Section 1
なぜアフラックはDXを推進するのか
「生きるための保険」のリーディングカンパニーとして、がん保険や医療保険を手掛けるアフラック。2020年3月末時点における契約者数は1,535万人で、保有契約件数は2,447万件に上ります。
「がんに苦しむ人々を経済的苦難から救いたい」という想いのもと創業した同社は、「『生きる』を創る。」というブランドプロミスや企業理念などをコアバリュー(中核となる価値観)とし、「お客さま」「ビジネスパートナー」「社員」「株主」「社会」という5大ステークホルダーに対して価値を提供しています。
二見氏はアフラックにおけるDXの位置付けを、「企業理念、企業文化、企業のミッションを実現するための手段」であると説明します。DXという言葉がバズワードになっている現在、企業の中には「DX=デジタル化」と捉え、デジタル化することをゴールにしているケースも少なくありません。二見氏は、「DXは目的ではなく手段です。何を実現したいのか、そのためにはどのような施策が必要なのかを考えること。そして、コアバリューに基づいたCSV(共通価値の創造)経営を実践することが大切なのです」と力説します。
二見氏は企業や人々を取り巻く環境が大きく変化している状況下においては、デジタルを前提とした企業経営が重要になると説明します。
コロナ禍以前は、多くの企業が「デジタル技術をどのように活用するか」を議論し、綿密な戦略を立てていました。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の収束が見えない現在において、デジタル化は一刻の猶予もない状態です。二見氏は「デジタルを前提とする戦略を立案し、企業経営としてデジタル化に大きく舵を切る必要があるのです」と説きます。
では、アフラックはどのようにしてDX戦略を推進しているのでしょうか。
同社ではDX推進領域を、「コアビジネスの領域」と「新たな領域」に分けています。コアビジネスの領域では、フィンテックの導入やデータ活用、UX(ユーザー体験)の進化といった施策で顧客接点を増やし、ニーズを捉えた新たな商品・サービスの提供を目指します。
一方、「新たな領域」の領域では、保険サービスと保険以外のサービスを連携することで、保険の枠を超えた新たな価値を創造していきます。具体的には、病気にならないような健康管理サービスや、病気から職場復帰した場合の生活をサポートするサービスなど、予防から予後までのエコシステムの構築を目指しています。こうした取り組みを実現させるためには、全社一丸となってDX推進を浸透させる企業文化の醸成が大切だと二見氏は話します。
アフラックではトップがコミットメントしたうえでDX戦略を推進しています。その理由について二見氏は、「DX戦略は経営戦略、経営計画、目標設定において重要な位置付けです。(中略)ですからDX推進の実務執行総括責任者は社長であり、CIOが具体的な施策をリードする体制でなければなりません。全役職員のDXに対する意識改革と行動変容を促進するには、トップが全社会議で積極的にDX推進活用を訴えることが重要です。とはいえ、(DXを全社に浸透させることは)口で言うほど簡単ではありません」と説明します。
Section 2
DX推進のカギは「アジャイル型の働き方」
アフラックはDX推進にあたり、アジャイル型の働き方にシフトしました。
柔軟かつ迅速に業務を実行するには、多くの企業で見られるような部門割り組織ではなく、権限委譲された機能横断的なチームでなくてはなりません。そして、短期間のサイクルで最小単位のアウトプットを創出し、顧客ニーズの変化に対応して継続的に改善していくのです。
二見氏は、アジャイル型の働き方の「5原則」として「機能横断的」「エンパワーメント」「顧客価値にフォーカス」「反復的プロセス」「実証的アプローチ」を挙げ、その理由を以下のように説明します。
「DXの目的は、顧客価値を向上させることです。ですから顧客にフォーカスし、(DXで提供するサービスが)顧客に必要とされているかを徹底的に考えることが大切です。そして、それらのサービスを迅速かつ的確に提供すべく、顧客からフィードバックをもらいながら継続的に改善していくのです。そのためには、チームが柔軟、かつ自律的に活動できるよう、チームリーダーには予算も含めて “任せる”ことが重要です」(二見氏)。
では、DX戦略の達成状況は、どのようにモニタリングすればよいのでしょうか。
二見氏は、「DXを定量的に評価することは難しい」としたうえで、「費用対効果の観点で投資判断すること。そして、PDCAプロセスで効果を継続的にモニタリングすることが大切です」と語ります。
モニタリングでもう一つ重要なのが「可視化」です。KGI(重要目標達成指標)やKPI(重要業績評価指標)を設定してPDCAを回し、必要に応じて計画・施策を見直すといったプロセスには可視化が不可欠です。
二見氏は、「プロジェクトに関わる全員が『どの施策が、どれだけ効果を出しているのか』をいつでも把握できる環境を整え、ダッシュボードを構築すること。そして、モニタリングのサイクルは1回だけでなく、何回も実施することが重要です」と説きました。
Section 3
IT部門“だけ”でDXは実現できない
セッション後半では、EY JapanのChief Innovation Officerを務める松永 達也らを交え、聴講者から事前に寄せられた質問に答える形で、トークセッションを繰り広げました。
進行役を務めたEYストラテジー・アンド・コンサルティング 金融セクター 垣内啓子は、最初に、コロナ禍への対応について、新型コロナウイルス感染症の拡大で消費者行動が変化する中、顧客や社員に対する接し方をどのように変化させたかといった質問を取り上げました。
二見氏は顧客に対する対応の変革の例として、「非接触での接客環境の構築」を挙げます。
生命保険商品は、対面での販売が基本です。しかし、コロナ以前から、面談での募集が難しいケースが増えていました。この課題を解決するため、アフラックではアジャイルチームを立ち上げ、オンラインによる非対面の面談申し込みシステムの構築を進めていましたが、コロナ禍によりその動きを一気に加速させ、大幅に前倒してリリースしました。
同時に従業員の在宅勤務環境も整えました。現在では70%の社員が在宅での業務を継続していると言います。二見氏は「数カ月でこうした環境をリリースできたのは、アジャイルだからこそです」と説明します。
一方、松永はコロナ禍での消費者行動の変化について、「賢く選択して購入する行動が顕著になりました」と指摘します。
EYではグローバルで消費者行動の変化を定点観測するシステムを擁しています。同システムで収集したデータを分析したところ、新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた当初は買い占めが見られたものの、その後は消費者が「自分にとって価値があるか」を見極めて買い物をする傾向が強くなったと言います。「このことからも、価値訴求は競争を優位に進める上で非常に重要です」と松永は説明します。
次に挙げられたのは、従来の枠を超えた新たな領域への挑戦についてです。「既存の枠組みにとらわれない発想や事業を展開するには、どのようなアプローチが必要なのか」「アイデア創出のプロセスにおいて、ビジネス部門やコーポレート部門、IT部門はどのように協業したのか」といった質問が紹介されました。
現在、アフラックのIT部門には社員500名、アウトソース2,500名が働いており、うちデジタルイノベーション推進部には社員30名、アウトソース50名が在籍しています。それでも二見氏は、「デジタルを活用した新サービスの創出は、IT部門“だけ”では無理です」と語ります。
EY税理士法人でタックス・テクノロジー・アンド・トランス フォーメーション パートナーを務める橋本 純は、税理士として企業の業務部門をコンサルティングしている経験から、「(上司などからの命令で)やらされ感のあるDXは、アウトプットがおざなりになる傾向があります」と現状を説明し、以下のように指摘しました。
「業務部門は、日々の業務に追われ余裕がありません。その中からどのように価値を生み出していくかに現場は苦労しています。(中略)DXはビジネス部門が主体になっていますが、それを支える財務、税務、監査といった業務部門の変革なしには、持続性のある成長は支えられません。業務部門のDXは小さく始めてサイクルを回し、徐々に大きく成長させることです。会社全体の価値向上のためにもバックオフィスのデジタル化と自動化は重要です」(橋本)。
Section 4
小さな成功体験の積み重ねが成功の近道
DXを推進する上で難しいのが、投資対効果の見定めです。
定量的な測定が困難であり、「何をもって成功とするのか」という基準は、各企業でばらつきがあります。さらに、「コスト削減を目指す守りのIT」と「収益拡大を目指す攻めのIT」の投資バランスをどのように判断するかは、明確な答えがありません。
二見氏も「DXにおける投資対効果を測定するのは難しい」と語ります。例えば、DXによる新サービスのリリース時期に顧客獲得数や売り上げが伸びたとしても、それはDXだけが要因ではありません。これまで営業部門が築いた顧客との信頼関係や、マーケティング施策など、さまざまな努力の積み重ねがあってこそなのです。
ただし、前述したとおり、DXを推進するためには、モニタリングを継続しながら迅速にPDCAサイクルを回すことが大切です。二見氏は「その際に留意すべきは、最初から大きな目標を立てないことです」と説明します。
「高い目標を設定すると達成が難しく、達成感が得られずに疲弊してしまいます。ですから3カ月単位ごとの目標を立てて成功体験を積み重ね、次の大きな目標にチャレンジするといったサイクルで取り組むことが重要です」(二見氏)
EYストラテジー・アンド・コンサルティング 金融セクター パートナーの竹内 浩は、投資対効果の見定めで大切なことは「厳密な予算管理を“しない”こと」と「効果の可視化」だと指摘します。
厳密な予算管理をすると、目標に達していないことがマイナスになってしまいます。しかし、アジャイル型でDXを推進するにはKPIを立てて実践し、失敗も含めた体験から学びを得ることで、次の施策に活かします。「チャレンジ精神を喚起するという観点からも、厳密な予算管理はしないほうが良いでしょう」(竹内)。
一方、「効果の可視化」は、チームメンバーが自分たちの取り組み効果を把握し、改善する仕組みを作るためにも重要だと指摘しました。
では、アジャイル型の働き方やイニシアチブ推進を浸透させるためには、どのような組織・チーム組成運営を目指すべきなのでしょうか。二見氏はアフラックが実践したこととして「経営トップがDXの必要性について繰り返しメッセージを発信した。」と語ります。
社長やCIO、そして各部門のトップが日常からDX推進を意識することで、全従業員が日常業務のどの部分をデジタル化できるかを意識し、従業員がDXを自分ごととして、実感を持って捉えるようになったと言います。
最後に二見氏は「例えばペーパーレス化など、全従業員が一丸となって取り組めるようなDXがあると、(DXを)身近に感じられると思います」とアドバイスし、セッションを締めくくりました。
サマリー
EY Japanは「バックオフィスのデジタルトランスフォーメーション」をテーマに、経理・財務、人事、営業管理といった企業の各機能のデジタルトランスフォーメーションについて掘り下げるWebinarシリーズを企画しました。第2回では、アフラック生命保険で上席常務執行役員CIO(最高情報責任者)を務める二見 通氏をゲストに招き、DXを加速させる理由やその戦略から、具体的なアプローチ方法までをお話しいただきました。