一般にシンガポールは低税率国として知られており、富裕層の移住先としても有名です。そのため、税についてはリスクが低い国と思われがちです。
しかし、ひとたび不法なことが見つかった場合は、それが仮に故意によるものでなくても厳しい罰則が科されます。そこで本稿ではシンガポールに赴任している社員の個人所得税申告について、最近の税務当局の動きをご紹介するとともに、日本本社が留意しなければならない事項についてまとめました。
1. 現地法人宛に税務当局から調査フォームが届いている可能性
昨今、シンガポール税務当局(IRAS)から「Assurance Questionnaire on the Reporting of Employee Remuneration」と題されるオンラインベースの調査フォームが、雇用主であるシンガポール法人宛に届くケースが増えてきています。
ご存じの通り、海外赴任者の雇用主であるシンガポール法人は、赴任者の給与・報酬などの支払いに関し毎年IRASへ申告書(Form IR8A)を作成・提出する義務があります。
このうち、日本を含む海外からシンガポールへの赴任者の給与や各種手当、または株式報酬などは特に申告漏れが生じやすく、税務調査で指摘を受けた場合は厳しい罰則(最大で過少申告額の400%のペナルティ)が課せられるため注意が必要です。
申告漏れが発覚した場合、以下の本税と附加税を払う必要だけでなく、それらを会社負担したことで、本人の見かけの給与がさらに増え、増えた分に課税されます。
また、シンガポール法人側で当該コストを負担できなければ日本本社で負担せざるを得ません。本来、出向者のコストは出向先が負担するべきであることから、日本本社が負担すると、日本で「寄附金」として課税されるなど、ちょっとした申告漏れが二重、三重のコストにつながることになります。当然ながらその分だけ、本社、現地法人双方の人事担当者の時間がとられるだけでなく、専門家コストもその分増えることになります。
具体的事例
海外赴任者のシンガポールでの家賃、子女教育費、日本払い賞与、一時帰国費用が過去3年にわたり申告漏れになっていた場合の本税と附加税合計額
(例:手取給与+手当:年間1000万、日本払い賞与:年間250万相当、会社負担家賃:年間500万円相当、会社負担子女教育費:年間150万円、一時帰国費用:年間40万円相当とした場合)
本税(3年分):約546万円
付加税(過少納付額の最大400%):約2,184万円
本税と附加税の合計額:約2,730万円
2. 税務当局(IRAS)からどのようなフォーマットが届くのか
以下は税務当局(IRAS)から届く調査フォームを日本語にしたものです。
海外赴任者に支払う金銭・非金銭のベネフィットを全て申告することを求められていることが明確です。
Q:税務申告のための給与計算準備の際、課税対象とすべき報酬が正しいことを確認するため、次のことを行っていますか(該当するものにチェック)。 | |
□ | 海外関連企業からの報酬に関する記録、海外の課税年金関連記録、 従業員の報酬を検証/実証するための裏付けとなる文書の取得 |
□ | 適切な文書を維持。外貨払報酬に関する報告を実証するために使用された為替レートの記載、払い戻しを受けた費用の請求に関する記録 |
□ | すべての報酬の課税対象および報告要件の検証コンポーネント |
□ | 支払い記録に対する給与情報 |
□ | 給与計算とサポートについての経営陣の承認 |
□ | 上記のいずれにも該当しない |
Q:2021年に従業員に提供された報酬の構成要素にチェックを入れてください(該当するものにチェック)。 | |
□ | 海外関連会社からの報酬 |
□ | 雇用主の海外年金/プロビデントファンドへの拠出 |
□ | ESOP/ESOWプランからの利益 |
□ | 使用者が負担する個人所得税 |
□ | 宿泊関連費用(寮を含む) |
□ | チューターを含む教育費 |
□ | 個人としてのレクリエーションクラブへの入場料と会費メンバーシップ(ジム、スポーツクラブを含む) |
□ | 車および車関連の給付。駐車料金、走行距離費用、ランニングコスト |
□ | 役員報酬 |
□ | 家族に提供される医療および歯科給付 |
□ | シンガポール雇用に関して納税手続きが求められた後の追加支払い |
□ | 上記項目に当てはまらないその他日金銭的な得点 |
□ | 上記報酬のいずれも提供していない |
Q:その他の非金銭的な特典がある場合は以下に記載すること |
3. 日本本社が取るべき対応
日本企業の中には、「海外赴任者の所得税申告は現地法人に任せているから本社は細かい点までわからない」というケースが少なくありません。しかし、前述の通りひとたび現地で申告漏れが発生すれば、最終的には日本本社にも影響があり、対岸の火事では済まされません。
そのため、以下のいずれかの措置を取られることをお勧めします。
1)現地法人に上記フォーマットが届いているか確認する
① 届いている場合
既にフォーマットが届いていれば、日本本社も日本払い給与等を払っている以上、関与することが必要です。現地法人側では海外赴任者に日本からどのような手当等が支払われているか把握できているとは限らないためです。そのうえで、専門家に相談し、対応方法を検討することをお勧めします。
② 届いていない場合
本フォーマットが届いていない場合でも、いつ何時受け取ることになるかわかりません。
今後に備えて、正しく申告を行っているか一度確認されることをお勧めします。
シンガポール赴任者の直近の申告書関連書類一式、および海外赴任者規程や出向契約書で定められている報酬等に関する情報から、申告漏れが起きていないかを確認することができます。自主的に過去の間違いを申告(自主的修正申告(Voluntary Disclosure Program))を行う場合は、ペナルティの軽減措置もありますので、早めの対応が賢明です。
※IRASより、「故意による申告誤り」を指摘された場合は過少申告額の400%以下の加算税、SGD50,000以下の場合、7年以下の禁固刑となります。一方で、自主開示を実施しIRASの承認を得られた場合はペナルティ免除されたり、仮にペナルティが課された場合も、IRASから指摘される場合に比べその額は大幅に軽減されたりします。
シンガポール赴任者が多い企業においては、申告漏れが発覚した場合のインパクトは甚大ですので、早めのアクションをお勧めします。また、シンガポールに限らず、海外からの赴任者の所得は非常に高く、税務調査で目を付けられやすい項目です。
「所得税申告は現地法人に任せているので本社はよくわからない」という管理体制は、後で大きなリスクにつながることがあります。一度見直してみてはどうでしょうか。