2022年1月5日
マレーシア~贈収賄規制の動向について~

マレーシア~贈収賄規制の動向について~

執筆者 EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

2022年1月5日

マレーシアでは年々、汚職行為による逮捕者が増加しており、マレーシアで事業展開している日系企業にとってもリスクが増加しています。本稿では、日系企業にも影響のあるマレーシア汚職防止委員会法の改正法について解説します。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 クアラルンプール駐在員 公認会計士 髙津正義

2010年に入所後、EY英国 ブリストル事務所での駐在を経て、製造業、小売業をはじめとする日本国内の上場企業、非上場企業の会計監査、内部統制監査に従事。19年7月より、EYマレーシア クアラルンプール事務所に現地日系企業担当として駐在し、会計、監査、税務、その他コンサルティング業務(新規投資、従業員不正調査など)、および全般的なサポート(会社設立、税務関連の一般的なアドバイス、セミナー開催)など幅広いサービスで日系企業の事業展開を支援している。

要点
  • マレーシアの贈収賄規制が改正され、全ての日系企業に影響のある規定が2020年6月に施行されています。
  • 当改正法の適用対象となる汚職行為、会社・組織およびその責任、罰則、そして日系企業において講じるべき対策について説明します。

Ⅰ はじめに

トランスペアレンシー・インターナショナル(国際透明性機構)が公開している2020年腐敗認識指数(Corruption Perceptions Index:CPI)によれば、マレーシアは57位(51点)と、日本の19位(74点)には及ばないものの、東南アジアの中ではシンガポール、ブルネイに次いで3位となっています。一方で汚職による逮捕者数は、ロックダウンの影響で20年に若干減少したものの、<図1>にあるように増加傾向にあり、依然として大きな問題となっています。

図1 MACCによる逮捕者数の推移

そうした中、汚職防止やそれに関わる規則を定めたマレーシア汚職防止委員会法の改正法(Malaysian Anti-Corruption Commission(Amendment)Ac2018:以下、MACC改正法)が18年5月4日に公布され、主な改正点である会社の責任に関する規定(MACC法17A条)が20年6月1日に施行されています。これまでは実際に汚職を行った従業員等のみが責任を負う規定でしたが、今回の改正により適切な汚職防止措置を講じていることの反証がない限り、会社や取締役・管理者も責任を負う規定へと改正されています。

本稿では、このMACC改正法の内容について取り上げます。

Ⅱ MACC改正法の内容について

1. 適用対象となる汚職行為、会社・組織およびその責任

次のいずれかに該当する会社・組織はMACC改正法の適用対象となり、その関係者が会社・組織のために事業もしくは事業上の優位性を得るもしくは維持する目的で、利益の供与、供与することについて同意、約束または申し出を行った場合、罰則が適用されます。

① マレーシア国内外を問わず事業を行う全てのマレーシア企業
② 事業または事業の一部をマレーシア国内で行う企業
③ マレーシア国内外で事業を行うマレーシアの組合または有限責任事業組合
④ 事業または事業の一部をマレーシア国内で行う外国の組合

なお、公務員への汚職行為だけでなく、民間企業の間の汚職行為(商事贈収賄)にも罰則が適用されるため、政府系機関との取引等がないからといってリスクが低いわけではなく、全ての日系企業にリスクがあると考えられます。

ここで、会社・組織の関係者とみなされるのは、取締役、パートナー、従業員のほかに、会社・組織のためにもしくは会社・組織に代わって役務を提供する外部の者も含まれます。「会社・組織のためにもしくは会社・組織に代わって役務を提供する外部の者」とみなされるかどうかについては関連する状況を考慮して、広く解釈され、代理店や業務委託先なども含まれるため、留意が必要です。

2. 罰則

汚職行為について有罪判決を受けた場合、以下の罰則のいずれかまたはその両方を科せられることが規定されています。

① 贈賄の対象となった利益の10倍又はRM1,000,000(約27百万円)のいずれか高い方の額を上限とする罰金
② 20年以下の禁固刑

罰金刑については、改正前の「贈賄の対象となった利益の5倍またはRM10,000のいずれか高い方の額を上限」との規定から大きく増加しています。また、これらの罰則が科せられるのは会社・組織だけでなく、原則として取締役、管理者、パートナー、問題となる汚職の管理に関係する者も含まれます。日系企業の駐在員の多くは、責任を負う役職に就いていることが多く、他の従業員と比べリスクが高いと考えられます。

3. 適切な措置の証明

汚職の責任を問われた会社・組織は、汚職行為を防止するための適切な措置を講じてきたことを証明して免責を主張することが認められます。また、会社・組織と同様の責任を負う者も、汚職行為が自身の同意なく行われたことおよび汚職行為を防止するための適切な注意義務を果たしていたことを証明することで免責されることとなっています。

この「適切な措置」に関しては、首相府が一つのガイドラインを発行しています。これは次の五つの基本原則に基づいたガイドラインであり、それぞれの基本原則の頭文字を取り、T.R.U.S.T.と表現されています。

① Top Level Commitment(経営陣によるコミットメント)
② Risk Assessment(リスクアセスメント)
③ Undertake Control Measures(対策の実施)
④ Systematic Review, Monitoring and Enforcement(体系的なレビュー、モニタリング及び執行)
⑤ Training and Communication(トレーニングとコミュニケーション)

この基本原則について説明されたガイドラインは、「適切な措置」そのものを定めているわけではなく、「適切な措置」を構築する際の指針、枠組みを示すものであり、会社・組織の規模、事業領域、性質、リスク等を考慮し適用されるべきとされています。

Ⅲ おわりに

21年3月18日、あるオフショアメンテナンス会社が下請け契約を獲得するために支払った商事賄賂について、当該会社とその取締役が起訴されました。MACC改正法の下で起訴された初めての事案として注目されました。汚職による逮捕者数が増加傾向にある中、今後も今回の改正で規定された会社や取締役・管理者の刑事責任を問う事案が増加していくことが考えられます。

日系企業が従業員や関係者の汚職行為について会社や取締役・管理者の刑事責任を否定する唯一の防御策は、前述の「適切な措置」を十分に導入していたことを証明することしかありません。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により本社の監査役・内部監査室から出張で監査を行いガバナンスを効かせることが出来ず、海外子会社での不正・汚職のリスクが高まる中、もともと汚職の発生可能性が比較的高く且つ今回の改正により厳しい罰則が設けられたマレーシアにおいて事業展開する日系企業におかれては、万が一商事贈収賄事案が発生した際に会社や取締役・管理者を守るため、専門知識を有する公認不正検査士等の外部専門家と共に、早急に「適切な措置」を講じていくことが望まれます。

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サマリー

マレーシアでは年々、汚職行為による逮捕者が増加しており、マレーシアで事業展開している日系企業にとってもリスクが増加しています。本稿では、日系企業にも影響のあるマレーシア汚職防止委員会法の改正法について解説します。

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