Japan tax alert 2021年6月10日号
エグゼクティブサマリー
2021年6月1日、欧州連合(EU)の機関である、EU理事会、欧州議会、欧州委員会の代表は、国別報告書の開示に関する指令の提案について合意に達しました。この指令は、2016年に欧州委員会が提案したもので、対象となるのはEU多国籍企業および、EU内の支店や子会社を通じてEUにおいて事業を行う非EU多国籍企業です。これらの企業のうち、直近の連続する2事業年度において、連結売上高の合計が7億5,000万ユーロを超える場合、各加盟国での納税額や、国ごとの利益、売上高、従業員の内訳など、その他の税務関連情報を開示することを求めるものです。
全体的な妥協案として、集計不能な報告義務、見直し条項の時期、国内法への導入期限など、提案にいくつかの変更が加えられました。また、商業上の機密情報の開示を遅らせることを企業に認めるセーフガード条項の期間は、変わらず5年となりました。
本提案は今後、EU理事会および欧州議会での正式な採択プロセスに進み、加盟国は採択後18カ月以内にこの指令を国内法に反映させなければならず、税務情報の報告対象となる最初の年度は、国内法への導入期限から1年後以降に開始する事業年度となります。
詳細解説
背景
2016年4月12日、欧州委員会は、会計指令(指令2013/34/EU)の改正を提案しました。これは、経済協力開発機構(OECD)とG20の税源浸食及び利益移転(BEPS)防止のための作業、特に国別報告書に関する行動13を踏まえた提案でした。しかしその内容はOECD/G20のBEPSの標準を超え、EUで活動する大規模な多国籍企業や各国の事業者に対して、国ごとの所得、収入、納税額、従業員の内訳などの税務情報をウェブサイトで開示することを求めるものでした。
欧州委員会の提案は、欧州連合の機能に関する条約(TFEU)第50条1項に基づいて提出されましたが、同条1項は、設立権に関するものであり、会社法、会計、企業の財務報告の分野における取り組みの一般的な法的根拠となっています。この条文に基づいて提出される提案は、税制の協調を扱う法律の場合のように全会一致ではなく、理事会での適格多数決に従うとされています。さらに、税法について欧州議会は助言的な役割しか持ちませんが、TFEU第50条1項に基づく提案については、議会が理事会とともに共同立法権を持つとされています。
2019年の競争力理事会(COMPET)会合では、加盟国の有資格者の過半数が国別報告書の開示を支持しませんでした1。また会合に先立ち、加盟10カ国がこの提案に反対する共同声明を発表し、同案は税制上の提案とみなされるべきであり、EU加盟国の全会一致が必要であるとの主張 がなされました。
2021年前期の理事会議長国であるポルトガルは、新たな 妥協案を発表し、2月25日のCOMPET会議でこの提案を取り上げました2。この会議は、加盟国の多くが同提案を支持して終了しました。2019年には提案に反対したオーストリアとスロベニアは、立場を逆転させ支持を表明しました。
その後、2021年3月に三者協議(欧州委員会、議会、EU理事会の間で行われる会議)が開始され、共同立法者である各機関はそれぞれの交渉権限に基づき、提案の最終合意を目指して議論を続けました。
三者協議による合意
2021年6月1日、EU各機関の代表者は、国別報告書の開示に関する第3回三者協議会合を開催し、それぞれの交渉委任状に基づいて議論を続けました。各機関の意見の主たる相違点は、EU域外情報の集計可否とセーフガード条項に関するものでした。
このような意見の相違にもかかわらず、会合は国別報告書の開示に関して暫定的な政治的合意を得て終了しました。全体的な妥協案として、提案には主に以下のような変更が加えられています。
- 多国籍企業に対しては、すべてのEU加盟国および、EUの非協力的な国・地域リストの付属書I(ブラックリスト)に掲載されている、または同リストの付属書II(グレーリスト)に2年連続で掲載されているすべての非加盟国における経済活動の詳細を開示することが義務付けられました。
- これには5年間のセーフガード条項が含まれており、企業はこの期間中、商業的に重要な情報の開示を遅らせることができます。税務上の非協力的な国・地域リストに掲載される国・地域に関する情報を開示しないことは決して認められません。
- 4年後に欧州委員会がその適用を見直す条項が盛り込まれています。
- 国内法への導入期限は2年から18カ月に短縮されました。
入手可能な最新の 妥協案 によると、開示すべき情報は以下のとおりです。
- 最終的な親会社または単体企業の名称、当該事業年度、使用通貨
- 活動内容
- 従業員数
- 総売上高
- 税引前利益
- 当該国の当期利益に起因する当該国の税額
- 当該年度の実際納税額
- 利益剰余金
次のステップ
三者協議での合意を経て、今後はEU理事会と欧州議会による提案の正式な採択が必要となります。欧州議会の プレスリリースによると、本会議での採決は夏季休暇明けになる見込みです。
採択後、加盟国は18カ月以内にこの指令を国内法に導入しなければならず、税務情報の報告対象となる最初の年度は、国内法への導入期限から1年後以降に開始する事業年度となります。報告期限は、当該事業年度の貸借対照表日から12カ月です。
実務的には、2021年9月30日迄に指令が正式に採択された場合、国内法への導入期限である18カ月から1年後以降に開始する年度、すなわち2024年3月30日以降に開始する事業年度から報告対象となります。加盟国は、これよりも早い導入および報告期限を選択することができます。
日本企業に与える影響
当初今回の提案についてEUの各機関で異なる見解が示されていましたが、三者協議で合意に達したことで、税と金融の透明性がEUの最重要課題であることが示されました。この提案が採用されると、EU多国籍企業のみならず、EU内の支店や子会社を持つ日本企業にも大きな影響を与えることになります。
さらに、この提案の背景には、自主的な非財務報告基準(GRI等)や投資家、一般市民が、企業による税務報告の開示強化を求める傾向にあり、ESG投資の格付評価機関においても国別報告書の開示が評価指標に加えられていることが挙げられます。サステナビリティ報告書等において、自主的に国別報告書を開示することについて検討する企業が出始めています。
日本企業においても、EUにおける国別報告書の開示指令に関する採択プロセスの進捗状況を注意深くモニターし、EUにおける国別報告書の開示義務が自社のビジネス、特にEU以外も含めた国別報告の開示戦略に与える影響を評価する必要があります。
巻末注
- 2019年12月4日付 EY Global Tax Alert 「EU: Public CbCR fails to move forward in latest European vote」をご参照ください。
- 2021年2月26日付 EY Global Tax Alert 「EU negotiations on public CbCR move forward as majority of Member States back proposal」をご参照ください。
本アラートの詳細は、2021年6月2日付EY Global Tax Alert 「EU co-legislators reach agreement on public CbCR」(英語のみ)をご覧ください。