した一つのプロジェクトの収益および費用を、工期18年1月1日~19年12月31日において月別外注先別に示した図です。

図4 収益/費用発生高の月次推移

<図4>の①は、収益計上額が外注費計上額を下回っており、工事進捗率が低下しています。工事原価総額の見積りを変更し利益率が低下した場合にこのような形状のグラフとなります。見積りの変更時期が適切であったかを確認する必要があります。
<図4>の②は、下請け先A社に対する外注費の計上時期が工期の前半から離れて発生しています。当初から計画された発生であれば問題ありませんが、予定していなかった追加工事/手直し工事が発生したことや、他のプロジェクトから付替えられたことが考えられます。当該A社の外注費の内容を確認する必要があります。
<図4>の③は、下請け先X社に対する単発で発生した外注費を示しています。他のプロジェクトから付替えられた可能性があるため、プロジェクト予算策定時にX社へ対する外注費が予定されていたか、X社の作業内容を確認する必要があると考えます。

Ⅷ おわりに

今回は請負業の財務分析手法として、費用(原価)の視点によるデータ分析手法を紹介しました。請負業と一口にいっても、企業の属する産業によってさまざまな会計処理方法が存在し使用する勘定科目も異なります。また、取引形態も複雑なものが多く、取引の発生から会計システムへ至るまでに手作業による処理が多く残っています。そのため、財務分析の手法が画一的に定まるものではなく、データ分析が難しいといわれることもあります。しかし、データ分析は避けられない時代になっています。データ分析手法に人の経験による工夫を加え、効果的な分析方法を模索することが必要です。

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