(1) リスクの識別における特徴
車両の電動化をはじめとする大きな変化を背景として、識別されているリスク項目はおおむね同じです。なお、完成車メーカーは自動車に対する規制対応についての責任を負う立場にあることから、規制対応を重視する傾向にあります。一方、サプライヤーは完成車メーカーからの要請に応えるための技術力に関する言及が多くなっています。また、部品等の供給責任への意識から異常気象等によるリスクに関する言及も多い傾向にあります。
(2) 機会の識別における特徴
完成車メーカー、サプライヤーのいずれにおいても、低排出量商品・サービスの開発・拡張を機会として捉えています。さらに、サプライヤーでは一歩踏み込み、気候変動への対応を経て開発された製品・技術により新市場への参入の機会が生まれると捉えている例も見られます。
(3) 両者の開示における特徴
両者を比較した場合、完成車メーカーの開示の方が充実している傾向にあり、特に①気候関連のリスク・機会がビジネス・戦略・財務計画に及ぼす影響の説明②気候関連リスクを管理するプロセスの説明および③自らの戦略とリスク管理プロセスに即して気候関連のリスクと機会を評価するために用いる指標の開示の3領域での差異が顕著となっています。
また、サプライヤーでは開示媒体もさまざまで、統合報告書やサステナビリティレポートではなく、従来の形式のままウェブサイトに直接記載しており、一覧性に欠ける開示となっている会社も多数あります。
2. 先行企業における開示動向
先行企業における直近2年間の開示動向として、TCFD実務ガイドに照らして開示が充実してきている傾向にあります。TCFD提言における4つの柱(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)ごとの開示動向は次の通りです。
(1) ガバナンス
気候関連の業績指標が、経営陣・管理職・従業員の報酬体系と連動していることを示す開示拡充がなされています。具体的な評価指標及びその測定方法やインセンティブへのウエートについても開示されています。
(2) 戦略
各企業ともシナリオ分析を経て識別したリスクと機会、これらへの対応策の関連性がより明確化されています。リスクと機会の重要度の整理と、それが具体的な戦略にどう組み込まれているかが示されています。
(3) リスク管理、指標と目標
中長期的な目標とそれに関連する指標を明示した上で、直近の実績が開示されています。目標と実績の比較開示を行うことにより、会社の取組みの進捗(ちょく)について説明しています。ただし、識別したリスクに対する優先順位付けや、財務諸表に与える影響の定量的評価はまだ限定的であり、改善の余地があります。
3. CDPへの回答と統合報告書等での開示の関係
各企業の気候変動対応においては、CDP(英国で設立された国際環境NGO)による質問書に対する回答が行われ、回答内容についてCDPによる評価が行われています。CDPへの回答においては、シナリオ分析を踏まえて識別されたリスク及び機会について、想定される金額的影響も含め詳細に記載すればするほど評価が高くなるため、各企業の回答内容は充実する傾向にあります。
一方、統合報告書やサステナビリティレポートに関しては、現状、各企業でマテリアリティがあると想定される領域に関しても、定量情報を含めた具体的な開示がCDPへの回答と比べると控えめである傾向があります。
今後、企業価値測定のための情報に関する外部からの期待に応えるためには、企業のサステナビリティに関する現状及び課題に関して十分な定量的・定性的な情報を提供し、それが企業の経営戦略にいかに組み込まれ、企業活動に反映されているかを、独自の統合報告書やサステナビリティレポート、もしくは有価証券報告書において明瞭に開示していくことが必要と考えられます。