寄稿記事
掲載誌:2023年1月25日、日経産業新聞「戦略フォーサイト」
執筆者:EY税理士法人 シニアマネージャー 甲斐荘 芳生
世界で税務当局のデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいます。
これまでも各国当局は手続き・業務のデジタル化を進めており、オンライン税務申告や当局間での租税情報の電子的な交換を実現してきましたが、ここ数年は当局の業務自体の再構築へと動いています。税務調査での人工知能(AI)活用や当局による企業のリアルタイムデータ収集など先端技術を取り入れ、行政・民間双方の業務プロセスの再構築を促す動きといえます。
税務当局は、税務調査の対象選定にビッグデータを分析するデータマイニングや機械学習といったデータ分析技術を活用し始めています。当局が保有する納税者情報や過去の税務調査の結果を基に、調査精度の向上に役立てています。こうした税務調査へのAI活用は、経済協力開発機構(OECD)での情報共有などをきっかけに、2020年ごろには日本を含む各国へと取り組みが広がっています。
中南米や欧州諸国の一部は「継続的取引管理(CTC)」と呼ばれる仕組みで、当局が民間企業の取引情報に常時アクセスし、付加価値税(日本の消費税に相当)の不適切な税務処理を未然に防いでいます。ガイドライン策定には国際商業会議所(ICC)が関与するなど、行政と民間の協調で国際的なデファクトスタンダード(事実上の標準)が出来上がりつつあります。
日本でも国税庁が21年に「税務行政のデジタル・トランスフォーメーション」を発表したほか、政府税制調査会(首相の諮問機関)で税務手続きのデジタル化が議論されるなど、世界の潮流に沿った検討が始まっています。
改革の潮流の背景の一つには、納税者からの利便性向上の要求があります。新型コロナウイルス禍では日本の行政手続きのデジタル化の遅れが顕在化したのは記憶に新しいところです。その際、税務の電子手続きを初めて利用した納税者はその利便性に気づきました。
企業にとっても税務調査対応の負担の低減にもなります。大企業への税務調査は数年おきに数カ月以上に及びます。税務処理の誤りを未然に防止する仕組みの構築は、企業にとって目下の課題となっています。税務当局が企業の取引を常時モニターするCTCは、ドラスチックな施策ですが、民間企業が「名を捨てて実を取る」意味での成功例ともいえます。
海外の税務当局が取り組むDX施策ですが、従来の日本の税務当局や企業の税務担当の職務とは大きく異なっています。このため、行政・民間双方で人員の配置転換や専門人材の拡充を含む組織のリストラクチャリング(再構築)が不可欠になります。
日本が先行する各国に追いつくためには、行政・民間の関係者がコミュニケーションを深め、ウインウインとなる理想像を話し合うことも重要でしょう。進歩が著しいテクノロジーの活用をテコに、税務行政のDXを通じた行政と民間の協働によるプラスサム社会の実現が望まれます。
(出典:2023年1月25日 日経産業新聞)