今スポーツテックが熱い! -スポーツビジネスを支えるスポーツテックとそれを巡る若干の法律問題
情報センサー2019年6月号 Innovative Business & Law
EY弁護士法人 弁護士 越知 雄紀
EY弁護士法人にて、海外企業の日本進出・日本企業の海外進出や海外子会社の事業再編などにかかわる一方で、ベンチャー企業の支援にも関わっている。自らも中高大学の10年間テニスに励み、現在も週末はフットサルを行うなど、スポーツをこよなく愛しており、スポーツテックの発展に大きな関心を持って見守っている。
Ⅰ スポーツビジネスの拡大を支えるスポーツテック
世界におけるスポーツビジネスの市場規模は800億ドルを超えており、日本においても、サッカーJリーグが英国の動画配信サイトと10年間で約2,100億円の放映権契約を締結し、バスケットボールや卓球のプロリーグが立ち上がるなど、スポーツビジネスの市場は年々拡大しています。また、今年2019年はラグビーW杯、来年20年は東京オリンピックが控えており、スポーツ界全体が盛り上がりを見せています。
政府による「日本再興戦略2016」でも、スポーツ産業の未来開拓は、環境・エネルギー、IoT/人工知能と並んで日本再興戦略の柱の一つとされており、スポーツ市場規模を20年までに10兆円、25年までに15兆円に拡大することを目指すとされています。
このような近年のスポーツビジネスの拡大を支えているものの一つが、スポーツテックです。まず、センサーやカメラの高度化及び小型化、ワイヤレス通信やクラウドシステムの発展により、試合中の選手の動きなどについて収集できるデータが格段に多くなりました。収集したデータをAI等で分析し、チームの強化に用いるデータアナリティクスは、今やプロスポーツでは常識となりました。こうしたデータの一部はファンにも還元され、スマートフォンでスポーツ中継を見ながら、選手のスピードや運動量などがすぐに分かるようになりました。他方、スタジアムでは、観客にどのように試合を見せるかということが重視されてきており、最新の音声・映像・IT技術を駆使して、より快適で臨場感のある試合体験ができるスマートスタジアムの建設構想なども進んでいます。
本稿では、盛り上がるスポーツビジネス・スポーツテックに関し、知っておきたい法律問題を概観します。
Ⅱ スポーツビジネス・スポーツテックをめぐる法律問題
1. 放映権について
放映権はスポーツビジネスにとって大きな収益源となっていますが、その帰属はスポーツリーグ・団体ごとに異なるというのが現状です。例えば、Jリーグでは放映権はリーグに帰属し、各チームに収益が分配される形となっていますが、日本のプロ野球では、球団又はその親会社が保有しています。また、米大リーグでは全国放送についてはリーグが放映権を保有し、地方放送については球団が保有しています。
スポーツをコンテンツとして考えた場合には、スポーツリーグ・上部団体が放映権をまとめてメディアに販売する方が全体としては高く販売でき、マーケティングもしやすいと考えられ、最近はそのような傾向が強まっています。
2. 選手の肖像権・パブリシティ権
肖像権は自己を無断で撮影されない権利で、憲法上保障されている重要な個人の権利です。また、パブリシティ権は名前や肖像でビジネスをする権利です。どちらも基本的には個人に帰属する権利ですが、プロスポーツ選手の場合には、スポーツリーグ・団体や個別チームとの契約で、スポーツリーグ・団体や個別チームに肖像権・パブリシティ権が帰属するとされていることが多いようです。
試合映像についてはスポーツリーグ・団体や個別チームが権利を持つことには一定の合理性があると思われますが、さらに進んで、スポーツリーグ・団体や個別チームが、自ら選手に関するグッズを販売したり、選手の名前や肖像の使用をライセンスしたりできるのでしょうか。有名プロスポーツ選手のポスターやユニホーム、関連グッズはスポーツビジネスにとって重要な収益源でもある反面、無制限の使用が認められるのかが問題となります。
この点に関しては、プロ野球選手が登場するゲームソフトやカードを巡り、選手会が球団に対して訴訟を提起した例があります。選手会は、選手の肖像権を所属球団が一括管理しているのは不当であり、球団が商品化する権利まで保有することはできないとして最高裁判所まで争いましたが、裁判所はプロ野球の知名度の向上に資する限り球団が肖像権を商品化する権利も保有すると判断しました。
とはいえ、行き過ぎた商品化や商品化による収益が選手に間接的にも還元されていない場合には、当初の目的を逸脱しているとされることもあるかもしれません。
3. データアナリティクスに関連する問題
(1) データの所有権・管理権等
前述したとおり、プロスポーツでは大量のデータが収集され、分析されています。収集・分析されるデータは、球速やボールの回転数等の競技に関する情報から、スタッツ等の統計情報、選手の心拍数等の個人情報に至るまで多種多様でさまざまな方法で活用される重要な価値を持つものです。しかし、(少なくとも日本では)残念ながらデータそのものに所有権は認められておらず、著作権が成立するのはデータがウェブサイト上に公開されている場合等、一定の場合に限定されると思われます。
従って、データの収集・分析を行う場合には、関係当事者(選手、チーム、スポーツリーグ・団体、データ分析等のソリューションを提供する会社)の誰がどのような条件でデータを管理し、利用や第三者への提供ができるのかをきちんと契約で定める必要性が高いと考えられます。
(2) データに含まれる個人情報
スポーツにおけるデータには、多くの選手の個人情報が含まれています。通常は、データの取得について何らかの形で本人の同意が得られている場合が多いと思いますが、例えば、スポーツ遺伝子の分析に基づくトレーニング方法などは、個人情報保護法で要配慮個人情報とされている遺伝子情報を取り扱い、スポーツ以外の出自や病気などが明らかになってしまう恐れがあります。また、データの収集・分析が一般化すると、本人の当初の意図に反して広範囲で利用されてしまう可能性もあることから、データに含まれる個人情報について、個人情報保護法やその他のデータ保護規制に沿った取扱いがされるように、データ収集・分析・利用の仕組みを作ることが重要となります。
(3) 競技情報、統計情報
他方、球場に設置されたトラックマンという機械によって取得したボールの回転数や球速といった競技情報や、特定の個人との対応関係が排斥された全選手のアベレージに関するデータをまとめたチームスタッツ等の統計情報については、個人情報の問題は生じません。
Ⅲ スポーツテックが切り開く新たな可能性
少し前になりますが、いち早くデータの活用の有用性に気付いた大リーグの弱小チームのゼネラルマネジャーが、チームを強化して活躍させ、常勝チームを打ち破る『マネーボール』という映画がヒットしました。これは、米大リーグでの実話を元にしています。また、ここ数年、米大リーグでは、「ゴロよりフライの方がヒットの確率が高い」という今までの常識を打ち破る結果がスポーツアナリティクスにより判明し、「フライボール革命」と呼ばれています。これらは全てスポーツテックが生み出したものです。
次の時代は、AIの指導者が誕生し、スポーツにさらなる発展をもたらすかもしれません。スポーツ観戦も、球場で第三者として観戦する方法から、VR/ARを使ってあたかも選手の感覚を共有・体験できるようになる日もそう遠くないように思います。筆者は、スポーツテックが切り開く新たな可能性が楽しみでなりません。