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不正会計はAIで見抜けるか

2017年1月5日 PDF
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品質管理本部 不正リスク対策部 公認会計士 市原直通

2003年、当法人入所。金融機関におけるデリバティブの公正価値評価やリスク管理に関する監査、アドバイザリー業務に従事。16年より会計学と機械学習を用いた不正会計予測モデルの構築・運用や監査業務におけるAI活用に関する研究開発に従事。日本証券アナリスト協会 検定会員。

Ⅰ はじめに

ここ最近、人工知能(AI)に関するニュースをよく目にします。会計・監査の領域についても、単純作業の自動化による生産性の向上やAIによる業務の変革に対する意識からか、雑誌『企業会計』2016年7月号でAI特集が組まれるなど、AIの関心が高まっていることが感じられます。ところが、AIが具体的にどのように会計・監査に生かせるのか、という点についての考察や研究は少なく、監査に関して言えば、目先のデータアナリティクスの活用と将来の自動監査の未来予想図の間に情報の空白を感じる状況です。そこで本稿では、AIと総称される技術の一つである機械学習※1を用いて不正会計を予測する、という取り組みについて、これまでの学術研究や当法人での取り組みを紹介します。

Ⅱ 機械学習とは

機械学習とは、簡単に言えばデータからパターンを見つけ、そのパターンに新たなデータを当てはめることで予測に役立てる技術だと言えます。機械学習は将来の予測に役立つことから、より高度なデータアナリティクスを行う際にも活用されます。データアナリティクスは、過去に何があったか、なぜ起こったかといった分析を行う記述的分析(Descriptive Analytics)、将来の予測を行う予測的分析(Predictive Analytics)、さらに意思決定のための最適解を求める処方的分析(Prescriptive Analytics)に分類されることがあります。このうち、予測的分析や処方的分析において、機械学習が活用されます。見積もりの監査への適用などに使えることから、監査の世界でも予測的分析について徐々に関心が高まっています。不正会計の予測も予測的分析の一つの活用例と言えるでしょう。

Ⅲ 不正会計の予測に関する研究

1. 不正会計の予測に必要な二つの要素

実際に不正会計を予測しようとすると、インプットと、アルゴリズムについて考える必要があります(<図1>参照)。

図1 不正会計予測において検討するべき事項

インプットの問題は公開されている財務諸表、株価、非公開の企業内部の仕訳データ、補助簿のデータ、テキストデータやその他の非財務データなどの中で、どういったデータを与えるのかという点に加えて、データをどのように加工して与えるのかという点も予測性能に大きな影響を及ぼします。
アルゴリズムの選択も予測性能に大きな影響を及ぼします。予測の対象によって性能を発揮するアルゴリズムは変わってくるため、万能なアルゴリズムは無いと言われており、さまざまな機械学習の手法から不正会計のパターンをうまく拾い上げるアルゴリズムを選択する必要があります。

2. インプット

不正会計の予測を行った研究は、公開情報のみで予測を行う場合が多く、公開されている財務諸表や株価などから不正会計に関連する財務(非財務)指標を算出した上で、インプットに用いています。会計学では、利益調整と呼ばれる経営者の裁量的な(意図的な)利益計上についての研究の蓄積があり、利益調整の測定値やその動機が不正会計の発生と関連性が高いことが多いため、インプットとして用いられます。利益とキャッシュ・フローの乖離(かいり)である会計発生高や、これをモデルにより推定し、推定値と実績値の乖離を計算した裁量的発生高などが利益調整の測定値として用いられます。
利益調整の動機としては赤字回避や減益回避、アナリスト予想の達成や経営者予想利益の達成などの利益ベンチマークの達成を動機とするケース、格付けの取得・維持・向上を動機とするケース、破綻回避、コベナンツの抵触回避などを動機とするケースがあります。このほか、経営者による株式売却・ストックオプションの保有、M&A、増資、IPO、MBOなど株価を意識しているケースも、利益調整などに影響を及ぼす状況として指摘されています。また、取締役会や監査委員会・監査役、株式保有構造などガバナンスの有効性も、利益調整との関連性が指摘されています。

3. アルゴリズム

不正会計と関連がある財務(非財務)指標に基づき不正会計の予測を行う際に、データからどのようにパターンを見つけるかについては、ロジスティック回帰分析(ロジットモデル)と呼ばれる比較的単純なモデルが使われることが多いものの、<表1>のようにさまざまなアルゴリズムを用いる研究も行われています。このほか、近年注目を集めているディープラーニング(ディープニューラルネット)や勾配ブースティングなどの手法を不正会計の予測に適用するのも有効な手段と考えられます。

表1 不正抽出アルゴリズム

Ⅳ 不正会計の予測精度の評価

これらの技術を用いた不正会計の予測は、どの程度信頼性があるのでしょうか。将来の不正会計を本当に予測できるかどうかは将来にならないと分からないところですが、過去のデータに当てはめてみることで、これまで生じた不正会計に対しては予測の精度を測ることができます。
ここでは、先ほど<表1>で紹介したJarrod Westand Maumita Bhattacharya(2015)によって、幾つかの先行研究がまとめられていますので、紹介します(<表2>参照)。<表2>のAccuracy(正確度)とは、全体の中でどのくらいの割合の財務諸表を不正・適正であると正しく予測できたかという割合を表します。Recall(再現率)は本当に不正であったものの中で、どのくらいを不正だと予測していたかという割合を表します。Specificity(特異度)は本当に適正であったものの中で、どのくらいを適正だと予測していたかという割合を表します。

表2 先行研究における各アルゴリズムの性能

研究ごとに分析対象としているデータやモデルに使用するインプットが異なること、また適正・不正な財務諸表の比率が異なることに留意する必要はあるものの、高い精度を示しているアルゴリズムもあることが分かります。

Ⅴ 当法人での取り組み

1. 不正会計予測モデルの運用について

当法人では、企業の公開情報に基づいて財務諸表単位で不正会計を予測するモデルを構築し、その確率をリスク指標として品質管理の向上に役立てています。リスクが高いと示唆された場合、それが合併などのモデルが想定していない事由によるものであるかどうかを人間の目で確認し、一定の絞り込みを行います。その上で、監査チームに対し、財務諸表にどういった傾向があったためにリスクが高いと予測されたのか、説明や注意喚起を行っています。
この取り組みは、監査手続としてデータ分析ツールを用いてクライアントの仕訳データや元帳・補助元帳データの分析を行う取り組み(以下、データアナリティクス)と幾つかの点で異なります。データアナリティクスは対象となる企業一社について、その内部の詳細な情報を用いて分析を行うミクロレベルのアプローチと言えるでしょう。一方で、不正会計予測モデルの運用は財務諸表などの公開情報しか用いないものの、過年度も含め利用可能な上場企業の財務諸表を広くパターン学習に用いており、他社との比較の中で、企業の財務諸表を相対的に分析するマクロレベルのアプローチになっています。監査の現場では、ミクロレベルの分析により疑わしい取引や仕訳や商品などの抽出を行う一方で、マクロレベルでの分析により監査法人としてポートフォリオ全体のリスク管理・品質管理を行っていくことを目指しています。
不正会計予測モデルのもう一つの特徴は、過去に実際に不正があった財務諸表のパターンとの類似度に基づいて将来の不正の可能性を測定している点です。他の企業と比べて異なっているという異常点を単純に抽出するだけでなく、他の企業とどのように異なっているのかという点について過去の不正事例に近いものが抽出されるため、予測精度が高くなります。データアナリティクスでは異常点を抽出し、詳細に調査を行うという流れが一般的です。しかし、抽出されたサンプルが非常に多く、全ての異常点を調べるのは難しいというような状況が考えられ、過去の不正事例などとのひも付けによる優先順位付けは今後の課題になると考えられます。それゆえ、財務諸表全体の傾向分析に基づく不正会計予測モデルを補完的に用いることで、監査品質の向上を図っています。

2. 「アシュアランス・イノベーション・ラボ」の設置について

2016年11月21日に当法人では、AIやRPA※2を活用し、より深度ある監査を実施する新しい仕組み「Smart Audit」の実現を推進する研究組織として「アシュアランス・イノベーション・ラボ」を設置しました。Smart Auditとは、先端技術を活用することで監査の高度化や品質向上を目指すものです。定型的な作業を自動化することで監査人はビジネスの理解やクライアントとのコミュニケーション、監査上の判断・分析に集中できるようになります。また、AIなどの先端技術によって、監査人はより高度な分析に基づく監査上の判断ができるようになります(<図2>参照)。

図2 Smart Audit概念図

不正会計予測モデルは、不正があった財務諸表の傾向を学習するアルゴリズムにAIの技術が既に用いられており、マクロレベルの分析における一つの活用例となっています。
今後はミクロレベルの分析である仕訳データや元帳・補助元帳データの異常値検出、評価・見積もりの予測などにおいても、AIの活用に取り組みます。

Ⅵ おわりに

本稿では、監査におけるAI、とりわけ機械学習の適用事例として不正会計予測の研究状況や取り組みを紹介しました。不正会計予測モデルは米国でも一部の市場関係者や規制当局などにおいて導入されているという話を聞きます。現在は、まだ公開されている会計データが限られていますが、将来的に詳細な会計データについても標準化が進み、公開される情報量が増えると、的中率100%のモデルが完成する日が来るかもしれません。そのような時代の会計・監査の在り方について、そろそろ考え始めてはいかがでしょうか。

※1本稿では、機械学習の手法のうち「教師あり学習」と呼ばれる手法について取り扱う。

※2RPAはRobotic Process Automationの略でソフトウェアロボットを用いて業務を自動化する取り組みを言う。

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