会社法の見直しにより新たに創設された株式交付制度は、スタートアップ企業において、資産管理会社への株式移動のほか、今後増加が見込まれるスタートアップ企業のEXIT戦略の一環としてのM&Aと、スタートアップ企業が買収を仕掛ける際のM&Aの双方の観点から非常に有用な制度であると考えられます。
本記事では、スタートアップ企業における株式交付制度の活用場面についてご紹介します。
1.株式交付制度とは
(1)会社法上の定義
「株式交付」とは、株式会社(株式交付親会社)が他の株式会社(株式交付子会社)をその子会社とするために当該他の株式会社の株式を譲り受け、当該株式の譲渡人に対して当該株式の対価として当該株式会社の株式を交付することをいいます(会社法2三十二の二)。
(2)会社法改正の背景
- 改正前において自社株対価で他の会社を子会社とする方法は、株式交換や、現物出資が存在した。しかし、株式交換は、完全子会社とする場合でなければ利用できず、現物出資は、現物出資規制や有利発行規制が問題となり、手続きが煩雑でコストがかかるという指摘がされていた。
- 産業競争力強化法に基づく自社株対価M&A制度では、現物出資規制や有利発行規制が適用対象外となっていたが、大臣認定が必要であった。
- 上記課題を解決し、自社株対価M&Aを容易にする制度として、株式交付制度が創設された。
(3)留意点
- 株式交付親会社および株式交付子会社は、いずれも「株式会社」に限定されているため、外国会社には適用されない。
- 対象会社を新たに「子会社」にする場合にのみ利用できるものであるため、既に「子会社」である場合において対象会社株式を追加取得する場合や、「子会社」とならないような買付けの場合には適用されない。この場合の「子会社」は、議決権割合が50%超保有の会社とされている。
- 現物出資規制および有利発行規制が不適用とされる。
- 任意の売買行為ではあるが、効力発生日が指定される等集団的権利処理が行われる。
- 対価は、株式交付親会社の株式は必須であるが、株式交付親会社の新株予約権や金銭等の財産を混ぜて交付することができる。
- 必要な機関決定は、株式交付親会社については原則として株主総会の特別決議、株式交付子会社については不要とされている。
2.税務上の取扱い
法人または個人が、株式交付によりその有する株式(株式交付子会社の株式)を譲渡し、株式交付親会社の株式の交付を受けた場合には、その譲渡した株式の譲渡損益の計上が繰り延べられます。この場合において、対価として交付を受けた資産の価額1のうち、株式交付親会社の株式の価額が80%以上となることが要件とされている。なお、繰延べの適用にあたり申告要件などは付されておらず、選択制ではなく強制適用となります。
注釈
1. 剰余金の配当として交付された資産の価額を除く。
(1)株式交付子会社の株主における取扱い
① 法人株主
交付資産 | 株式交付親会社株式のみの場合 |
金銭等が含まれる場合 |
譲渡損益の繰延べ (措法66の2の2) |
譲渡損益は繰延べ | 譲渡損益のうち株式交付親会社株式に対応する部分のみが繰延べ <算式> |
株式交付親会社株式の取得価額 (措令39の10の3③一) |
株式交付子会社株式の簿価+付随費用 | 株式交付子会社株式の簿価×株式交付割合2+付随費用 |
注釈
2. 株式交付割合
3. 交付金銭等の額=交付を受けた資産のうち、株式交付親会社株式以外の資産の価額
② 個人株主
交付資産 | 株式交付親会社株式のみの場合 |
金銭等が含まれる場合 |
譲渡の取扱い (措法37の13の3) |
所得税法上、譲渡はなかったものとみなされる | 譲渡損益のうち株式交付親会社株式に対応する部分のみが譲渡がなかったものとみなされる <算式> |
株式交付親会社株式の取得価額 (措令25の12の3④) |
株式交付子会社株式の取得価額+付随費用 | 株式交付子会社株式の取得価額×株式交付割合2+付随費用 |
(2)株式交付親会社における取扱い
① 株式交付子会社株式の取得価額(措令39の10の3④一、二)
交付資産 |
株式交付親会社株式のみの場合 |
金銭等が含まれる場合 |
50人未満の株主から取得 | 株主が有していた株式交付子会社株式の直前の簿価+付随費用 | 左記の金額×株式交付割合2+交付金銭等の額3 |
50人以上の株主から取得 | 前期末における株式交付子会社の簿価純資産価額(取得の日までの資本金等の額及び一定の利益積立金額を加減算した金額)×取得株式数/発行済株式数(自己株式を除く)4+付随費用 | 左記の金額×株式交付割合2+交付金銭等の額3 |
注釈
4. このほか、一定の合理的な方法によることが認められている(措規22の9の3)
② 増加資本金等の額(措令39の10の3④三)
株式交付は、株式交付親会社にとっては、株式交付子会社株式の取得と、その対価としての自己の株式の交付と構成されます。
<算式>
増加資本金等の額=株式交付子会社株式の取得価額(付随費用を控除)-交付金銭等の額5
注釈
5. 交付金銭等の額=株式交付により株式交付子会社の株主に対して交付した金銭等の額の合計額(株式交付親会社株式の価額と剰余金の配当として交付した資産の価額の合計額を除く)
(3)留意点
① 8割要件の判定および株式交付割合における「株式交付親会社株式の価額」
混合対価の場合において、対価として交付を受けた資産の価額のうち、株式交付親会社の株式の価額が80%以上となるかどうかの判定(「8割要件の判定」という)は、株主ごとに行います。また、課税上弊害がない限り、株式交付計画の策定にあたって用いた株式の価額を基礎として判定して差し支えないこととされています。
「課税上弊害」がある場合としては、例えば、算定基準日から短期間のうちに株式交付親会社の株式の価額が下落するということがあらかじめ予測されていながら、これを考慮しない株式交付親会社の価額を基に課税繰り延べの適用を受けるような場合が想定されます。
8割要件の判定上は、株式交付計画の策定上用いた価額による場合であっても、株式交付により交付金銭等を受けた者の譲渡所得の計算においては、株式交付割合の算定における株式交付親会社の価額は、株式交付の効力発生日における価額となります。
② 組織再編成に係る行為計算否認規定の適用可能性
株式交付は、会社法の現物出資規制の対象外とされているものの、株式交付子会社の株主が株式交付子会社の株式を株式交付親会社に給付して株式交付親会社の株式の交付を受ける行為であることから、現物出資の一種であると整理できます。従って、法人税法132条の2において組織再編成の範囲に株式交付は追加されていないが、現物出資の一種として適用対象とされます。
株式交付制度は、誰から株式交付子会社の株式を取得するかを株式交付親会社が決定できるなど、他の組織再編成と異なるロジックが採用されており、自由度が高いため租税回避的な利用が懸念されます。そのため、株式交付親会社における確定申告書の添付書類として、株式交付計画書と交付比率の算定の基礎となった株価算定の根拠資料が追加されています(法規35五、六)。現物出資の一種であることを前提として規定されています。
③ 株価算定における現物出資等受入れ差額の規定の適用可能性
財産評価基本通達186-2では、株式交付により著しく低い価額で受け入れた株式がある場合には、株式交付の時における受入れ差額に対する法人税額等に相当する金額は、純資産価額の計算上控除しないこととされています。
④ 株式交付により100%子会社となる場合の時価評価課税
株式交付により、連結納税またはグループ通算制度が採用されているグループに加入する場合、一定の場合には時価評価課税の対象となり得るので、留意を要します。
3.活用場面
(1)資産管理会社への株式の移動
株式の譲渡または現物出資の場合には、創業者において譲渡所得課税が生じるが、株式交付制度の活用により、株式譲渡がなかったものとみなされます。また、資産管理会社に現金がなくても株式を取得できます。
(2)他の企業の買収
① 50%超100%未満の買収における利用
迅速な事業拡大を企図し対象会社を買収するにあたり、株式交付制度の活用によりスタートアップ企業では最低限の現金で、買収することができます。株主A・Bにおいては、混合対価であったとしても8割要件を満たせば、株式交付親会社株式に対応する株式譲渡はなかったものとみなされます。
② 100%の買収における利用
上記①において、対象会社の全株主から取得した場合には、100%の買収が可能です。
③ 2段階方式によるスクイーズアウトの場合の1段階目における利用
「2段階方式」のスクイーズアウトとは、1段階目で対象会社の株式を一定程度取得したうえで、2段階目でスクイーズアウトする方式をいいます。
持株会社が資本関係のない対象会社を100%子会社化するにあたり、いきなり株式交換を行う場合には、共同事業を行うための適格要件を満たす必要がありますが、持株会社で持株事業しか行っていないなど、要件充足が難しい場合があります。
そこで、1段階目に、株式交付制度の活用により、対象会社との間で支配関係(または発行済株式の2/3以上保有の関係等)を構築し、2段階目に適格株式交換等を行うようにすれば、最低限の現金、また、最小限の税負担で、対象会社を完全子会社化することができます。
(3)EXIT
スタートアップ企業の株主がEXITするにあたり、クロージング時は混合対価が支払われた後、一定期間はスタートアップ企業においての役務提供を求められ、一定期間経過後に残りの対価の支払いが順次行われる場合には、当該支払いは役務提供対価とされる可能性があります。株式交付制度の活用により、買収会社の株式を譲渡した時に譲渡所得という属性を維持することが可能となると考えられます。
本記事の内容は筆者の私見を含むものであり、また、掲載日現在有効な法令に基づいています。
お問い合わせ先
EY税理士法人 EY税理士法人