世界各地でさまざまなエネルギー転換が進む
社会が転換するとき、あるいは技術が進歩するとき、紆余曲折なく物事が進むことはめったにありません。代わりに、変化自体がもたらすプラスの影響を追い風に、S字カーブを描くように前進します。テクノロジーの進歩に伴い、コストの低下や能⼒の向上につながり、それが消費者に普及していくと、経済的な転換点を迎えます。その良い例が電気自動車(EV)です。予想を上回るスピードで普及が進んでおり、電気⾃動⾞の売り上げは2030年までにその他の全⾞両の売り上げを超える⾒通しです。
エネルギーシステム全体では、予想より早いテクノロジーの成熟と規模の拡大により、飛躍的な進展を見せています。製鉄など、かつて変革が難しいとされてきたCO2排出量削減が困難なセクターの脱炭素化を図るイノベーションも開始しつつあります。
ただ、変革が至る所で加速しているとはいえ、そのスピードは一様ではありません。エネルギーシステムの変革を加速させる原動力は技術の進歩、資源の確保と供給、消費者エンゲージメント(消費者の関心と動向)、政府の政策の4つです。これら4つの原動⼒についてモデリングを⾏った結果、エネルギー転換は、国・地域により、そのスピードも性質も⼤きく異なる⾒通しであることが分かりました。
各国・地域政府は経済的優先課題と地政学的な⽬的、環境⽬標の間のトレードオフの関係にありますが、トレードオフの内容は、資源、資本、ケイパビリティといったリソースの供給⼒により異なります。そして、こうしたトレードオフは政策の決定に多大な影響を及ぼし、市場と消費者にシグナルを発信し、ひいては進捗状況を左右することになるのです。
例えば、英国や欧州、米国など一部の国・地域には、いち早い転換を推進するための政策やリソース、資本、インフラがあります。一方、アジアやアフリカでは、経済成長や低コストのエネルギーへのアクセスを重視する国・地域が少なくありません。中東では現在のところ全体的に依然として石油が経済を支配していますが、サウジアラビアなどクリーンエネルギー大国になるという目標を掲げる国・地域も出てきました。また、地域内、あるいは一国内であっても、異なる事情を抱えている場合もあります。中国は7月下旬に福建省沖で世界最大の風力発電機ユニットが稼働を開始するなど、風力発電で世界をリードする一方、いまだに石炭燃焼量がその他の国・地域の合計を上回っています。
ディスラプションの10年に突入
さまざまなエネルギー転換が加速する中、私たちはディスラプションの10年に突入しようとしています。新しいエネルギーシステムは既にその姿を現しつつありますが、EYのモデリングの結果によると、最大の変化が生じるのは2030年以降です。それまでは、太陽光・風力発電による電力がほぼ全ての動力源となる(ただし、航空や海運など一部産業は、少なくとも現在のテクノロジーでは、炭化水素に依存し続ける)と思われます。再生可能エネルギーの普及により、需給ギャップが縮小し、エネルギーシステムが高度に地方分散化されることで、地域社会にとってはチャンスが増える(その一方で、電力・ユーティリティ企業にとっては電力網関連の課題が増える)ことになるでしょう。⽯油・ガスについては、依然としてエネルギーミックスの⼀⾓を担うとはいえ、合成・代替燃料の活⽤により⼤幅に環境に優しいものになることが予想されます。変⾰の主な推進役になると考えられるのは、より多くのエネルギー技術を採⽤し、柔軟性に富むインテリジェント電⼒網に積極的に取り組んできた消費者(産業用と家庭用の両⽅)です。
エネルギー需要
17%2050年までの世界的なエネルギー最終需要の増加率
変革がもたらす影響はいずれも、さらに多くの人が、よりクリーンで、より安価なエネルギーにアクセスできる、より持続可能でレジリエントな未来を指し示していますが、実現が保証されているものは1つもありません。変革は加速しているものの、今後直面する課題があまりに複雑で、容易に失速する可能性があるのも事実です。再生可能エネルギーの拡大で今まで進めてきた取り組みは、次に待ち受ける課題と比較すると難しいものではありません。エネルギー源を炭化水素に大きく依存しているセクターの脱炭素化は、はるかに困難であり、それに対処することができるかどうかが、世界のクリーンエネルギーへの転換において最終的な成功を左右することになるでしょう。3つの主要な領域の取り組みを加速させるには、画期的なソリューションが必要です。そしてその実現に向け、エネルギー・資源関連企業が、私たち全員を含めたパートナーとのより幅広いエコシステムにわたって連携することが⽋かせません。
加速の原動力1
旧来型から新エネルギーへの転換を促進する
的を絞った政策と技術革新により、脱炭素目標の達成を加速させることができます。
グリーンエネルギーは世界全体で、2038年までに総発電量に占める割合が最も⾼くなり、2050年までに電⼒構成⽐率のうち62%を占める⾒通しです。南アジアやオセアニア、米国全土など多くの国・地域では太陽光発電がブームになるものの、欧州を中心とするその他の国・地域では風力発電が中心となると考えられます。化石燃料の利用は2020年代末までにピークを迎えますが、炭化水素からの全面的な転換には国・地域によりばらつきがあり、時間が必要な上、予想よりもコストがかかるでしょう。これは、これまで私たちが考えていたよりはるかに難しい課題です。再⽣可能エネルギーの拡⼤に向けた最も意欲的な取り組みが行われたとしても、私たちが同時かつ積極的に旧来のエネルギー資産からの脱却を加速させなければ、脱炭素化を実現できそうにありません。
脱炭素化の実現に向けて、国・地域を正しい⽅向へと導き、炭化⽔素由来のエネルギーのコストをより迅速に引き上げるとともに、投資家に対する再⽣可能エネルギーの訴求⼒を⾼める政策が必要となるでしょう。クリーンエネルギー投資の利益率は現在6%程度にとどまり、石油・ガスセクターの上流部門と比較すると2分の1以下です。合理的なカーボンプライシング制度や補助金、インセンティブ施策により、こうした状況を変え、旧来型エネルギーから新エネルギーへの転換を速めることができます。米国のインフレ抑制法(IRA)やEUの欧州グリーンディールなどの政策とREPowerEU計画は、排出コストを引き上げながら、同時にクリーンエネルギー技術での連携と投資を奨励するものです。世界経済フォーラムによると、IRAが施行されてから1年間で、米国のクリーンエネルギーセクターは8年分の投資を呼び込みました。欧州は2030年までに再生可能エネルギーの比率を42.5%以上にするという目標を新たに掲げていますが、それに伴い、2023年には太陽光・風力発電の電力が69ギガワット(GW)増加し、対2022年比で17%の成長が見込まれています。世界の再生可能エネルギー容量は、2023年には440GW強に急増し、過去最大の増加を示す見通しです。
当面は石油・ガスがエネルギーミックスの一角を担いますが、テクノロジー関連の奨励策も「分子をグリーン化」する一助になると考えられます。二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)、合成・バイオ炭化水素、水素やアンモニアなど代替分子をはじめとするさまざまなソリューションの開発と成熟、規模拡大で主導権を握る石油・ガス会社には、大きなビジネスチャンスが訪れるようになりました。バリューチェーン全体で連携をすることにより、この進展を加速することができると思われます。例えば、欧州最大のCCUSプロジェクト「Porthos」では、シェル、エクソンモービル、エア・リキード、エアープロダクツ社の経済活動により排出されるCO2をロッテルダム港から北海海底下の枯渇ガス田へ輸送・貯留する計画です。このプロジェクトが2026年に稼働すると、オランダ全体の排出量を15年間にわたり年間2%、加えてロッテルダム港全体の排出量も毎年10%削減できる⾒通しです。
EYの予測では、規制⾯で適切な⽀援を得ることができれば、グリーン燃料の投資利益率は、2040年代初めまでに伝統的な化石燃料の投資利益率を上回る可能性があります。⽯油・ガス会社にとって今後課題になると思われるのは、中核資産の稼働期間を延ばしながら新テクノロジーにも投資をするという、2つのニーズのバランスを取っていくことです。今後はどの企業も、最適な戦略を⾒極めて選択し、⾃らが選んだ戦略に真摯に取り組むことが求められます。EYのレポートでは、石油・ガス会社が起こすことができる、後悔しない行動の一部を紹介しています。
石油・ガスのポートフォリオの推移(例示)
出典:EY analysis of ERTA model data and O&G majors strategies.
加速の原動力2
サプライチェーンの強化
重要⾦属・鉱物の供給不⾜を解消することで、新しいエネルギー体制の構築を加速できます。
鉱業の存在なしに、エネルギー転換を行うことはできないでしょう。新しいエネルギー資産とインフラの構築には、銅とリチウム、ニッケル、鉄鉱石を中心に、膨大な量の鉱物と金属が必要です。ところが、鉱山で産出された金属資源の市場への流通を阻む制約や制限が増えたことで、間もなく大幅な不足に陥ることが予想されます。資源ナショナリズムや地政学的緊張の⾼まりによって、供給が混乱に陥りコストが上昇し、市場のボラティリティが⾼まりかねません。全ての重要鉱物の加工を担っているのは中国です。また、資金が十分にないことも課題となっています。探鉱と鉱山開発への投資も2030年までに2,000億米ドルに達する見通しですが、この金額は必要と思われる投資額の半分程度に過ぎません。
2022年から2050年における金属資源の需要増加の推移
注:リチウムはLi金属に含まれる
出典:S&P Global、Argus、IEA(NZE)、Credit Suisse、European Aluminium、Morgan Stanley、EU Joint Resource Centre
鉱⼭事業者は、今後、多額の資⾦とさまざまなスキルを持つ新しい⼈材、そして政府や地域社会との関係の構築に向けて、よりきめ細かで⾼度なアプローチが必要となります。とはいえ、全ては信頼関係から始まり、またチャンスが生まれるのも信頼関係からです。クリーンエネルギーシステムで鉱業が担う役割は、一貫して過小評価されてきました。的を絞った環境・社会・ガバナンス(ESG)への取り組みに注力している鉱業企業は、地域社会や政府、投資家に自社の価値を示し、資金と人材を確保することにより、プロジェクトの承認と操業許可を迅速に取得することができます。より持続可能なサプライチェーンの実現を求める声が顧客から上がっており、事業の脱炭素化に加え、鉱山から市場、さらにはその先まで二酸化炭素の排出を追跡する、ブロックチェーンなどのソリューションに投資してきた鉱業企業は、既にリターンを得ているといえます。
サプライチェーンの強化には、ポートフォリオプランニングへのより戦略的なアプローチも必要です。考えられる新たな未来像を幅広く検討することで、鉱山事業者は今後の需要に対応しやすくなり、投資リスクを軽減することができます。しかし、これは鉱業企業が単独で解決できる問題ではありません。そこで、大学やテクノロジー企業と連携して、廃棄物から鉱物を取り出す技術を開発する鉱山事業者も出てきました。北米の鉱山でリオティント社とそのパートナー企業は、バクテリアを利用して廃棄岩から銅を取り出す取り組みを進めているところです。この廃棄岩の銅濃度は、通常採算が取れるレベルを大幅に下回っています。一方、自動車メーカーや蓄電池メーカーとタッグを組み、供給体制の強化、リスクの軽減、コストの削減、政府のインセンティブ施策の利用を図る事業者もあります。今後はどの鉱業・金属企業も、事業を展開する国・地域と取り扱う一次産品に応じて今後の道筋を決める必要があるでしょうが、EYのレポートでは、今すぐ起こすべき、後悔しない行動の一部を紹介しています。
加速の原動力3
消費者の期待に応えることで、新エネルギーシステムに対する信頼を高められる
消費者との関係を再構築することで、新しいエネルギーソリューションの普及を促し、柔軟性の高い送配電網を構築することができます。
エネルギー転換は国・地域を問わず、消費者(産業用と家庭用)が主導権を握らなければ成功しないでしょう。しかし、サステナビリティだけを動機付けに、国⺠と企業がエネルギー転換を図るとは思えません。クリーンエネルギーをより安価に、本当の意味でより良いものにする必要があります。
より多くの価値を消費者に提供することで、いかに⾃社の成⻑が加速し、脱炭素化を進めることができるかを電⼒・ユーティリティ企業が考える機会になります。⼀⽅、それに伴い、消費者エンゲージメント(消費者の関心と動向)についてのこれまでの常識を破る必要があるでしょう。⾼度に地⽅分散化され、⼤部分が電化されたエネルギーエコシステムでは、消費者のエネルギーの⽣み出し⽅、使い⽅、取引の仕⽅が変化するとみられます。産業界の顧客はエネルギー企業とパートナーシップを組むことを望んでおり、エネルギー企業から単に電⼒を購⼊することをもはや望んでいません。その⼀例が、ベルギーのアントワープ・ブルージュ港です。エネルギー企業など産官が共同でグリーン⽔素の輸⼊・⽣産・処理を担う⽔素ハブを整備しました。オーストラリアでも、このプロジェクトを⼿本に、南オーストラリア州のボニソン港に水素ハブを独⾃に開発する計画です。この計画ではエネルギー企業が、公共セクターと⺠間セクターの幅広い組織とタッグを組むことになっています。こうした連携は、エネルギー企業が産業用の大口需要家への価値提案を確実に実現することに役立ちます。EYのモデリングの結果によると、産業用の大口需要家が電⼒需要全体に占める割合は、2050年までに55%に達する⾒通しです。
家庭用需要家も、エネルギー体験にこれまでより参加するようになってきました。EVやヒートポンプなどの新しいソリューションが主流となる中、今後は消費者の関与は強まる⼀⽅になるでしょう。EYの調査結果から、国・地域により消費者の優先事項は異なるものの、自らの価値観に合致する、パーソナライズされた便利なエネルギーの選択肢に対する期待が国・地域を問わず高まっていることが分かりました。消費者を事業の中心に据えた電力・ユーティリティ企業は、このような誘因を把握し、近隣セクターの企業と連携して魅力的な製品やサービスを開発することができます。
誘因を消費者グループ別に把握することは、行動のシフトを促す一助ともなります。消費者の行動のシフトは見過ごされがちですが、より柔軟性の高い送配電網づくりで極めて重要な要素です。新しいテクノロジーに投資するだけでは、今以上の進展は望めません。送配電網の地⽅分散化のバランスを取り、供給停⽌を回避することができるかどうかは、消費者の需要のシフトと供給の増加を促すインセンティブ施策による、ピーク時の電力需要平準化の成否に左右されるでしょう。
さまざまなエネルギー転換による影響を最も強く受けるのは、恐らく電⼒・ユーティリティ企業です。今後策定する必要のある戦略は、企業によって著しく異なり、最適なタイミングで適切な戦略を選択できるかどうかが成功の鍵を握ることになりそうです。EYのレポートでは、電⼒・ユーティリティ企業が⾃社の進むべき道筋を⾒極める⼀助となる、後悔しないための⾏動の⼀部を紹介しています。
今すぐ行動を起こせば、勢いを維持できる
新しいエネルギーシステムの実現に向けた進歩は加速していますが、この勢いを維持するには考え方を変える必要があるでしょう。さまざまなエネルギー転換が、世界各地で異なるスピードと形で進んでいます。これは複雑な課題が待ち受けていることを意味しますが、行動を先送りしてはなりません。何もせず現状を維持することにより⽣じるリスクは、⾏動を起こし前に進むことにより⽣じるリスクより、はるかに⾼くなります。エネルギー・資源関連企業が中⼼となり、政府と他セクター、そして私たち全員と連携して、先に挙げた3つの領域で今すぐ⾏動を起こせば、持続可能なエネルギーシステムを構築する取り組みの加速ができるはずです。
サマリー
さまざまなエネルギー転換により、世界のエネルギーシステムの再構築が進められていますが、そのスピードと進め方は国・地域によって異なります。EYがモデリングした結果、変革は今後10年間、そしてそれ以降も加速していく見込みであることが分かりましたが、それは各組織が今、機運を捉えることができた場合に限ってのことです。エネルギー・資源関連企業は、再⽣可能エネルギーへの転換を促進するインセンティブを与え、需要変化に柔軟に応じる鉱物・⾦属サプライチェーンを構築し、消費者により⼤きな役割を果たしてもらうという3つの領域の⾏動を起こすことで、変⾰の推進をリードできます。今すぐに適切な行動を起こすべく注力する企業は、脱炭素化に向けた取り組みを加速させて大きなビジネスチャンスを実現できます。