2022年4月28日
Long-term value -持続的成長のためのKGIとは

Long-term value -持続的成長のためのKGIとは

LTV(Long-term value)指標そのものや、その導入アプローチを紹介するとともに、LTVを経営管理として浸透させていくためのCFO組織における課題について考察します。

本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) BC-Finance 横井知行

CFO部門向けのコンサルティングチームにおいて、変革構想策定、資金管理、IFRS導入など幅広いプロジェクトに従事。また、チーム内ではトレジャリー領域のオファリングチームメンバーとして活動している。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) マネージャー。

要点
  • 前号において、長期的価値(Long-Term Value;LTV)創出のドライバーとして、CFOはCVO(Chief Value Officer)への役割進化が求められると述べました。
  • 本稿では、LTVにフォーカスし、LTV指標の導入アプローチを解説するとともに、LTV指標の例をご紹介します。
  • また、LTVに基づく経営管理において、CFO組織に求められる役割変革についても解説します。

Ⅰ はじめに

前号では、今後CFOは企業の長期的価値(Longtermvalue:LTV)を創出する原動力として、CVO(Chief Value Officer)にその役割を進化させていく必要があることを述べました。また、<図1>の通り、長期的価値を創出するドライバーは、「財務的価値」「消費者価値」「人材価値」「社会的価値」の四つのカテゴリーに属する価値によって構成されます。CFOはこれらの価値創造の重要バリュードライバーを特定した上で、その巧拙を図るKPIを定義して目標を設定し、期中のモニタリングと改善アクションを経て、ステークホルダーへの開示のサイクルをリードしていくことが求められる点について解説しました。

図1 LTVを構成する四つの価値カテゴリー

しかし、非財務情報に係る対外開示を積極的に行っている企業であっても、LTVの四つのカテゴリーを包摂するようなKPI=LTV指標を定義し、組織や個人の目標への落とし込みや改善アクションに有機的に結び付けていくことができている企業はそう多くはないのではないでしょうか。そこで、本稿では、LTV指標そのものや、その導入アプローチを紹介するとともに、LTVを経営管理として浸透させていくためのCFO組織における課題について考察します。

Ⅱ 導入アプローチ

<図2>において、EPIC(Embankment Project for Inclusive Capitalism)において示されているLTVフレームワークを元に、LTV指標を特定し、モニタリングや開示につなげていくためのアプローチを示しています。EPICはCoalition for Inclusive Capitalismが2017年に創設し、企業、アセットマネージャー、アセットオーナーおよびアドバイザリー・カウンシル等の30以上の組織が参画したプロジェクトです。EPICでは、貨幣的価値で測定できない無形の価値、例えばブランドや従業員のスキルなどの重要性が高まっていながら、これらの無形の価値を測定する指標や、指標の開発プロセスについてコンセンサスがない現状に対する改善の第一歩として、長期的価値に係る共通ないし業種別の指標や、長期的価値に係る指標開発に当たっての基準や原則、必要な指標を決定するためのアプローチなどが取りまとめられています。

図2 LTV指標の導入フレームワーク

ここからは、LTV指標の導入アプローチに関して解説します。LTV指標は四つのステップを経て決定します。なお、本アプローチ全体を通して、投資家や従業員、顧客、サプライヤー、政府や規制当局、社会など主要なステークホルダーが望むアウトカム(成果)やステークホルダーへの影響を考慮することが肝要です。

まず、STEP1では、外部環境によってステークホルダーが受ける影響や、目的(パーパス)の実現によってステークホルダーにもたらし得るアウトカムなどを考察した上で、企業戦略そのものや実行するためのガバナンスの方針に落とし込んでいきます。

次に、STEP2では、主要ステークホルダーを特定し、各ステークホルダーにとっての重要なアウトカムを検討します。企業を取り巻くステークホルダーは幅広いですが、STEP1で策定した戦略の実行によって、特に影響を及ぼし得るステークホルダーを主要なステークホルダーとして特定します。その上で、個々の主要なステークホルダーにとってのアウトカムを財務的価値、消費者価値、人材価値、社会的価値の四つの価値カテゴリーに分類し、それぞれのアウトカムの優先順位付けを行います。

STEP3では、四つの価値カテゴリーに係るステークホルダー・アウトカムを分解し、バリュードライバーを特定していきます。<図3>において、バリュードライバーおよびそこから導出する指標の具体例を示しています。なお、バリュードライバーを特定しても、戦略実行に必要なケイパビリティが企業に備わっていなければ画餅に終わってしまうため、戦略実行ケイパビリティの分析も必要となります。

最後に、STEP4では、長期的価値創出の指標を定義します。長期的価値創出の指標は、共通指標、業界指標、各社独自の指標があり、それぞれ、アウトカムの先行指標となっているか、目的(パーパス)と整合しているか、一貫性や比較可能性はあるか等を勘案し定義します。指標の定義に当たっては、STEP3までを踏まえ長期的価値の指標のロングリストを作成します。具体的な指標は<図3>において紹介していますが、これらの全てを包含する必要があるわけではなく、戦略や主要ステークホルダーにとってのアウトカムや影響を勘案した上で優先度の高い指標を選定します。指標測定に必要なデータの信頼性や正確性は重要となるため、場合によっては、それが担保されるまで指標としては採用されない場合もあります。また、LTV環境下においては、投資家等のステークホルダーの理解を得ることが肝要です。そこで、投資家等のステークホルダーの理解に資するように、各指標を定義した背景や前提、利用方法等を整理します。ここで整理した事項は、指標の精度向上や改善点の発見等、将来の活動において、振り返りの材料となり有用です。

図3 価値カテゴリーごとのバリュードライバーおよび指標(例)

Ⅲ CFO組織が果たすべき役割

前項でLTVフレームワークに基づく指標の導入アプローチを示しましたが、本項では、LTV指標を導入し定着させるために、CFOやCFO組織が果たすべき役割について考察します。

従来型の経営管理においては、CFO組織が財務数値にフォーカスして、社内の各組織から数値やデータを収集し、これをグループ全体の情報として取りまとめ、IR部門が一元的に投資家とのコミュニケーションを行うというように、CFO組織はあくまで目標設定→モニタリング→開示のプロセスの一部に関与するという位置付けであり、また、各部門の役割の分断も見られました。

しかし、LTV下の経営管理では、例えば目標設定の段階の場合、投資家のみならず顧客やサプライヤー、社会など幅広いステークホルダーが求めるアウトカムを把握し、また、指標に対する理解を得ることが必要になります。このとき、投資家以外のステークホルダーも対象とすることから、IR部門だけではなく各組織において相対するステークホルダーとのコミュニケーションが必要になると考えます。

また、社内においても、LTVのコンセンサスを得て、組織や従業員が短期的な利益ではなくLTVにフォーカスしたアクションを優先するように促すため、経営企画部門や人事部門などと連携して、組織や個人の評価にLTVに係る指標に反映していくことが求められます。

これらLTV下の経営管理において、CFO組織は、指標の開発やモニタリングのプロセスをリードし、必要となる情報を見極め、情報の信頼性や精度を検証し、CFO組織自身を含む各組織におけるステークホルダーとのコミュニケーションの推進を促す、LTVを推進するハブとしての機能を担うことが求められると考えます(<図4>参照)。

図4 LTVのハブとしてのCFO組織

また、CFO組織は、LTVの文脈を踏まえ広く収集した財務・非財務の情報を分析して取るべきアクションを導出し、関係者にインサイトを提供するといったLTVを起点としたデータドリブン経営の推進役となることも求められます。

なお、開示における戦略的情報開示やCFO組織が果たすべき役割については、次号で詳述します。

Ⅳ おわりに

企業にとっても投資家にとっても、短期的な収益性だけで企業の優劣を見極めることができないことが共通認識となっている状況にあります。Ⅱで紹介したEPICは、そのような状況下において、長期的価値を客観的に測定する指標やその開発方法についてコンセンサスが得られていないために、短期的な収益性を優先するアクションを誘発してしまっている点に強い課題認識を起点として立ち上げられています。他方、長期的価値に係る考え方や、指標や指標の開発方法を含めたコンセンサス形成および市民権を得るための取り組みはまだ始まったばかりであり、試行錯誤を重ねていく段階にあります。本稿で紹介した内容も、今後、企業をはじめとしたさまざまな関係者と検討を重ねていく中で、ブラッシュアップや具体化を図っていくことになると考えています。

日本経済における「失われた30年」に代表されるように、日本企業の競争力低下が取り沙汰されてから久しい時が経過しています。他方、環境・安全に関する対策や現場におけるコミュニティシップなど、短期的な収益性に表れていない日本企業の強みも数多くあると考えています。長期的価値の考え方が社会全体に浸透し、短期的な収益性よりも長期的価値を高めるアクションが当たり前のように優先され、日本企業が再び競争力を得る日が来ることを願ってやみません。

※ 右記ウェブサイトを参照 www.coalitionforinclusivecapitalism.com/epic/

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サマリー

LTV(Long-term value)指標そのものや、その導入アプローチを紹介するとともに、LTVを経営管理として浸透させていくためのCFO組織における課題について考察します。

情報センサー2022年5月号

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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

 

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この記事について

執筆者 EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社

複合的サービスを提供するプロフェッショナル・サービス・ファーム

EY Strategy and Consulting Co., Ltd.