収益認識会計基準適用後の有償支給取引に係る会計処理
情報センサー2019年2月号 押さえておきたい会計・税務・法律
公認会計士 太田 達也
当法人のフェローとして、法律・会計・税務などの幅広い分野で助言・指導を行っている。また、豊富な知識・経験および情報力を生かし、各種実務セミナー講師、講演等において活躍している。著書は多数あるが、代表的なものとして『会社法決算書作成ハンドブック』(商事法務)、『「純資産の部」完全解説』『「解散・清算の実務」完全解説』『「固定資産の税務・会計」完全解説』(以上、税務研究会出版局)、『例解 金融商品の会計・税務』(清文社)、『減損会計実務のすべて』(税務経理協会)などがある。
Ⅰ はじめに
企業が、対価と交換に原材料等(以下、支給品)を外部(以下、支給先)に譲渡し、支給先における加工後、当該支給先から当該支給品(加工された製品に組み込まれている場合を含む。以下同じ)を購入する場合があります。これら一連の取引は、一般的に「有償支給取引」と呼ばれています。支給品を無償で支給すると、支給先での管理が行き届かなくなることが懸念されるため、有償で譲渡するケースが多いわけです。
このような有償支給取引では、企業から支給先へ支給品が譲渡された後の取引や契約の形態はさまざまであるため、個々の契約内容等について検討した上で、会計処理を決定する必要があると考えられます。従って、有償支給取引に係る会計処理を一義的に定めることはできませんが、「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、収益認識適用指針)に示された考え方や代替的な取扱いを踏まえ、内容の整理を行うものとします。
なお、本稿のうち意見にわたる部分については、筆者の私見が含まれていることをお断りしておきます。また、個々の取引についての契約の形態はさまざまであるため、個々の契約等の実質的な内容に基づいて判断されると考えられます。個々の会計処理の適切性については、担当会計士とご相談の上、ご検討いただければと思います。
Ⅱ 買戻義務の有無に応じた会計処理
有償支給取引については、企業が当該支給品を買い戻す義務を有しているか否かを判断する必要があるとされています(収益認識適用指針104項)。例えば、有償支給取引において、支給先によって加工された製品の全量を買い戻すことを支給品の譲渡時に約束している場合には、企業は当該支給品を買い戻す義務を負っていると考えられますが、その他の場合には、企業が支給品を買い戻す義務を負っているか否かの判断を取引の実態に応じて行う必要があります(収益認識適用指針177項)。
収益認識適用指針では、企業が支給品を買い戻す義務を有しているか否かによって、<表1>のように会計処理が異なるとされています。
いずれの場合においても、当該支給品の譲渡に係る収益を認識しないとされているのは、支給品の譲渡に係る収益と最終製品の販売に係る収益が二重に計上されることを避けるためとされています(収益認識適用指針179項、180項、181項)。
Ⅲ 企業が支給品を買い戻す義務を負っていない場合の会計処理
有償支給取引において、企業が支給品を買い戻す義務を負っていない場合には、企業は当該支給品の消滅を認識することとなりますが、当該支給品の譲渡に係る収益は認識しません。企業が支給品を買い戻す義務を負っていない場合には、当該支給品(棚卸資産)の帳簿価額を貸方に落とすことになります。ただし、その譲渡に係る収益は認識しませんので、下記の<設例>のように、有償支給取引に係る負債を認識することになると考えられます。
設例 有償支給取引の会計処理(買い戻す義務を負っていない場合)
- 前提条件
A社(有償支給取引における支給元)は、B社(支給先)に対して支給品を販売します。契約上、加工後の製品について買い戻す義務を負っていません。支給品に係る在庫リスクはB社が負っており、B社は他社にも加工後の製品を販売しています。従って、支給品に係る支配は、A社からB社に販売した時点で、A社からB社に移転すると判断しています。
A社は、上記の契約に基づき、A社が製造した部品Y(A社における帳簿価額は700千円)をB社に1,100千円で有償支給し、加工後の製品Xを1,600千円でB社から購入しました。このときのA社の会計処理を示してください。
また、B社が他社に製品Xを販売し、結果的にA社が購入しなかった場合の会計処理も示してください。
- 解 答
1. B社への部品Yの支給時の会計処理
部品Yの有償支給により生じたB社に対する法的な債権を未収入金として認識し、部品Yの帳簿価額700千円の消滅を認識します。貸方差額である400千円について、収益を認識せず、負債を認識します。
2. 加工後の製品Xの購入時の会計処理
製品Xの購入代金1,600千円と負債400千円との差額1,200千円を棚卸資産として認識し、営業債務の発生を買掛金として計上します。
3. B社に対する債務の支払時の会計処理
4. 部品Yの有償支給に係る債権の回収時の会計処理
また、支給品Yを加工し、製品化されたXが他社に販売された場合は、有償支給取引に係る負債を借方に落として、支給品の譲渡に係る収益を認識することになると考えられます。
Ⅳ 企業が支給品を買い戻す義務を負っている場合の会計処理
有償支給取引において、企業が支給品を買い戻す義務を負っている場合には、支給先が当該支給品を指図する能力や当該支給品からの残りの便益のほとんど全てを享受する能力が制限されているため、支給先は当該支給品に対する支配を獲得していないこととなります。この場合、企業は支給品の譲渡に係る収益を認識せず、当該支給品の消滅も認識しないこととなります(収益認識適用指針104項、180項)。当該支給品の消滅を認識しないということは、棚卸資産に計上したままにしておくという意味です。
しかし、譲渡された支給品は、物理的には支給先において在庫管理が行われているため、企業による在庫管理に関して実務上の困難さがある点が指摘されており、この点を踏まえ、個別財務諸表においては、支給品の譲渡時に当該支給品の消滅を認識することができることとされました(収益認識会計基準104項、181項)。支給品自体は支給先に存在するにもかかわらず、支給元の棚卸資産に計上されたままということになると、その実在性をどのように確認するのかという問題が生じるため、棚卸資産の帳簿価額を落とすことが例外的に認められるとされたものです。公開草案の段階では置かれていなかった代替的な取扱いが、適用指針の確定段階で追加されたものです。
設例 有償支給取引の会計処理(買い戻す義務を負っている場合)
- 前提条件
A社(有償支給取引における支給元)は、B社(支給先)と製品Xの購入契約を締結しています。A社は、当該契約に基づき、A社が製造した部品Yを B社に有償支給し、加工後の製品Xを B社から購入します。A社には、B社に対して部品Yを有償支給した時点で、法的な債権が生じ、また、同時に B社には法的な債務が生じます。
A社は、B社が加工した製品Xの買戻義務を負っています。また、B社は、当該支給部品Yの使用を指図する能力や当該支給部品Yから残りの便益のほとんど全てを享受する能力が制限されていることから、部品Yに対する支配を獲得していないと判断したものとします。
A社は、上記の契約に基づき、A社が製造した部品Y(A社における帳簿価額は2,800千円)をB社に3,100千円で有償支給し、加工後の製品Xを3,800千円でB社から購入しました。このときのA社の会計処理を示してください。
- 解 答
1. B社への部品Yの支給時の会計処理
部品Yの有償支給により生じたB社に対する法的な債権を未収入金として認識し、加工後の製品Xに対する支払義務に含まれる部品Y相当額として有償支給取引に係る負債を認識します。部品Yの帳簿価額(2,800千円)は、部品Yに対する支配がB社に移転していないと判断したため、A社の棚卸資産として引き続き認識されます。
2. 加工後の製品Xの購入時の会計処理
B社の加工による増価部分700千円を棚卸資産として認識し、有償支給取引に係る負債の消滅を認識したうえで、これに係る営業債務の発生を買掛金として計上します。
3. B社に対する債務の支払時の会計処理
4. 部品Yの有償支給に係る債権の回収時の会計処理
Ⅴ 代替的な取扱いを適用したときの連結上の対応
買戻義務がある場合で、かつ、代替的な取扱いを適用し、個別財務諸表において棚卸資産の消滅を認識した場合、棚卸資産の譲渡価額と帳簿価額との差額については収益を認識するのではなく、有償支給取引に係る負債を計上することが考えられます。この負債については、加工後の製品を買い戻した場合には借方に振り替えることが考えられます。
また、連結財務諸表上、連結修正仕訳により、落とした棚卸資産を借方に計上し、棚卸資産の帳簿価額と同額の有償支給取引に係る負債を計上することになると考えられます。
Ⅵ 支給先の会計処理
有償支給元が買い戻す義務を負っている場合において、有償支給先においては、支給品のほぼ全量を加工後に売り戻すことが予定されており、また、有償支給材料等の価格変動リスクを負っていない場合には、リスク負担の観点から加工代相当額のみを純額で収益として表示することになるという考え方が、「我が国の収益認識に関する研究報告(中間報告)―IAS第18号「収益」に照らした考察―」(平成21年12月8日改正 日本公認会計士協会)に示されています。支給先において支給品に係る支配を獲得しておらず、リスクを負っていないと判断される場合は、上記の考え方を参考にする必要があると思われます。