取締役の報酬決定と善管注意義務 ~監査役の視点から考える~
情報センサー2020年4月号 特別寄稿
獨協大学 法学部教授 高橋 均
一橋大学博士(経営法)。新日本製鐵(株)(現、日本製鉄(株))監査役事務局部長、(社)日本監査役協会常務理事、獨協大学法科大学院教授を経て、現職。東証一部上場会社の社外監査役も務める。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。新任役員や管理職向けの多数の社内研修の講師も引き受けている。近著として『グループ会社リスク管理の法務(第3版)』中央経済社(2018年)、『監査役監査の実務と対応(第6版)』同文舘出版(2018年)等。
Ⅰ はじめに
取締役は、株主総会の決議によって株主から選任され(会社法329条1項)、会社と委任関係(同法330条)の下で業務執行等の職務を行います(同法348条1項・3項4号)。委任関係では、無償を原則とします(民法648条1項)が、取締役は職務執行の対価として、報酬、賞与、退職慰労金等会社から財産上の利益(「報酬等」。会社法361条1項)を受けることが通例です(以下、まとめて「報酬」)。
取締役の報酬について、外国人経営者等一部の経営者に対して、高額な報酬を支払っているとの報道が散見され、また高額報酬に関連して、金融商品取引法(以下、金商法)違反の疑いがあるとして訴訟提起された「有価証券報告書虚偽記載事件」(日産自動車カルロス・ゴーン元会長事件)が大きな関心事となりました。取締役の報酬が職務執行の対価である限り、会社の利益に多大に貢献した取締役に高額の報酬を支払うこと自体が問題視されることはありません。しかし、世間では高額な報酬そのものに限らず、報酬決定のプロセスの不透明さなど、対価に見合った報酬額が決定されているのか必ずしも明確ではないとの意識があります。
取締役の職務執行の対価に見合う報酬額が決定されているか否かは、取締役の職務執行を監査する監査役の職務の立場(会社法381条1項)から考えると、注視すべき論点となります。そこで本稿では、取締役の報酬問題について、近時の裁判例や法規定を紹介しながら、報酬決定の在り方について監査役の視点から検討することにします。
Ⅱ 取締役の報酬と法
1. 取締役の報酬に関する現行法の規定
会社法においては、取締役の報酬は、定款の定めがなければ株主総会の決議によると規定されています(会社法361条1項)。取締役の報酬について、会社法に特別の規制がないと、会社と取締役との間の任用契約によって、報酬額が不当につり上げられる危険が大きいからとの指摘があります※1。
会社法上は、金銭報酬については、額が確定している報酬はその額を定め(会社法361条1項1号)、額が確定していない場合は、その算定方法を定めるものとしています(同項2号)。額が確定していない場合とは、例えば会社の経常利益の2%を報酬額とするといった業績や株価連動にする場合、ストックオプションにする場合などであり、それらを定めた上で株主総会において説明する義務があります(同条4項)。金銭額が確定している報酬と比較して、株主が算定方法の合理性や必要性が判断しにくいことから、会社に説明義務を課しているのがその立法趣旨です。なお、金銭ではない報酬については、額に関する事項のみならず、その具体的内容も定めることになります(同条1項3号)※2。
一方、金商法(企業内容等の開示に関する内閣府令第2号様式記載上の注意(57))においては、取締役や監査役の役員区分ごと及び社内役員と社外役員に分けた報酬の総額開示とともに、報酬総額が1億円以上の役員は報酬の個別開示が義務付けられています。
取締役の報酬については、法令上は定款で定めることが原則となっていますが、企業実務では、定款で定めずに株主総会で決議する会社が圧倒的多数となっています。さらに、取締役個々の具体的金額を都度決めるとなると毎回株主総会での決議が必要となる上に、取締役の個人別の報酬額が明らかになることを回避するために、取締役全員の報酬総額を設定し、その報酬総額を株主総会で決議する実務が定着しています。
一度報酬総額枠を決議しておけば、毎年の株主総会に議案として提出する必要はなく、また、報酬総額を決めておくことは、取締役の報酬が高額化する歯止めとしてお手盛り防止にもなり、株主に対して報酬の一定の目安を提示することになるからです。
2. 取締役の報酬決定を巡る論点
企業実務面では、一般的には会社が株主総会で報酬総額の上限を定めた上で、具体的な個々の取締役の報酬の決定は取締役会に一任、さらには取締役会において代表取締役にその決定を再一任する方法を採用しています。株主総会で上限額を定め、その範囲内において取締役会で決定することの可否については、取締役報酬のお手盛り防止の観点からは、総額枠方式も可能であるとするのが判例(大判昭和7年6月10日民集11巻1,365ページ、最判昭和60年3月26日判時1159号150ページ)です。また、学説においても、金銭報酬は、株主総会において取締役全員の総額またはその最高限度額を定めれば足りるという考え方が通説となっています。さらに、一度、株主総会で報酬の上限額を決定すれば、上限額を超えない限り、再度株主総会の決議を要しないと解されています※3。
一方、取締役報酬の具体的配分を代表取締役に再一任することについては、報酬決定が取締役会の専決事項ではないことから、判例では適法(最判昭和31年10月5日集民23号409ページ、最判昭和58年2月22日判時1076号140ページ)であるとされ、学説においても多数説となっています※4。もっとも、代表取締役に取締役の報酬の再一任をすることにより、取締役会の監督機能に影響を及ぼす可能性があることから、再一任は許されないとする少数説もあります※5。
3. 報酬の決定と取締役の善管注意義務
報酬の決定と取締役の善管注意義務に関しての論点のポイントとしては、仮に代表取締役が不当な報酬を決定した場合、代表取締役は会社に損害を及ぼすことになるから善管注意義務違反ではないかという点と、またその場合、他の取締役は代表取締役に対する監視・監督義務の観点から善管注意義務違反とならないかという点です。
従来の判例・通説は、報酬が株主総会で承認された上限を超えない限り、手続上の瑕疵(かし)はなく、具体的な報酬配分は代表取締役の裁量となるという考え方でした。これに対して、近時の有力説では、株主総会で決議された報酬総額の範囲内で個人別の額を一任する方式を採用した場合は、個々の取締役の職務と報酬とが釣り合っているかなど、総額の配分に当たっての業務執行の問題であること※6から、不相当な報酬を決定した取締役については、善管注意義務違反・忠実義務違反を認め得る※7と主張されています。
このような中、直近の裁判例として、東証一部上場会社の株式会社ユーシンにおける取締役の報酬に係る株主代表訴訟事件(東京高判平成30年9月26日金判1556号59ページ)があります。本事案は、株主総会で報酬総額を従前の10億円から30億円に大幅に増加させた翌期に代表取締役が自らの報酬額を従前より5億7千万円強の増額を行い14億円500万円余を支払ったことに対して、報酬上限額の増額をしたとして個々の報酬を急増させる意図はないとの株主総会での説明に反すること、また同社の営業利益が赤字であるなどの理由から認めるべきではないとの趣旨で、株主が代表取締役及び取締役らに対して、増額分を会社に返還するように訴訟提起をしたものです。
原審の東京地方裁判所では請求棄却(東京地判平成30年4月12日金判1556号47ページ)となったことから、原告株主が東京高等裁判所に控訴しました。これに対して東京高裁の判断は、事実関係から見て、代表取締役は増額報酬を支給した場合のリスクや特別手当の妥当性等を十分に検討していること、判断過程やその内容に明らかな不合理な点があるとは言えないこと、代表取締役以外の取締役についても、代表取締役として負うべき善管注意義務違反がない以上、監視・監督義務違反と判断することができないとして控訴を棄却しました。
判旨のポイントは、①報酬の決定は極めて技術的・専門的であり会社の業績に影響を与える経営判断であること②取締役には報酬の決定に当たって一定の裁量はあるものの会社に対して善管注意義務を負っていること③従って、経営判断にのっとって合理的な判断をしなければならないこと、という点です。特に注目すべきと思われる点は、「取締役には報酬決定に当たって一定の裁量はあるものの、会社に対して善管注意義務を負っている」ことが明確に示されたことです。この点は、総報酬の上限の範囲内であれば、代表取締役には裁量があるとして、取締役の報酬決定の自由度を認めていた従前の裁判例から踏み込んだ判断が行われています。従前、取締役の報酬については手続的な規制であるとの考え方に対して、裁判所が内容面にまで焦点を当てた判断を行った点に意義があります。
上記の判旨に関して、取締役報酬の決定については、経営判断原則※8の規範が適用となるか否かという論点があります。判旨の中に、「代表取締役は、本件報酬決定に至る判断過程やその判断内容に明らかに不合理な点がある場合を除き、本件報酬決定を行ったことについて善管注意義務違反により責任を負うことはない(太字筆者)」とありますので、一見すると、裁判所が取締役の報酬の決定について経営判断原則の当てはめを行っているようにも思えます。しかし、代表取締役が自らの報酬を決定するのは利益相反の側面があることから、裁判所は取締役の報酬決定に関していわゆる経営判断原則の適用を示したわけではないと考えます。
4. 報酬決定を巡る取締役会の法的責任の近時の考え方
改めて整理しますと、代表取締役による報酬決定については、その決定に際して再一任された代表取締役に一定の裁量が認められる中で、その決定が不当であれば、会社に対して善管注意義務違反となります。また、取締役会の構成員としての取締役は、代表取締役が妥当な報酬決定を行っているか、代表取締役に再一任させることの是非も含めて監視・監督義務があるというのが近時の考え方となっています。例えば、代表取締役による決定が手続的にも内容的にも合理性が認められない中で、自らに高額報酬の支払いを決定した場合や、特定の取締役のみに恣意(しい)的に不相当に報酬額の配分を決定したことが明確な場合には、当該代表取締役のみならず、それを許容した他の取締役も監視・監督義務違反が問われる可能性があることになります。
取締役の報酬の配分決定について、個々の取締役に適切な報酬を支払うことは、報酬が取締役の職務執行の対価である性格を考えると、会社の収益力の最大化にとって重要な要素となります※9。一方、取締役の職務執行を適切に反映した報酬となっているか否かを厳密に評価することは、株主のみならず会社内でも困難であるのも事実です。会社の業績不振や不祥事を個々の取締役の報酬水準にどう反映させるかといった点も含め、今後の企業実務において、ますます関心が高まってくるテーマであることは間違いないと思われます。
5. 取締役の報酬決定と監査役監査としての視点
取締役の報酬に関して、その決定に至る過程や内容が合理的であるか否かが取締役の会社に対する善管注意義務に関係する以上、監査役としては、取締役の職務執行を監査する立場からも注意を払う必要があることになります。具体的には、報酬の決定が一部の特定取締役の一存で恣意的に行われていることはないか、また報酬額そのものについても、特定の(代表)取締役に対してのみに不合理な報酬を支払うことになっていないか、あるいは無配や会社の収益状況の厳しさを考慮した報酬となっているか、不祥事の発生や行政罰等の事情によって、取締役としての報酬カットや自主返納等、経営責任の取り方の一つとしての考慮もなされているかといった点も重要な視点となります。
また、インセンティブ報酬に対する監査役の視点としては、制度設計としての妥当性を見る必要があります。業績や株価連動方式やストックオプション方式を採用する場合には、制度設計として取締役の職務執行における会社への貢献を適切に反映したものとなっているか、さらに、制度設計を検討する際にも、報酬制度が社内において適切な判断過程を踏まえてオープンな形で審議された結果としての制度となっているかを見極めるべきです。判断過程に関しては、例えば報酬(諮問)委員会で透明性のある審議が行われていることが重要となります。こうした取締役の報酬決定を巡る社内での審議に関しても、監査役としては適法性監査のみにとどまるとの狭い意識にとらわれる必要はなく、妥当性の観点からも積極的に意見を発信してよいと思います。
取締役の報酬決定については、外国人経営者の報酬にも関係します。経営者の会社間異動がいまだ数少ないわが国においては、経営のプロに対しての報酬の基準は確立していないだけに、報酬の合理性を判断することは容易なことではありません。
一方において、株主総会で決議された報酬総額の枠内で、経営トップが自らの報酬を合理的な理由もなく一任され、高額報酬の受取りを決定することは妥当ではありません。この点についての一つの解決策は、業績や株価連動方式のウェイトを高めたり、ストックオプションの付与など、代表取締役による恣意的な決定を排除していく制度設計とすることで、ある程度解決は図られるものと考えます。
6. 令和元年改正会社法と取締役の報酬
令和元年12月4日に、「会社法の一部を改正する法律案」が国会で承認・可決されました(以下、改正会社法)。改正会社法の改正項目の中に、取締役の報酬があります。
まず、大会社である公開会社の監査役会設置会社で有価証券報告書提出義務会社及び監査等委員会設置会社においては、取締役の個人別の報酬の内容を定款や株主総会決議で定めていない場合には、その決定方針を取締役会で決定することが義務付けられます(改正会社法361条7項)。報酬の決定方針は、具体的には、別途会社法施行規則で規定される予定ですが、例えば、取締役の個人別の報酬内容の方針(代表取締役に決定を一任するか否かなども含む)、報酬の種類ごとの比率に係る決定方針が想定されます。現行法では、指名委員会等設置会社の報酬委員会ではすでに義務付けられています(会社法409条1項)ので、その考え方が一定範囲の監査役会設置会社や監査等委員会設置会社に拡張されたことになります。加えて、不確定額報酬(会社法361条1項2号)や非金銭報酬(同項3号)の議案内容にとどまらず、確定額報酬(同項1号)についても、株主総会において、報酬議案を相当とする理由の説明が必要となります(改正会社法361条4項)。
さらには、会社株式や新株予約権を取締役の報酬とする場合は、定款に定めていない限り、株主総会の決議により一定事項(株式や新株予約権の数等。具体的には会社法施行規則で規定)を定めることが必要となります(改正会社法361条1項3号・4号・5号)。株主に対する開示強化という視点です。また、上場会社の取締役・執行役への報酬として株式等を利用する場合に限り、株式の発行や新株予約権の行使に際して払込みを不要とする無償割当が可能となります。取締役等に対するインセンティブ報酬の制度です。ただし、無償割当としての募集株式や新株予約権を発行するときは、その旨や割当日を定める必要があります(改正会社法202条の2、236条3項)。
なお、公開会社は事業報告で取締役の報酬に関する追加の記述が求められる予定です(詳細は、今後公布される改正会社法施行規則による)。
Ⅲ おわりに
近時、取締役の報酬についてはその在り方について関心が高まっていることから、会社法に先立ってコーポレートガバナンス・コード(原則4-2、補充原則4-2①・4-10①)や金商法(平成31年内閣府令第2号)では、インセンティブ報酬や報酬決定の透明化、決定の在り方等が定められてきました。今般の改正会社法は、その流れに沿った改正であり、基本法たる会社法で規定されることは、企業実務上重く受け止める必要があります。
取締役の報酬については、その決定の過程も含めて取締役の善管注意義務を構成することが裁判例や学説において定着しつつある中で、監査役としても監査の観点から従来以上に注視していく姿勢が大切となってきます※10。
※1田中亘『会社法(第2版)』(東京大学出版会、2018年)251ページ
※2指名委員会等設置会社では、取締役の個人別の報酬の内容は報酬委員会が決定する(会社法404条3項)。
※3大隅健一郎、今井宏『会社法論 中巻(第3版)』(有斐閣、1992年)166ページ
※4落合誠一『会社法コンメンタール 第8巻』[田中亘](商事法務、2009年)167ページ
※5上柳克郎、鴻常夫、竹内昭夫 編『新版注釈会社法(6)』[浜田道代](有斐閣、1987年)391ページ
※6龍田節、前田雅弘『会社法大要[第2版]』(有斐閣、2017年)92ページ
※7田中・前掲※4 165ページ
※8経営判断原則とは、取締役の経営上の判断において、判断の過程・内容に不合理な点がなければ、個別の法令・定款違反でない限り、取締役が善管注意義務違反を問われることがないという考え方で、判例・学説上確立している(最高裁判所の判断としては、アパマンショップ株主代表訴訟事件・平成22年7月15日判時2091号90ページ参照)。
※9職務執行の対価としての相当性は十分吟味されるべきとの意見として、稲葉威雄『会社法の解明』(中央経済社、2010年)431~432ページ
※10会社が当初計画より大幅な業績の下方修正をしたり、経営上の失敗や財務諸表の虚偽記載等の不祥事により会社に大きな損失が発生した場合に、業績連動報酬によって支払った取締役の報酬を過去に遡って強制返還させる仕組み(クローバック〈clawback〉条項)も、報酬の在り方の一つとして検討の余地がある。クローバック条項について解説したものとして、武田智行「クローバック(取締役報酬の取戻し)についての米国における諸規律とわが国における導入に際しての試論」国際商事法務Vol.45, No.2(2017年)231~237ページ参照。