第1章
EV購入者とICE車購入者の違いに対応する
デジタルに精通したEV購入者であっても、高額な買い物をする際には、対面での安心感を求める。
今回の調査結果から、ICE車かEVかを問わず、どの購入者グループでも、オンラインでの購買行動をスタートする人が増加していることが分かりました。購入者は購買行動をオンラインからスタートする一方、その後の段階ではすぐに販売店へと移行します。新しく購入する車の下調べと情報収集では(ソーシャルメディア、サードパーティーアプリ、販売店やOEMのウェブサイトなど)オンラインチャネルの利用を好む人は、ICE車購入者で83%、EV購入者で90%を占めています。購入者は、オンラインのカーコンフィギュレーターや車のバーチャルリアリティビューアー、試乗のオンライン予約など、購入前でもデジタルチャネルを好むということが明らかになりました。
とはいえ「デジタルファースト」イコール「デジタルオンリー」というわけではありません。購買行動が進むにつれ、消費者の選好はシフトし、ディーラーを訪れて販売員と直接やりとりをし、実物の車を実際に体験し、見積もりを直接手にすることを好むようになります。そして、実際に購入する段階では、どの購入者グループでもオンラインチャネルより販売店を好む人が多く、その割合は2021年の54%から2023年には61%と着実に増加しています。
中でも最も注目すべきことは、ICE車購入者よりも、EV購入者の方が販売店での売買を好む人が多いことでしょう。EV購入者はデジタルに、より「精通」しているという印象があるため、これは意外な結果といえます。オンラインより販売店での購入を好む人が全体に占める割合は、EV購入者が64%、ICE車購入者が58%です。車と携帯電話では状況が異なり、デジタルネイティブであっても、住宅の次に大きな買い物をする際には、製品情報を直接聞いて安心感を得たいと思うのです。
今回の調査の結果から、消費者は、オンラインだけでは不便を感じる購買体験について、主な3つのポイントの強化をディーラーに期待していることが分かりました。
1. 知識習得と確信
特にEVはまだ消費者にとって比較的新しいジャンルの車であり、これまでICE車の購入経験があり、今回初めてEVを検討する人が多いと思われます。そのため、オンラインで得た情報で比較検討しますが、知識の豊富なディーラースタッフとより専門的な内容のやりとりをし、購入するのは、自分のニーズに合った車であるとの確信を得たいのです。
2. 製品の体験
バーチャルツアーは、ディーラーにとってもOEMにとっても貴重な集客ツールです。しかし、消費者はいまだに購入する前に、実際に車を体験することを好む傾向にあります。ディーラーを訪れて実際に車を体験する人の割合は、車購入者全体の66%で、2022年から3%微増しました。EV体験、すなわち、購買体験に役立つ、自宅でEVを所有し運転するのはどういう感じなのか、ということを確かめる方法に依然としてギャップがあると感じています。
3. 価格発見(取引価格が取引対象の価値を適正に表すこと)
OEMの間で固定小売価格の人気が高まっているとはいえ、今回の調査の対象となった消費者の過半数(EVとICE車、両方の購入者の60%強)は、目的の車の最も条件の良い見積もりを求めて、複数のディーラーを訪れることを好むと回答しています。ディーラーを訪れて見積もりを手にした人が車購入者全体に占める割合は、2022年から6%増え、61%でした。
第2章
顧客ペルソナ分析:推進派を安心させ、懐疑派を納得させる
ディーラーは、5つの顧客ペルソナグループで重要な役割を担っている。
今年のMCI調査では、購買態度に関する質問の回答を基に、全回答者のセグメンテーション分析を行い、EV志向度を調べました。その結果、回答者をEV懐疑派(最もEV志向度が低いグループを示すグラフの一番左)から、EV推進派(最もEV志向度が高いグループを示すグラフの一番右)まで、5つの顧客ペルソナグループに分類できることが分かりました。今回の調査結果を踏まえると、ディーラーは、推進派を安心させることから懐疑派にEVを検討するよう説得することまで、この5つのグループ全体で重要な役割を担っているといえます1。
EV推進派(購入者全体の13%)
EV推進派(Enthusiasts)はサステナビリティに特に熱心です。リスクを取っても、コストより性能を重視します。下調べと情報収集ではデジタルチャネルを好む人が一番多く、製品を試す際に、先進のデジタルを活用した体験型店舗を利用する可能性が最も高いグループです。
ところが、今回の調査でデジタルに関して最も先進的な推進派であっても、ベストな選択をしているという安心感を得ることを求め、購買行動の後半段階ではディーラーを訪れることを好む姿勢が顕著です。EV推進派の3分の2程度が、複数のディーラーを訪れて見積もりや実車体験を行うことを選択し、64%が、最終的な購入はディーラーで行う方を好むと回答しています(メーカーまたはディーラーのウェブサイトで購入する方を好むと回答したのは、それぞれわずか12%と9%)。イベントやソーシャルメディアプラットフォームを通じて、EV推進派と積極的に交流することでディーラーは強力な味方をつくり、その人たちをEVだけでなく、ディーラー自体のアンバサダーにすることができます。
EV懐疑派(全体の11%)
対照的に「EV懐疑派(EV Skeptics)」はエコ活動に否定的です。本質的に保守的でリスクを嫌い、何より手頃な価格を求めます。購買プロセスの全ての段階で販売店の利用を好む姿勢が顕著です。67%が情報収集に、65%が車の体験に、69%が最終的な購入にディーラーを利用しています。EVへの移行を達成するためには、このグループへの啓蒙が欠かせません。そして、一人一人の懸念に寄り添った個人的なやりとりを担うのはディーラーです。このグループは、他グループほどデジタルチャネルを利用していないか、あまり信頼していないため、デジタルチャネルを介してEV派に勧誘することはできません。
第3章
ギアチェンジする:OEMによる販売モデル変革
未来の成長に向けた扉を開く鍵を握るのは、より顧客中心のアプローチです。
顧客行動の変化と、EVへの移行を加速させるため、OEMは今、販売モデルを製品重視から顧客重視へと移行させる変革を進めています。その背景には、今まで以上に顧客中心のアプローチが未来の成長に向けた扉を開く鍵であり、それにより、顧客のニーズをより的確に満たすと同時にコストを削減できるとの認識があります。一方、従来型の販売店はこうした移行を進める中で、エージェンシーモデル(agency retail model)と直販モデル、どちらの販売・流通モデルを選ぶか、その選択を迫られています。
- 直販モデルとは、昔ながらの流通網を持たない新規参入組のOEMが好むモデルです。直販モデルでは、価格設定とカスタマージャーニーを、かなりコントロールすることができます。しかし、リーチ力と規模の構築には、OEM側からの巨額の投資が必要です。また、顧客ニーズの変化を把握し、それに迅速に対応できるだけのアジリティ(機動力)がなければ、顧客との距離を縮めても意味がありません。
- エージェンシーモデルは、昔ながらのディーラー網からの脱却を目指すOEM間で、人気が高まってきました。これは、従来の販売店流通網を最大限活用しながら、顧客に触れる機会を増やすとともに、価格設定と体験に対するコントロールを強めることができるモデルです。
従来のモデルからエージェンシーモデルへの移行はまだ始まったばかりで、多くのOEMが、どのように、かつどの程度のスピードで移行を進めるか試行錯誤しています。具体的には、一部の国・地域のエージェンシーに限った店舗の新設や、パワートレインタイプ別で販売モデルを分け、EVはエージェンシーのルートを介して、ICE車は従来の販売店で販売することなどです。OEMは、新しい販売モデルのニーズに合わせた規模の適正化を視野に入れ、既存ネットワークの規模と範囲にも着目する必要があります。
戦略は顧客の期待から離れすぎていないか?
OEMがどのような戦略をとっていても、また、こうした新しいモデルの理解と導入のどの段階にあったとしても、いずれのOEMも、以下のような消費者行動を巡る数少ない前提に基づいています。
- 購入者は、値引き交渉をするより固定価格を好む。
- デジタルチャネルは、製品体験と試乗において、フィジカルチャネルに取って代わることができる。
- オンラインチャネルは必然的に、車購入方法の主流になる。
とはいえ、こうした前提は、顧客の実際の行動と選好を巡る知見に完全に裏付けられたものではありません。セグメンテーション分析の結果から分かるように、車購入者にはさまざまなタイプがいて、それぞれ、EV購買行動のどの段階にいるかも異なります。OEMは、こうした潜在顧客が自社の予想通りに行動することを期待するのではなく、それぞれ異なる条件やジャーニーの段階に合わせて、潜在顧客に対応する必要があります。
デジタルチャネルの導入と販売店のコスト削減に力を入れると、OEMはディーラーとの間で築いてきた関係を損ねるだけでなく、顧客重視を強めるどころか弱め、また、購買体験を高めるのではなく低下させてしまい、長期的価値を創造する機会を逃しかねません。中期的には混合アプローチが鍵となります。EVを消費者にとって好ましい選択肢にするためには、モデルの拡充と航続距離の向上、インフラ整備、充電時間、コストに引き続き重点を置く必要があります。
第4章
新しいバリュープールに自らの居場所を見つける
新しい製品やサービスに合わせて既存のスキルと資産を変え、周辺領域を開拓しましょう。
思い込みではなく、顧客が求めているものを提供することが顧客中心だとすると、MCIのデータが示しているのは、デジタルを活用して充実した、魅力的で基本的にフィジカルな体験を顧客は好むということです。ディーラー訪問による個人間のやりとりは依然として高く評価され、購買行動の中核を成しています。
その一方で、持続可能な長期的価値を引き出すのであれば、ディーラーとOEMは、新バリュープールという新しい環境で、自らの居場所を見つける必要もあります。周辺領域とはどこか。自社で既に提供している製品やサービスに最も近い、顧客主導の新しい製品やサービスとは何か。既存のスキルや資産をどのように活用するのがベストか。
EYのMobility Value Poolsは、パッセンジャーモビリティ(乗用)で新たに生まれる収益機会を把握できるフレームワークです。またディーラーとOEMが、将来のバリュープールエコシステムにおける自らの居場所に関し、確かな情報に基づき長期戦略的決定を下す一助となります。車の販売・流通という領域で、新しいバリュープールにおける商機を開拓するディーラーとOEMにとって、以下の主な課題を検討することは不可欠です。
- 顧客データ:OEMは顧客データの管理強化を目指していますが、同時にそのデータを活用して、製品とサービス、アフターサービスを向上させる最善の方法を見いだすとともに、データの機密性を管理する必要もあります(これは、ディーラーとOEMの間におけるデータの双方向共有に加え、データ分析とインサイトの向上により実現させることができます)。OEMは、顧客との緊密な関係を収益に結びつける、新しい方法を模索することもできます。
- 店舗面積:OEMは、ディーラー網の規模を適正化する取り組みを進めながら(例えば、店舗形態や店舗閉鎖など)、顧客とのオンラインでの関わりを深める必要があります。他にOEMとディーラーに求められるのは、経営のスリム化と顧客体験の向上を可能にする新テクノロジーを統合して(バックオフィスとフロントオフィスの)、現在のオペレーティングモデルの見直しをすることです。
- 価格設定:OEMは、価格管理の強化により、ダイナミックで顧客中心の価格設定戦略を実施できます。その1つとして考えられるのが、価格バンドリングにより顧客ロイヤルティを高めるサービスを提供し、人工知能を活用して値引き予測とパーソナライズド・プライシングを提供することです。
従って、ディーラーとOEMに最高の結果をもたらす最適点は、顧客インサイトが、デジタルチャネルやフィジカルチャネルと交わり、かつ、既存の資産とスキルが新しいバリュープールと融合する所にあります。その最適点を見つければ、将来の自動車小売市場で生き残れるだけでなく、勝者になることができるはずです。
本記事の作成に当たり、Partner Strategy & Transactions, Automotive Hub and Angsuman Sharma, EY Global Advanced Manufacturing & Mobility AnalystのJan Sieperに深く感謝の意を表します。
サマリー
どの購入者グループでも、購買行動をオンラインからスタートする人が増加しています。ところが、購買プロセスが進むにつれ、消費者の選好はシフトし、ディーラーにも訪れるようになります。OEMとディーラーにとっての課題は、オムニチャネル型購買体験を提供により、新規および既存のバリュープールにアクセスし、自社事業の長期的価値を高めることです。