NIPPON-FORUM冒頭では、アイントラハト・フランクフルト マネージングディレクターのティム・イェーガー氏が、ドイツで実践しているデジタルイノベーションについて紹介しました。
テクノロジーを駆使し、正しいデータでファンの深層を理解する
アイントラハト・フランクフルトは、戦略的デジタル・プロジェクトのため、所有権100%のデジタルとテクノロジーに特化した子会社EintrachtTech Ltd.を設立。デジタルプラットフォームやアプリ、チケットシステムやeコマースに至るまで、すべてを自社で開発し、サッカーのみならず地域の人々の日常まで取り込むデジタルエコシステムを実現しています。また、eスポーツにも積極的で、バーチャルサッカーをトレーニングできる、アイントラハト・フランクフルトによるeスポーツアカデミーも開講しています。
「正しいシステムの中で良いコンテンツを提供することで、ファンはデジタルプラットファームに集まり、コンテンツをクリックしたり、チケットや商品を購入したりします。その結果、私たちはファンが求めるものを知ることができ、それが新しいサービスやビジネスモデルを生み出すことにつながるのです」と、デジタル化の重要性について語るイェーガー氏。
その積極的なデジタル戦略が評価され、2021年と2022年にドイツで最も革新的な企業に贈られる「Top-Innovator」賞を連続受賞。今後は既にデジタル化したスタジアムをIoTアリーナとして、さらにBtoBで活用できるようなスマートビルへと発展させるために、スマートエネルギーの管理や、ドイツ政府による自動車の自立走行プロジェクトを落札し自動車業界のパートナーとスタジアムで実験を行うなど、テクノロジープロジェクトの取り組みを拡大していく方針が紹介されました。
日本の課題は、「スポーツは勉強と同等だ」という文化の育成
続いてのパネルディスカッション「スポーツとデジタリゼーションの今」では、浦和レッドダイヤモンズ株式会社パートナー・ホームタウン本部長、白戸秀和氏の他、EY JapanスポーツDXリーダーの岡田明も登壇。ドイツと日本におけるスポーツビジネスの技術革新について、活発な意見交換を行いました。
ーーまず、浦和レッズとアイントラハト・フランクフルトとのパートナーシップについて、どのようなことを期待していますか?
白戸(以下、敬称略):本日のテーマでもあるデジタルやDXに関して、日本と欧州には非常に大きな違いがあると感じています。その知見を欧州から頂きながら、日本、そしてアジアの中で先進的な取り組みをしていきたいという思いで、今回のパネルディスカッションに参加しました。
欧州、特にドイツにはスポーツのシューレと呼ばれる総合型スポーツ施設があります。政府の施策の下、老若男女問わずさまざまなスポーツを楽しみ、地域のスポーツ文化が醸成されています。
一方日本では、学校での体育や企業スポーツが大きな比率を占めており、地域におけるスポーツ文化という点では何周遅れているのが現状です。
スポーツが勉強と同様、重要なものであるという文化を育てること。それが、私たちが取り組むべき大きな課題であり、「スポーツでもっと幸せな国へ」というJリーグの100年構想そのものでもあります。この機会に、Jリーグ発足の礎にもなったドイツの考え方、文化を勉強していきたいと考えています。
ーードイツにおけるデジタルマーケットの動向についてイェーガーさんはどう考えていますか?
イェーガー(以下、敬称略):マーケット動向としては、デジタル化に向け多くのクラブがシステムの開発に取り組んでいることが挙げられます。テクノロジーに投資することが容易ではないにも関わらず、その流れは加速しています。ITシステムへの投資はそれほど重要なことなのです。
冒頭でもお話した通り、データでファンの動向を理解すれば、それをマーケティングに活用することができます。例えば今年、ブンデスリーガで女子チームが開幕しましたが、観客は男子チームよりも少ない状況でした。しかし、データを基に女子サッカー観戦に興味を持ちそうな人を把握し、メールキャンペーンなどでアプローチすることで、スタジアムに約2万3,200人を動員。ドイツにおける女子サッカー観戦の最多動員記録を樹立することができました。
このように、クラブが競争力を維持するためにテクノロジーの力は欠かせません。今後もデジタル戦略を強化するクラブはますます増えていくでしょう。
ーー日本では、データの活用についてどう取り組んでいるのでしょうか?
岡田:データをうまく活用しようという試みは、日本でも昔からありました。浦和レッズさんも、「REX CLUB」で早くからファンの心をつかみ、エンゲージメントを図り、行動データを蓄積していくことに取り組まれています。
そこで課題となってくるのが、変化のサイクルの早さです。消費者の気持ちや関心をいかにつかみ、ノウハウをためていくのかが重要です。
本日も国際的なイベントですが、デジタルは国境を越えていきます。多言語化し、海外の市場に対してどうコミュニケーションを図っていくのか、次の次元に向かって整えていくのかということが、日本のクラブが現在直面している最も大きな課題であると感じています。
チームとJリーグ、どちらがデジタル化を推進するのか?
ーースポーツビジネス、スポーツ業界のデジタル化推進について、ブンデスリーガはどのような役割を担っているのでしょうか?
イェーガー:ブンデスリーガは、クラブをサポートするためにデジタル放送を中心に大きな力を注いでいます。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって、デジタルへの投資がうまく進まず、多くのクラブが後れを取ってしまいました。
デジタル戦略のフロントランナーである私たちは、さまざまなクラブへ一定レベルのサポートを実現すべく、ビデオ会議を開き、協力者として何ができるのか、また私たちも知識として取り入れられることはないか、積極的に意見交換を行っています。
ーー日本での状況はいかがでしょうか。デジタル化に当たり、Jリーグと密接に連携し推進しているのでしょうか?
白戸:この件に関しては、浦和レッズのデジタルアクティビティの歴史を踏まえ、お伝えできたらと思います。
浦和レッズはまず、モバイルでデジタル情報を販売する有料コンテンツサービスを開始しました。大きな節目は2015年、新メンバーシップ「REX CLUB」の創設です。現在約12万人の会員がおり、それに連動し、レックスチケットというチケッティングも運用しています。
2017年にはeコマースのシステムを大きく変更、その頃と比較するとECにおける売上高は約10倍に増えています。
浦和レッズの取り組みにやや遅れて、Jリーグでも似たようなファンシステムを作りました。そちらと連動させ、その後にデジタルマーケティングに本格的に着手しました。
2020年にはコロナ禍でクラウドファンディングやギフティングがスタート。また、NFTやメタバースにも着手しています。
この他、エンチャントという購入時のレシートを活用した支援特典の仕組みを導入。スポンサー、協賛会社などパートナーの方々の多大なるご協力を頂きながら、共同で取り組みを行っています。
今後の課題は、データマーケティングでのデータの活用方法、そして地域通貨と浦和レッズアプリの導入です。それによって、あらゆるものをワンストップで提供するシステムを構築していきたいと考えています。
少し大きめのDX対応策としては、スマートスタジアムやスマートシティ構想があります。これらを実現するため、協賛金や共同事業化、または取り組み自体を公益、公共性のあるものとして政府や公共団体の支援を受けていくなどの方法を考えています。
Jリーグ全体におけるDX化については、現状、各クラブの自主性に任されています。今後どのようにリードしていくのか、サポートしていくのか。黎明期の前夜という状況で、各クラブでできるところを自主的に進めてもらうというのが、現時点でのJリーグのスタンスです。
なお、Jリーグファンのデータベース化については、JリーグID、Jリーグチケットがあります。データを集めてデジタルマーケティングをする基盤は既に共通化されており、それをどのように展開するのかが現在の課題であると聞いています。
ーー枠組みづくりには、サポートネットワークが必要です。岡田さんは、企業や政府のサポートについてどう考えていますか?
岡田:まず、日本のスポーツ環境というのは、欧州のチームのようにインベストメントをする、ファイナンスが成り立つというところまで成熟していません。それに対して、政府などがどうサポートしていくのか、ということですが、政府としてはまだまだ民間に任せたいというのが現状で、そこが一番の課題です。
日本のスポーツビジネスは、スポンサー企業がいてスポーツマーケットが浸透していくという形が今の主流になっています。このような成熟度の中で、スポンサー企業と政府がうまくアライアンスを組めるところまで橋渡しをするのが、われわれコンサルティング会社の役割であり、現在取り組んでいるところでもあります。
スポーツが社会にとって重要なものになれば、投資も促進される
ーー最後に、将来の展望について伺いたいと思います。スポーツクラブが成功するための、はじめの一歩、また、最も大きな課題について教えてください。
岡田:非常に難しいですが、成功するための本質的なポイントは、コンテンツバリューではないでしょうか。皆さんにサッカーを見て楽しいと思っていただけるようにコンテンツ力を上げていくこと。例えば、ドイツのブンデスリーガもスペインのラ・リーガも先進的な取り組みを行っていますし、産業として大きくするために政府も動いています。
日本でもスポーツベッティングが育成されるべきだと思っていますが、それはまだまだ先になりそうです。そのような現状を踏まえて課題は何かと考えると、まずクラブもリーグも経営者も、そして政府も、サッカーがグローバルスポーツであるということを世界的な視点を持って全体で理解すること。それが、スポーツビジネスが発展するために最も大事なことだと思っています。
白戸:その通りですね。繰り返しになってしまうのですが、私が望むのは国民全体、国全体のスポーツに対する理解であり、学問とスポーツは同等であるという構造を創り出していくことによって、投資が促進されることです。
スポーツが社会にとって重要なものだという思いがあれば、投資に対する思いも変わってくるはずです。浦和レッズがそのような思いを集結して、社会づくりのハブになっていきたいと考えています。
イェーガー:私たちは、スポーツに対して同じ価値観を持っています。また、私たちの愛するスポーツであるサッカーの未来についても、同じ考えを共有していますね。価値観が同じであることは、実りあるパートナーシップを築くための、大きな自信になるはずです。また、EYの洞察は、多くの有益なアイデアを与えてくれました。これからのパートナーシップを非常に楽しみにしています。
サマリー
グローバルスポーツである巨大なサッカーのマーケットにおいて、いかにデジタルを活用し、ローカル・グローバル双方でコミュニティを形成・育成できるか、経済循環を生むことができるかが、スポーツビジネス発展のカギとなります。