EY新日本有限責任監査法人
企業成長サポートセンター
クロスボーダー上場支援オフィス
シニアマネージャー 公認会計士 田中 康俊
1. IPO市場の概況
第1四半期における世界のIPO市場は、上場数287件、調達額237億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数7%減少、調達額7%増加となりました。南北アメリカ(以下、Americas)と欧州・中東・インド・アフリカ(以下、EMEIA)は上場件数、調達額共に増加した一方で、アジア太平洋(以下、APAC)は低調なスタートとなりました。証券取引所別のIPO件数は、インドが79件で首位となり、EMEIA内の68%を占めており存在感を示す結果となりました。調達額は、米国(NYSE)が45億米ドルで首位となり、米国(NASDAQ)が続く結果となりました。大型案件(クロスボーダー案件含む)が米国市場での調達額を押し上げる結果となりました。
セクター別では上場件数、及び、調達額共に、製造業セクターが首位に立ち、テクノロジーセクター、消費財セクターが続く結果となりました。
2. Americasエリア
第1四半期におけるAmericasエリアのIPO市場は、上場数52件、調達額84億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数21%増加、調達額178%増加となりました。調達額上位10案件のうち、ヘルスケア・ライフサイエンスセクターが4案件、テクノロジーセクターが3案件を占める結果となりました。個別案件としては、フィンランドのアウトドアブランドであるAmer Sports Inc、カザフスタンの決済プラットフォームを手掛けるKaspi.kz JSCが米国でのクロスボーダー上場を行いました。調達額は前者が15億米ドル、後者が10億米ドルとなりました。
(1) 米国
米国のIPO市場は、上場数49件、調達額84億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数48%増加、調達額230%増加となりました。2024年後半に行われる大統領選挙が株式市場にも大きな影響を及ぼす可能性があります。
(2) その他
カナダのIPO市場は上場数3件となり、米国以外では唯一のIPO市場となりました。カナダに加えて、ブラジルでもパイプラインが積みあがっており、2024年後半にかけてIPOを検討する企業が増える可能性があります。一方で、米国大統領選挙が周辺国の企業のIPO戦略やタイミングに影響を与える可能性があります。
3. APACエリア
第1四半期におけるAPACエリアのIPO市場は、上場数119件、調達額58億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数34%減少、調達額56%減少となりました。調達額上位10案件のうち、7案件が中国本土となりましたが、小型案件が目立ち低調な結果となりました。セクター別では、テクノロジーセクターが4案件、エネルギーセクターが2案件を占める結果となりました。
(1) 中国本土
中国本土のIPO市場は、上場数30件、調達額34億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数56%減少、調達額65%減少となりました。上海総合指数は2月に5年ぶりの低水準に落ち込みましたが、その後回復しました。中国の政策立案者が株式公開に対する厳しい規則を課すという決定により、多くの企業が上場の計画を取り止めました。2020年以降で最低水準の上場件数、及び、調達額となりました。
(2) 香港
香港のIPO市場は、上場数10件、調達額5億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数41%減少、調達額42%減少となりました。2020年以降で最低の調達額となりました。香港政府は2024-25年予算を公表し、株式市場を含む金融市場向けに有利な政策を導入しました。市場流動性を高めることで、ヨーロッパ、アメリカ、中東からの資金を惹きつけようとしています。また、上場承認プロセスを簡略化し、中国本土の上場準備企業を惹きつけようとしています。政策金利引き下げ見込み、中国本土と香港の経済回復が香港のIPO市場を促進する可能性があります。
(3) ASEAN
ASEAN加盟国のIPO市場は、上場数38件、調達額10億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数27%減少、調達額31%減少となりました。インドネシアでは2月に総選挙が行われ、情勢を見極めたいという思惑からIPOを延期する企業も発生し、対前年同四半期比では、件数29%減少、調達額73%減少となりましたが、上場件数20件で首位となり、ASEAN内の52%を占めており、引き続き存在感を示す結果となりました。タイでは、3年間の監査済み財務諸表が要求される新しい上場規制の影響もあり、対前年同四半期比では、上場件数50%減少、調達額21%減少となりましたが、調達額3億米ドルとなり、マレーシアと共に調達額で首位となりました。
(4) その他
韓国のIPO市場は、上場数14件、調達額4億米ドルとなりました。オーストラリアのIPO市場は、上場数5件となり、天然資源関連が4件を占めました。
4. EMEIAエリア
第1四半期におけるEMEIAエリアのIPO市場は、上場数116件、調達額95億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数40%増加、調達額58%増加となりました。調達額は2023年第4四半期に続き、首位のエリアとなりました。個別案件としては、スイスの製薬会社であるGalderma Group AG、ドイツの香水販売大手のDouglas AGが夫々自国の市場に上場を行いました。調達額は前者が23億米ドル、後者が10億米ドルとなりました。
(1) 欧州
第1四半期における欧州のIPO市場は、上場数26件、調達額59億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数4%減少、調達額175%増加となりました。社歴、及び、知名度のある企業がIPOの意向を表明しているため、IPOへの関心が高まっています。また、PEファンドが関与するIPO案件も予定され、大型案件が続く可能性があります。一方で、一部のスタートアップは小規模での上場を選択し、リスク回避の動きも見られます。2024年後半にかけて金融政策や規制改革の動向が明確になり、IPO市場が活況になることを期待する声も聞かれます。一方で、他国同様に米国大統領選挙がIPO戦略やタイミングに影響を与える可能性があります。
(2) その他
インドのIPO市場は、上場数79件、調達額24億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、件数84%増加、調達額1,141%と大幅増加になりました。サウジアラビアのIPO市場は、上場数8件、調達額7億米ドルとなりました。
5. AI及び関連企業
約70%が米国発祥の企業であり、テクノロジーセクターに限らず、ヘルスケア・ライフスタイル、消費財等の幅広いセクターでの活用が進んでいます。EYの分析では約半数の企業がシード期にありますが、上場を達成する企業が出始めています。3月にNASDAQ市場への上場を果たしたAstera Labs Incは初値の騰落率が70%を超えており、市場関係者の期待が現れる結果となりました。堅調な株価が維持されれば、AI及び関連企業のIPOが増加する可能性があります。