第1章
人の感情が変革の成否の鍵を握る
従業員のネガティブ感情の増加率は、期待を超える成果を上げた変革では25%だったのに対し、期待を満たすことができない変革では130%を上回りました。
変革の成否を左右する要因は複雑に絡み合っていますが、その根底を成すのは人の感情であるということが今回の調査で明らかになりました。この調査結果は、業界や国・地域を問わず、ほぼ一貫しています。
変革に成功する企業:
サポート体制の充実化で、期待を超える成果を創出している
変革に成功する企業の経営幹部は、先行投資を行って理論的根拠と感情面の双方から成功に望ましい環境を整えています。変革が進むにつれて、ストレスは高まり、自信も揺らぐものです。しかし、こうした企業では、従業員のプレッシャーが高まるタイミングで感情面のケアを強化しています。適切なタイミングで適切なサポートを受けられれば、従業員はポジティブな感情で変革を終えることができます。本調査でも、変革が期待を超える成果を上げることができた企業では、79%の従業員が変革後にポジティブ感情を得ています。そうしたポジティブ感情の大半は「幸福感」や「満足感」です。この割合は、変革前に比べ50%の増加となっています。
変革に伴う従業員の感情面の変化
79%期待を超える成果を上げた変革後にポジティブな感情を得た従業員の割合
変革に失敗する企業:負のスパイラルに陥っている
変革の道のりを歩み始めた地点では、経営幹部と従業員の心理状態は、変革が期待を超える成果を上げた企業のそれとほとんど変わりありません。しかし、変革の取り組みが進むにつれ、事態が急転直下する地点があります。その地点でストレスなどのネガティブ感情を抱いた従業員は、期待を超える成果をもたらす変革では3分の1を少し上回る程度(38%)であったのに対し、期待を満たすことができない変革では3分の2(66%)にも及びました。感情面のサポートが特段提供されない場合、従業員も経営幹部も変革に対する期待感を喪失していき、変革を終えるころにはネガティブ感情が膨れあがり、精神的負担が膨大なものになります。本調査でも、ネガティブな感情が込み上げてきたと回答した従業員は4分の3を占めており、その内の31%は、「悲しみ」、「嫌悪感」、「落ち込み」などの感情を抱いたと回答しました。
概して、従業員のネガティブ感情は、期待を超える成果を上げた変革では25%増加、期待を満たすことができなかった変革では130%を上回る増加となっています。こうしたネガティブ感情を抱いたまま次の変革に臨んだ場合、その変革はスタート時点からすでに危ういものとなる可能性があります。
EY Global Vice Chair(コンサルテイング部門)のErrol Gardnerのコメント:
「変革に失敗する企業から変革に成功する企業になるには、人を中心に据えたアプローチで変革を根本から再考・再設計することが重要です」
変革に失敗する企業から変革に成功する企業になるには、人を中心に据えたアプローチで変革を根本から再考・再設計することが重要です
第2章
変革を成功に導く6つのドライバー
変革の成果を最大化するには、変革を成功に導く6つのドライバー全般でリーディングプラクティスを確実に実践することが不可欠です。
変革ジャーニーは線形でもなく、容易なものでもありません。その道のりにはさまざまな紆余曲折があります。それゆえに、人の感情を看過せず、それに寄り添うこと、変革に対する確かな信頼感を醸成すること、規律と実験の双方を受け入れる文化を醸成すること、変革のビジョンを迅速に実現するためにテクノロジーを活用すること、そして、変革のプロセスを通じて学びを得ることが重要です。適切なサポート体制があれば、変革に伴うストレスの高まりは、成果創出にブレーキをかけるどころか、変革を推進するドライバーになり得ます。変革の成果を最大化するには、以下の6つのドライバーすべてにおいてリーディングプラクティスを実践することがどの組織にも求められます。
1. 主導する(リーダーシップ):必要なリーダーシップスキルを身に付け、強化する
本調査によると、変革に成功した企業の従業員も、失敗した企業の従業員もリーダーシップを最重要ドライバーに位置付けています。一方、経営幹部の場合、変革に成功した企業の経営幹部はリーダーシップを最重要ドライバーに位置づけていますが、変革に失敗した企業の経営幹部はリーダーシップを重要なファクターと捉えていません。
経営幹部にとって自己啓発は重要です。その第一歩として、まず、考え方やリーダーシップ力について現在の自身の限界を認識する必要があります。変革を主導する立場にある者として、変革ジャーニーの行く手に対して自身が抱く「恐れ」、「不安」、「自信の揺らぎ」などの感情を素直に受け止めることも必要です。そして、自分が何を知っていて、何を知らないのか、何を学ぶ必要があるのかを明確することも不可欠です。
すべての答えを知っているわけではないということを認める「勇気」と、答えを見つけるために組織の内外に目を向ける「謙虚さ」が不可欠です。本調査でも、「経営幹部は若手社員の提案に耳を傾けた」と回答した割合は、変革が期待を超えた成果を上げた企業の従業員では47%、変革が期待を満たしていない企業の従業員では29%でした。
組織全体を巻き込む
47%変革が期待を超えた成果を上げた企業の従業員のうち、「経営幹部は若手社員の提案に耳を傾けた」と回答した従業員の割合。変革が期待を満たしていない企業では29%
変革は組織全体で一丸となって取り組む必要があるということを全社的に示すために、経営幹部は、良いことも悪いことも説明責任を果たす必要があります。「私」ではなく「私たち」という観念を前面に押し出していくことも非常に重要であり、例えば、コラボレーションの促進や変革に対する従業員の士気の向上、現場の声の吸い上げや機会創出に資する双方向コミュニケーションの構築などに取り組むことが不可欠です。変革が期待を超える成果を上げた回答企業では、従業員の懸念材料を把握するために経営幹部が直接に従業員と対話する機会を持つところもあれば、さまざまな意見や考えを集約したプラットフォームを構築して双方向の対話を促進するためにテクノロジープラットフォームに投資しているところもあります。
変革が期待を超える成果を上げた企業の場合、「経営幹部は自分の担当分野だけでなく、組織全体にとって最適な意思決定を行った」と回答する従業員は半数強(52%)を占めています。また、「経営幹部は従業員のニーズや意見を把握している」との回答も同じ割合だったのに対し、変革が期待を満たしていない企業ではわずか31%に過ぎませんでした。
主なポイント
経営幹部は自己変革のための投資を行い、連携とコミュニケーションを通じて、「私たち」視点のアプローチを積極的に実践する。
2. 動機付ける(ビジョン):組織全体の共感を得られるビジョンを設定する
ビジョンは組織全体の一体感や士気を高めるだけでなく、変革の基盤として重要です。それゆえに、経営幹部は、自身の固定観念を拭い去り、社外や他業界に目を向けて説得力のあるビジョンを設定する必要があります。新たな視点から気づきを得るためにアンテナを広く張り、まったく新しい機会を特定するためにフューチャー・バック思考を実践し、組織全体の共感と一体感を醸成することができるビジョンを描くことが不可欠です。変革が高い成果を上げた企業の回答者の半数近く(47%)が、「変革のビジョンは明確かつ説得力のあるものであった」と回答しているのに対し、変革が期待を満たしていない企業では26%にとどまっています。
変革のビジョンを実現するためには、経営幹部は、何をすべきかだけでなく、なぜ変革が必要なのかを明確に伝える必要があります。本調査でも、経営幹部のこうした説明が変革成功率の向上につながると回答した従業員は71%を占めており、ビジョンを単に認識させるだけでなく、ビジョンに対する深い共感を育むことが経営幹部には求められます。
変革が期待を超えた成果を上げた企業の場合、回答者の半数(48%)が、変革の必要性について会社側から明確な説明があったと回答したのに対し、変革が期待を満たしていない企業では25%でした。
主なポイント
組織全体の共感を得られ、従業員の意欲を高められるようなビジョンを設定する。
3. 寄り添う(感情面のサポート):誰もが発言しやすい文化を醸成する
期待を超える変革を実現する際に重要となるのは、人の感情です。感情面のサポート体制を確立していない組織では、変革は失敗のスパイラルに陥るでしょう。
今回の調査結果によると、期待を満たすことができなかった変革を経験した従業員の50%が、「変革は単にレイオフの別名に過ぎない」と感じています。また、同様の経験をした従業員は、自由記述で、「変革に取り組んでいる最中もその後も、上層部は従業員の声に耳を傾けず、十分なサポートも提供されないため、ストレスを感じた」と回答しました。経営幹部はこうした調査結果に驚きを示し、期待を満たすことができない変革は従業員に多大な犠牲を強いるものであるということを認識していなかったと述べています。
経営幹部は、従業員のやる気とモチベーションを維持するために、彼らの妥当な感情を適切に管理するとともに、不安や燃え尽き症候群を回避するために感情面のサポートを十分に提供する必要があります。EYの予想モデルでは、感情面のサポートを強化することで変革の成功率が平均で17%高まることが期待されます。
変革の道のり全体を通して従業員の心理状態を捉えていれば、物事が上手くいかなくなったときに早期に警告シグナルに気づくことができ、軌道修正に向けて調整を図ることが可能になります。
主なポイント
従業員の声に熱心に耳を傾け、不安や懸念の原因を見極める。従業員の気持ちに寄り添いながら、建設的に課題を対処する。
4. 奨励する(プロセス):責任の所在を明確にし、変化に対する適応力を醸成する
これまで、変革の道のりは線形的であるという考え方が一般的で、それに応じた管理が行われてきました。しかし、今回の調査結果は、その観念を覆すものとなっています。変革の道のりには起伏や紆余曲折があり、停滞と再開が繰り返し訪れます。それゆえ、経営幹部にとって、構造と規律、そして探究と革新のための創造的な自由を従業員に提供することが重要となります。
変革を進める上で自律性の醸成が重要であるということは、本調査でも明らかになっています。変革が期待を超える成果を上げた企業の回答者の半数以上(52%)が、従業員の役割と責任が明確に示されたと回答しており、意思決定権についても明確かつ適切な方法で付与され組織全体で共有されたと49%が述べています。(変革が期待を満たしていない企業では29%)
変革の促進に資する自律性を醸成する
52%変革が期待を超える成果を上げた企業の回答者のうち、従業員の役割と責任が明確に示されたと回答した従業員の割合
また、「失敗してはいけない」という考え方から「早めに失敗する」という考え方にシフトし、実験を奨励することが不可欠です。小さな失敗が大きな成功につながることもあります。一方、失敗を恐れるあまり、チャンスを逃してしまうことも少なくありません。今回の調査で、変革が期待を超えた成果を上げた回答企業の46%が革新的な実験を奨励するプロセスを確立しており、そうした企業では、実験が失敗に終わったとしても、それが従業員のキャリアや報酬に悪影響を与えることがないようにサポート体制を確立しています。
主なポイント
実験を奨励する文化と、「早めに失敗する」というマインドを醸成することにより、「失敗してはいけない」という考え方ゆえに見逃してしまいがちな機会を捉え、具現化する。
5. 醸成する(テクノロジー):テクノロジーとケイパビリティを駆使して、取り組みの迅速な見える化を実現する
テクノロジーは、それ自体はビジョンではありません。しかし、ビジョンの実現に資するものです。ビジョンの実現と変革プロセスの促進には、適切なテクノロジーが不可欠です。経営幹部は、テクノロジーの効果的な活用を変革の成功要因の第2位に、テクノロジーの非効果的な活用を変革で期待を満たすことができない要因の第2位に位置づけています。
「組織は変革のビジョン達成に資する適切なテクノロジーに投資を行っていた」と回答とした割合は、変革が期待を超える成果を上げた企業の回答者では約半数(48%)、変革が期待を満たしていない企業では33%でした。
新しいテクノロジーの導入に伴う従業員の感情面の変化を認識することも重要です。テクノロジーの影響を恐れる従業員もいます。実際、変革が期待を満たしていない企業の従業員は、変革によって雇用の安定が損なわれるのではないかと不安を感じる可能性が25%近く高いことが明らかになっています(変革が期待を満たしていない企業の場合、そのように感じる従業員の割合は49%であるのに対し、変革が期待を超える成果を上げた企業では39%)。また、従業員の中には変革を、「感情面のウェルビーイングや組織の効果的なオペレーションに不可欠な人間同士の交流を阻む手段」と捉える人もいるようです。
上記を踏まえると、経営幹部は、完璧を目指すのではなく、「前進すること」を最優先に考えるとよいでしょう。テクノロジーを駆使した新しいアプローチの価値を早い段階で組織全体に明示し、アーリーアダプターやインフルエンサーの協力を得ながら、ビジョンと価値の実現に向けて顧客や従業員を巻き込んでいくことが重要です。
採用、スキルアップやリスキリング、企業パートナーシップ、アウトソーシングなどを組み合わせれば、テクノロジーの潜在価値の具現化に必要な適切なデジタルマインドセットとスキルセットを確保することができます。期待を超える変革を実現する企業では49%の回答者が、「変革に必要なデジタルスキルやマインドセットが組織に備わっていた」と回答したのに対し、期待を超える変革を実現していない企業では35%にとどまりました。
主なポイント
テクノロジーが組織に与える感情面の影響を認識する。学習面と感情面で適切なサポートを提供して従業員のデジタルマインドセットとスキルセットを醸成し、ビジョンと価値に対する従業員の共感を得る。
6. 協働する(文化):つながりと共創のための最善の方法を見極める
従来の組織文化では、経営幹部がビジョンを設定し、従業員はそのビジョンに向かって取り組むという指揮命令型のトップダウンアプローチが主流でした。しかし、変革の波が絶え間なく押し寄せる時代には、経営幹部と従業員はお互いにサポートし合い、連携していくことが不可欠です。
そのためには、経営幹部は、「つながり」と「創造性」を育む組織文化を構築する必要があります。デジタルとアジャイル型の両側面で新しい働き方が浸透しやすい空間を提供し、イノベーションやエンゲージメント、やりがいのある仕事を醸成することが不可欠です。期待を超える変革を実現する企業では、回答者の44%が、「新しい働きかを奨励する文化があった」と回答しているのに対し、変革が期待を満たしていない企業では28%でした。
新しい働き方を組織全体に定着させるためには、経営幹部と従業員が連携して、権限委譲やオーナーシップ、エンパワーメントなどのバランスを再定義する必要があります。本調査でも、期待を超える成果を実現する企業の42%の回答者が、変革プログラムの一環で、新しい組織文化が意識的に定義・醸成されたと回答しました。
新しい働き方を組織全体に定着させるためには、経営幹部と従業員が連携して、権限委譲やオーナーシップ、エンパワーメントのバランスを再定義する必要があります
主なポイント
新しい働き方を従業員と連携しながら構築し、どのような仕事と行動をシフトする必要があるのか、どのように仕事を進めればよいかなどを自身で再設計・再定義できるようサポートする。チーム横断的に協力し合える文化を意識的に醸成し、変革に伴う感情面と非感情面への影響を管理する。
人のチカラを原動力にして変革成功率を高める
変革を成功させることは一筋縄ではいかない難しさがあり、多くの経営幹部は変革の必要性を認識していながらも、成功の可能性に自信を持てずにいます。しかし、破壊的イノベーションの波が絶え間なく押し寄せる時代では、「静観」という選択肢はありません。人のチカラを活用し、上記の6つの変革ドライバーすべてにおいてリーディングプラクティスを実践することにより、経営幹部は組織全体を成功軌道に乗せることができます。
しかし、ここで重要になるのは、この6つの変革ドライバーのうちの一つだけでリーディングプラクティスを実践すればよいというものではないということを認識することです。組織は、変革の成功率を最大限に高めるために、6つの変革ドライバー全般でリーディングプラクティスを実践する必要があります。期待を超える成果を実現する変革を目指すのであれば、今こそ、人を中心に据えるアプローチを採用することをお勧めします。
本稿の執筆にあたり、Ernst & Young LLPのEY Knowledge担当のAssociate DirectorであるMichael Wheelockに協力して頂きました。
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サマリー
過去25年間で、組織は、さまざまな技術的進歩や組織学習を経験してきたのにもかかわらず、変革アプローチについてはほとんどに見直すこともなく現在に至っています。今こそ、変革の進め方を一新する必要があります。EYがオックスフォード大学サイード・ビジネススクールと協働で行った直近の調査によると、変革の成否を左右する要因は複雑に絡み合っているものの、その根本を成すのは人の行動、とりわけ感情の変化に伴う行動の変化です。本調査を通じて、EYでは、変革プロジェクトの成功率を2倍以上に高めることができる6つの主要ドライバーを特定しました。