内閣府 沖縄総合事務局 運輸部長 兼 沖縄総合観光施策推進室長 兼 観光庁 観光政策調整官
星 明彦氏
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジック インパクト パートナー
平林 知高
Section 1
持続可能な地域社会の実現に向けた観光の役割
沖縄の観光産業を再生するために「質」に目を向け、豊かな自然・文化を土台とした価値づくりで、地域全体の持続可能性を高めていきます。
平林:「Building a better working world 〜より良い社会の構築を⽬指して」をパーパス(存在意義)に掲げるEYは、⻑期的価値の創出を⽬指しています。星さんとは特に「地⽅創⽣」というテーマでさまざまなプロジェクトに⼀緒に取り組んでいますが、観光庁と沖縄総合事務局でいくつもの役職を歴任されてきた中で、沖縄の観光産業の現状をどのように捉えていますか。
星氏:2019年に入域観光客数が1,000万人を超えるなど、沖縄の観光産業は大きく成長しました。しかし、産業全体の生産性や雇用水準、所得などはさほど向上しておらず、構造的な課題を抱えています。また、コロナ禍で観光客が減少しただけでなく、観光に対するニーズも市場そのものも一変しました。
こうした課題の解決に向けて、今後は中長期的な視点で人的投資や設備投資を進め、インバウンドを受け入れながら観光産業を再生していく必要があります。
平林:2019年の沖縄は、観光客数ではハワイに並ぶほどですが、観光客が現地で使う金額は多くありません。観光客の支出増加を促していくためには、「量」と「質」の両方が大切です。単に観光客の数を増やすのはオーバーツーリズムを引き起こします。沖縄の観光産業が長期的、かつ持続的に発展していくためには、「質」に目を向けることが重要です。世界自然遺産の「やんばる地域」をはじめとする豊かな自然・文化を土台に、質の向上に向けた取り組みやPRを強化する必要があるでしょう。
星氏:観光・ツーリズムは、地域全体の持続可能性を高めていく上で重要な産業です。観光産業が成長することで、地域住民の雇用水準は上がり、地域社会の文化的な価値も向上していきます。観光客と地域住民がお互いの価値観を理解すること、そして、地域住民は土地に受け継がれてきた精神や文化を継承する責任と誇りを持つことが大切です。コロナ禍からの再生を目指す今こそ、観光の価値を再構築しなければならないと考えています。
Section 2
「データ利活用型沖縄観光振興モデル」とその先のアクション
観光を通じて地域の未来を切り拓くカギは、データサイエンスとデザインシンキング。デジタルの活用で多様なニーズに応え、ロイヤルティを高めます。
平林:EY Japanは沖縄において、観光客のニーズや行動を可視化するべく、チャットボットソリューションの提供やレンタカー利用者の動態データ取得などを実証しています。現在、那覇市を含む複数の都市でこれらの施策を行っていますが、今後は観光案内所においてもデータ取得を進めていきます。私が観光庁の委員を務めていることもあり、そこでの議論を踏まえ、沖縄でいち早くその取り組みを進めていく予定です。DXやデータの利活用を観光分野で推進することに関して、2022年8月に、沖縄総合事務局は「データ利活用型沖縄観光振興モデル」の構築に向けた取りまとめを公表しました。この取りまとめにEY Japanも参加させていただきましたが、今回の取り組みの意義について、星さんはどのようにお考えですか。
星氏:沖縄からDX推進のメッセージを発信したことに、大きな意味があると考えています。働き方や暮らし方が流動化している現在、世界から見た日本の地方は、「持続可能性が高く、コスト的にも非常にリーズナブルな場所」とされています。日本の地方に対する世界的な注目度の高まりは、経済発展モデルを変えていくかもしれません。つまり、戦後から続く「東京発」型から、「地方発」型への大転換です。
平林:「経営」には数字が不可欠ですが、「地域経営」のレベルではデータの利活用があまり進んでいません。損益計算書や貸借対照表、流入数の予測などの見える化を可能にする基盤整備が必要ではないでしょうか。
星氏:そうですね。地域経済の循環と継続的な改善のために、データの活用は欠かせません。観光と地域の未来を切り拓くカギは、データサイエンスとデザインシンキングです。データを活用することで、沖縄に関心を持つ人を効果的に増やし、産業間の経済連環を深め、効率の良い観光地経営を実現していく。そうした取り組みを継続的に行っていくことが、観光客のロイヤルティ向上につながります。
ホスピタリティ産業をリードするグローバルなホテルチェーンの多くは、観光客と接するインターフェースでは人的リソースを重視します。一方、顧客管理では、趣味・嗜好、行動履歴など、かなり詳細なデータを活用することで、個別に最適化された質の高いサービスを提供しています。多様なニーズに応え、ロイヤルティを高めていくためには、デジタルの活用が不可欠なのです。
平林:観光産業のDX推進では、各事業者の生産性向上という視点も重要です。地域の中小企業や個人事業主のサポート役としては金融機関が挙げられますが、どのような役割が期待されるでしょうか。
星氏:従来、地域の中小企業の事業性を高めるコンサルティングは、地方銀行が担ってきました。しかし、コロナ禍で地域経済が受けたダメージは深刻です。生産性や収益性に直結する部分にDXが求められており、業務の無駄や人的リソースのアンバランスをテクノロジーで解消するとともに、そこから生まれた収益を投資につなげていくサイクルを確立していく必要があります。地方銀行をはじめとする地域の金融機関には、観光地域づくり法人(DMO)やシステムベンダーと手を取り合って、地域全体の面的な環境整備を推進していくことが求められます。
データドリブンで実現する観光振興メカニズム
Section 3
ツーリズムの本質を見つめ直し、日本の閉塞感を打破する
多様性を認め合い、あらゆる人が自信や誇りを持って生きていける社会。その文化的価値を世界に発信していくことが、沖縄の役割です。
平林:EY Japanでは、経済面だけでなく、人材育成など社会的な側面も含めて、観光を地域活性化や地方創生の切り札として捉えています。
観光には地域の多くの事業者が関わっていることから、これを起点とした地域経済全体を⽀えるデータ基盤を整備し、集約したデータを他の分野にも活⽤していくことが重要で、これにより新たなイノベーションを創出していくことが可能です。
また、観光を通して得られる異なる⼈種・国・⽂化などと交わる体験は、観光客のみならず地域に住む個⼈にも⼤きな影響を与えます。「異なるもの」に触れる機会が⾝近にある環境こそが、多様性を受け⼊れる⼈格や価値観を形成し、経済活動と社会活動の融和を促し、そして地域社会の活性化につながります。これが持続的な発展への切り札となるのではないでしょうか。
そのようなツーリズムの新しい考え⽅に基づき、県内の各ステークホルダーの皆さまと調整、対話し、1つに取りまとめていくことで、新しい連鎖的なイノベーションを促し⻑期的価値の創出に貢献していくことが、EYの使命だと考えています。
星氏:観光は、地域経済の玄関口であり、持続可能な地域社会を実現する唯一の方法だと考えています。
経済面でいえば、地域のロイヤルティを上げ、地域連環を深め、付加価値を高める。そして、域内の生産額を上げ、人材などへ投資していく。こうした循環が、21世紀の経済モデルの基本だと思います。沖縄においても、地域の金融機関や産業界と協力してこの仕組みを作っていかなければなりません。
また、私は以前、観光庁で「第2のふるさとづくりプロジェクト」に携わりました。英語の「サードプレイス」や「アナザースカイ」に相当する概念です。旅という非日常の中で得た経験や視座は、人生の価値を高め自己実現を促進します。いわば、イノベーションが起きるわけです。そこにホスピタリティが加わることによって、観光客はもちろん、受け入れる側の人生もより豊かになっていくでしょう。観光はとても幸せな行為であり、観光産業はたくさんの幸せを生み出す仕事です。
観光・ツーリズムの社会的意義は、今後ますます大きくなります。新しい学習指導要領に、観光を通して若い世代に質の高い原体験を提供し、地域とともに生きる力を高めていくことが明記されました。まさに観光が⼈づくりに貢献すべき時です。現在、国内のさまざまな地域の方々と協働して「人づくりプロジェクト」を進めており、こうした取り組みを全国に広げ、新しい日本の経済や社会を実現していきたいですね。
平林:人材は重要なテーマです。人づきあいが希薄になったといわれる時代の中、子どもの頃から地域の商店などの経営者と触れ合う機会を増やしていくことは、イノベーションの創出や起業家の育成にもつながると思います。
星氏:そうですね。そもそも日本のものづくりやサービスの原点は、地域における事業主とお客さまとの距離の近さです。教育と観光を連携させて質の高い原体験を積み上げていくことにより、優れた企業人や社会人の輩出は加速していくでしょう。
私が理想とするのは、多様性を認め合い、あらゆる人が自信や誇りを持って生きていける社会です。従来、沖縄にはそうした文化が根付いています。この文化的価値を、日本のみならず、アジア、世界に発信していくことが、沖縄の役割だと思います。
今後の地域社会をデザインしていくためには、グローバルな視点を持ち、セクター横断的にデータを活用できる環境づくりが必要です。2022年8月に公表したDXの取りまとめでは、EY Japanにそうした視点で協力してもらいました。地域の人が未来に希望を持ち、笑顔でいられる社会の実現に向け、まず沖縄の観光産業からアクションを起こしていきます。これからも力を合わせて、観光で地域を盛り上げていきましょう。
平林:地域活性化の取り組みは、EYのパーパスの実現でもあります。観光・ツーリズムを軸とした持続可能な地域社会を沖縄で実現し、その取り組みを日本各地にも広げていきたいと思います。
ニュースリリース
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サマリー
構造的な転換が求められる観光・ツーリズムには、DXやデータサイエンス、デザインシンキングの力が必要です。地域内での経済循環の創出、データ基盤の整備など、地域活性化に観光・ツーリズムが果たす役割は今後ますます増えていくことが予想されます。今回の対談では、その先にある人材育成・イノベーション促進への貢献までを含めた観光・ツーリズムの持つ可能性と未来、そしてそれらを通して、地方創生における長期的価値の創造が示されました。