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IBOR改革-IASBの提案(ヘッジ会計)

2019年4月30日 PDF
カテゴリー IFRS実務講座

情報センサー2019年5月号 IFRS実務講座

IFRSデスク 公認会計士 江口 智美

2008年入所以来、証券会社、メガバンクを含む大手金融機関の会計監査及び内部統制監査に従事。14年から約1年半EYロンドンに出向し、現地金融機関の会計監査及び内部統制監査に従事。18年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。CFA協会認定証券アナリスト。

Ⅰ はじめに

国際会計基準審議会(以下、IASB)は、2018年12月に銀行間調達金利指標(以下、IBOR)改革が財務報告に与える影響を評価するためのプロジェクトを追加しました。本プロジェクトは2段階に分けて実施されます。第1段階ではIBOR改革までに生じる論点、第2段階ではIBOR改革完了後に生じる論点(ヘッジ指定を修正した場合の影響等)が焦点とされます。現在、IASBはプロジェクトの第1段階の検討を進めており、19年5月までに公開草案を公表し、19年末までに改訂後の最終基準の公表を予定しています。
本稿では、IBOR改革に対応したヘッジ会計に関するIASBの暫定決定の概要を取り上げます。なお、文中の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りします。

Ⅱ 背景

金融安定化理事会は、金融危機後、主要通貨に関するIBOR改革の必要性を提議しました。各国の規制当局はIBORを廃止して、新しい基準金利である代替的リスク・フリー・レート(以下、RFR)への移行を進めています。これはLIBORの不正操作問題やIBORとオーバーナイト金利のスプレッドのボラティリティの拡大を契機として進められたものです。
英国では、LIBORに変わり、SONIA(Sterling Overnight Index Average)が新しい公式の基準金利となり、21年末以降、銀行はLIBORを提示することを要求されなくなる予定です。なお、IBORの廃止の状況、入れ替えのタイミング及び代替的RFRの具体的な内容は国や地域によって異なりますが(<表1>参照)、現在総額何兆ドルにも及ぶ金融商品がIBORを基準金利として参照しており、IBORから代替的RFRへの移行は複数の金融市場のさまざまな商品に影響を及ぼすと思われます。また、多くの新規取引において、新しいRFRを参照することが求められます。さらに、直接IBORを参照していなくても、IBORをインプットの一つとして用いて評価する取引にも影響を及ぼすことが想定されます。

表1 主要5通貨のIBORと代替的リスク・フリー・レート

従って、RFRへの移行により、IBORを金利として参照しているローン、デリバティブ、債券やその他金融商品を有している銀行だけでなく、大半の企業が影響を受ける可能性は高いと考えられます。また、業務運用上の変更も必要であり、組織内の多くの領域に影響を及ぼすと考えられます。

Ⅲ 財務報告に与える影響(ヘッジ会計)

上記に加え、IBOR改革はヘッジ会計を中心に財務報告にも潜在的に大きな影響を及ぼし、基準適用上の明確化や改訂なしに対処できない点も明らかになってきました。以下では、IBOR改革が財務報告に与える主な影響について説明します。
まず、予定取引をヘッジ対象としたキャッシュ・フロー・ヘッジにおける当該取引の発生可能性への影響を検討する必要があります。例えば、ヘッジ指定したIBORに係るキャッシュ・フローが21年以降発生する可能性が高くないとみなされた場合、従前のヘッジ会計を中止する必要があります。その場合、キャッシュ・フロー・ヘッジ剰余金に累積された金額を組替調整額として、直ちに純損益に振り替えることにつながる可能性があります。
また、ヘッジ指定の変更やヘッジ会計の取消し及び再指定が要求されるのかも論点となります。例えば、IAS第39号「金融商品:認識及び測定」(以下、IAS第39号)ではヘッジ関係の有効性を評価できなかった場合や、IFRS第9号「金融商品」(以下、IFRS第9号)では経済的関係が存在しない場合に、ヘッジ関係を中止する必要がありますが、これらに該当するかの検討及び整理が求められます。また、ヘッジ指定される基準金利の変更を見越してヘッジ文書を変更することで対処できないかという議論もありますが、その場合でも、ヘッジ指定を変更した時点でのヘッジ指定の取消し及び再指定は回避できないという懸念もあります。
さらに、ヘッジ対象とヘッジ手段の参照金利が同時に移行しない場合や、参照金利のタームが異なる場合は、両者にミスマッチが生じ、新たなヘッジの非有効性の要因がもたらされると考えられます。
なお、リスク要素がヘッジ対象のキャッシュ・フローの公正価値に内在し、「市場構造の状況」に基づいて独立に識別可能で、信頼性をもって測定可能な場合、当該リスク要素をヘッジ対象に指定することが認められています。ここで、IBORのリスク要素は当該要件を充たすと考えられます。これは、IBORを指標として、もしくは参照して価格が決定される負債性金融商品が多く流通し、IBORの入替期日以降に満期を迎えるIBORベースの金利スワップに関して流動性のある市場が存在すると考えられるからです。また、急激な価値の変動を避けるため、主要市場において、安定的に代替的RFRへ移行するよう管理されると想定されます。

Ⅳ 暫定決定の概要

上記の懸念事項を鑑み、IASBは19年2月にIAS第39号及びIFRS第9号に関して、以下の改訂を行うことを暫定的に決定しました。

  • 「可能性が非常に高い」要件:ヘッジ会計における「可能性が非常に高い」という要件に関し、IBOR改革によって生じる不確実性(時期及び取引の詳細に関して)に対する救済措置を設ける。すなわち、予定取引の発生可能性の評価に当たり、IBORベースの契約条項が変わらない(発生可能性は変わらない)と想定することを認める。当該救済措置は、IBOR改革以外の要因によってすでにヘッジ会計が中止され、キャッシュ・フロー・ヘッジ剰余金が残存するキャッシュ・フロー・ヘッジ関係においても適用される。
  • ヘッジの有効性:経済的関係の有無に関する評価(IFRS第9号)、もしくはヘッジの高い有効性に関する評価(IAS第39号)において、IBOR改革によって生じる不確実性(時期及び取引の詳細に関して)に対する救済措置を設ける。すなわち、当該評価は、ヘッジ手段とヘッジ対象の既存の契約上のキャッシュ・フローに基づいて実施されることを求める。
  • リスク要素:救済措置は、IAS第39号及びIFRS第9号におけるヘッジ会計の要件を従前に満たしていたヘッジ関係にのみ適用される。ヘッジ開始時に、ヘッジ指定の要件を満たしているIBORのリスク要素のヘッジに限り、IBOR改革によって将来当該リスク要素が変わるとしても、ヘッジの継続を認める。
  • 救済装置の終了時期:IBOR改革に関する不確実性が解消された時点で、救済措置の適用は終了する。救済措置の終了時点については、今後の会合で議論する。
  • 開示:救済措置の適用がヘッジ会計に及ぼす影響について、一定の開示を要求する。

また、IASBは適用日を20年1月1日以降開始する事業年度として遡及(そきゅう)適用が求められること、及び早期適用を認めることでも合意しました。

Ⅴ おわりに

IASBによる救済措置に関する暫定決定により、IBOR改革のヘッジ会計への影響は緩和されると考えられます。一方、IBOR改革後の対応やヘッジ会計以外の財務報告に関する論点(評価額の変動、公正価値、条件の変更もしくは認識の中止)は、今後IASBで審議されると想定されるため、留意が必要と考えます。

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