2023年1月31日
シンガポール個人所得税およびイミグレーションの最新動向について

シンガポール個人所得税およびイミグレーションの最新動向について

執筆者 EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

2023年1月31日

本稿では、シンガポールに活動拠点を設け駐在員を派遣する企業にとって共通の課題である個人所得税およびイミグレーションの最新動向について解説します。

本稿の執筆者

EYシンガポール ピープル・アドバイザリー・サービス 飯島 陽佑

日本での税理士法人勤務を経て、2015年にEYシンガポール入社。日本、シンガポールにて約9年間の個人所得税申告支援業務経験を有す。シンガポールでは赴任者の就労ビザ取得に関するアドバイス等、イミグレーション業務にも携わる。日本、シンガポールで個人所得税・イミグレーションに関するセミナーを多数実施。米国公認会計士(Exam passed)。EYシンガポール マネージャー。

要点
  • 近年、シンガポールは、外国人向け税制優遇の撤廃や税務調査の増加により、駐在員を派遣する企業にとって税務面の負担が増加傾向にある。
  • また、イミグレーションに関し、自国民の雇用促進政策の強化や海外高度人材の誘致政策の継続により、外国人労働者の就労ビザ取得はより困難となっている。
  • シンガポールに拠点を置く企業にとって、現地の雇用情勢の変化に合わせた定期的な人材戦略の見直しが、今後より重要になると考えられる。

Ⅰ はじめに

一般的に、東南アジア諸国では低税率国として知られるシンガポールは、税務に関してはリスクが低い国であると思われがちです。しかし、税務調査等で申告誤りを指摘された場合、それが仮に故意によるものでなくても厳しい罰則が科せられます。また、個人所得税では近年の外国人向け税制優遇の撤廃や税務調査の増加など、情勢は大きく変わりつつあります。イミグレーションに関しては、シンガポール政府による自国民の雇用促進政策(シンガポーリアン・コア)の強化を背景に、外国人労働者の受け入れ数が抑制傾向にあります。海外高度人材の誘致政策の継続も相まって、外国人労働者のための就労ビザ取得は年々難しくなっています。本稿では、シンガポールへ駐在員を派遣する多くの企業にとって共通の課題である個人所得税およびイミグレーションに関し、最新の動向について解説します。

Ⅱ 個人所得税の改定と税務調査件数の増加

1. 外国人向け税制優遇の撤廃

2022年8月、シンガポール税務当局(IRAS)は賦課年度(YA)2025以降の個人所得税申告において、シンガポール国外の公的年金・社会保障費の会社負担分に関し、現行の非課税措置を撤廃して一律課税扱いとする旨を発表しました。もともとシンガポールは海外からの高度人材の誘致を目的に、主に駐在員等の外国人労働者を対象としたさまざまな税制優遇が取られていました(例:NORスキームによる優遇措置や、借り上げ社宅の年次価値による課税、また一時帰国費用の部分的な課税等)。しかし近年、シンガポール政府はシンガポーリアン・コアを推進して外国人労働者の受け入れを抑制する中で、これらの外国人向けの税制優遇もことごとく撤廃しており、本改定もその一連の流れをくむものと考えられます。一般的に、駐在員が海外勤務で得る給与所得はグロスアップ計算により会社負担の個人所得税が加算されている場合が多く、課税範囲が広がれば会社負担額はその分だけ増加することになります。

2. 税務調査件数の増加

その一方で、シンガポール企業が毎年行う従業員の給与所得の申告(Form IR8A)に関し、22年からIRASによる「Assurance Questionnaire on the Reporting of Employee Remuneration」と題されるオンラインベースの調査用紙が届く事例が多く報告されるようになりました。こうした税務調査では、駐在員がシンガポール国外で支払われている報酬等が特に指摘を受けやすい点となっていますが、本調査の特徴として、会社が(駐在員を含め)従業員の各報酬項目と申告上の扱いを正しく認識しているかを確認するだけでなく、申告を正しく実施するためにどのようなプロセスが運用されているかを確認する質問が数多く含まれていることが挙げられます。税務調査の増加のはっきりとした理由は分かっていませんが、従来の調査と比べてその内容がより包括的なものとなっていることが分かります。シンガポールでは税務調査で指摘を受けた場合、最大で過少申告額の400%という厳しい罰則が科せられることになります。

Ⅲ イミグレーションの動向

1. ハードルの上がる外国人労働者の就労ビザ取得

シンガポールでは外国人労働者の就労ビザ取得に関し、給与基準額の引き上げが継続的に行われています。例えば22年の発表では、非金融セクターのEmployment Pass(以下、EP)申請者の場合、申請資格を満たす給与基準額は月額4,500シンガポールドルから5,000シンガポールドルに引き上げられています。この給与基準額は申請者の経験年数等に応じて高くなり、EP申請者の年齢が40代半ばの場合、基準額が最大月額10,500シンガポールドルにもなり、その上昇幅はかなり大きいことがうかがえます。もともとEPは高度な外国人材を対象とし、給与基準額は専門職・管理職・経営者・技術者(PMET)の賃金の上位3分の1に設定されています。申請に含めることができる給与は本人へ月額固定で支給される給与・現金手当のみに限られており、賞与や変動手当、福利厚生等は含めることができません。駐在員であれば各種手当を含めることで申請額を引き上げることは可能ですが、現地採用者の場合はかなりハードルが高くなります。EPの給与基準額を満たせない申請者に関しては、比較的基準額の低いSパスという選択肢もありますが、Sパスはシンガポール国籍/永住権(PR)保有者従業員の雇用人数に応じて申請枠に上限(クオータ)が設けられているため、シンガポール人の従業員数が少ない会社では申請枠を確保できない場合があります。シンガポール人の雇用比率は23年9月から導入されるEP取得に関するポイント制度「COMPASS」の企業属性にも影響するため、外国人労働者の雇用比率に関しては常に注意を払う必要があります。

2. 継続する海外高度人材の誘致政策

23年1月1日から、シンガポール国内の複数の企業の立ち上げ・運営・労働を可能とする新規就労ビザOverseas Networks & Expertise Pass(以下、ONEパス)の申請受付が開始されました。ONEパスは申請条件の1つが「申請者の月額給与が30,000シンガポールドル以上であること(直近でシンガポールで就労経験をもたない個人の場合、申請時において時価総額5億米ドル以上もしくは年間収益が2億米ドル以上の企業に勤務していること)」とあり、高所得層の外国人材を対象としていることが分かります。特定の勤務先に縛られずに複数の会社で就労が可能である就労ビザとしては、以前からPersonalized Employment Pass(以下、PEP)がありますが、PEPは延長更新が認められておらず、有効期間が最長3年間に限られていました。対してONEパスは更新が認められており、その有効期間も5年間と長めに設定されているため、より柔軟性の高いものとなっています。シンガポール政府は外国人労働者の受け入れ数を抑制する一方で、海外高度人材の獲得に関しては今後も積極的な姿勢を保持していくことが、本制度よりうかがえます。

Ⅳ おわりに

近年、シンガポールは個人所得税において外国人向け税制優遇の撤廃や税務調査の強化が図られており、シンガポールへ駐在員を派遣する企業にとって税制面の負担はより増加する傾向にあります。また、イミグレーションに関しては、シンガポールは東南アジアで高度人材の活動拠点としての地位を確立しており、外国人労働者に求められる給与水準は今後も上がり続けることが予測されます。シンガポールに拠点を置く企業にとって、こうした現地の雇用情勢の変化に合わせた定期的な人材戦略の見直しが、今後より重要になると考えられます。

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サマリー

本稿では、シンガポールに活動拠点を設け駐在員を派遣する企業にとって共通の課題である個人所得税およびイミグレーションの最新動向について解説します。

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