鶴田 北川先生は一般社団法人 ESG情報開示研究会代表理事をはじめ多方面でご活躍をされ、わが国におけるサステナビリティ情報開示研究の第一人者でもあり、ライフサイエンス業界を専門とした元証券アナリストとしてのご経歴もお持ちです。本日のディスカッションは、情報開示の先端を行くといわれているライフサイエンス業界を例に、EY新日本の冨田を交えて3名でお話を進めさせていただきます。
早速北川先生にお伺いします。近年、投資家のタイプは多様化しているといわれており、それぞれの投資家の情報ニーズに応じた開示をしていくことが大切であると考えられます。この点について、お考えをお聞かせいただけますでしょうか。
北川 私はライフサイエンス業界のアナリストを20年ほど経験し、その後大学で約20年間教えています。その間、継続的に医薬品やライフサイエンスの業界分析を進めてまいりました。そうした経験を踏まえて本日はお話できればと思います。今、鶴田さんからご指摘があった投資家の多様性ということですが、投資家を3つのタイプに分類すると分かりやすくなると思います。
鶴田 3つのタイプの投資家とは?
北川 「長期アクティブ投資家」「パッシブ投資家」、そして「社会インパクト投資家」です。まず長期アクティブ投資家というのは従来の投資家を想定していただければいいと思います。長期の企業価値予想に基づいてファンダメンタルズ価値を重視する投資家ですね。ライフサイエンス業界の場合、アナリストは5~10年というサイクルの調査によってファンダメンタルズ価値を分析します。対してパッシブ投資家はファンダメンタルズ価値への関心が薄いのですが、今日ではガバナンス行動指針などにサステナビリティやESGを考慮すべきことが明確に打ち出されているため、パッシブ投資家の間にもこれらに対する関心が高まっています。とはいえ基本的にはパッシブ投資家はESGなどの分析に即して積極的に行動しているかというと、一部を除いてはそうでもないというのが私の見解です。そして社会インパクト投資家は、企業のサステナビリティ活動やESG活動に対して非常に積極的に振る舞う投資家です。例えば環境問題についても期限や目標を定めて企業に訴えていくなど、アクティブに行動することを目的に投資を進めていく投資家です。
鶴田 それぞれ重視する情報が異なっているわけですね。
北川 企業価値測定の目的から考えると、大きく分けて「長期業績予想に基づくファンダメンタルズ価値の測定」および「サステナビリティ活動の社会価値への影響の測定」の2つのタイプがあり、長期アクティブ投資家は主に前者、パッシブ投資家や社会インパクト投資家は主に後者を重視します。ただし、どちらか一方ということではなく、それぞれのタイプで比重が異なるということです。アナリスト時代の私は長期アクティブ投資家として、長期の業績予想から企業の投資価値を測定するという役割を担っていました。その場合にサステナビリティやESGについて考慮しないかというと、決してそうではありません。10年というサイクルの中で経営者の姿勢や環境問題、人権問題への配慮は当然考慮します。そうした諸課題について具体的に企業から投資家に報告するのが「報告書」です。
鶴田 北川先生は「ファイナンスリポート」「価値創造報告書」「サステナビリティ報告書」の3種の必要性をアピールされています。
北川 特に長期アクティブ投資家を想定する場合は「ファイナンスリポート」が重要だと考えています。サステナビリティ投資やESG投資が盛んな昨今、ファイナンスリポートを軽視する風潮もありますが、それは誤った考えであり、きちんとした財務情報を出すべきだと私は考えています。
「価値創造報告書」はライフサイエンス関連の企業としてどのような価値創造を行うのか、どのように利益率を高めていくのかということを具体的に語る報告書のことです。一般的に「アニュアルレポート」「統合報告書」と呼ばれているものですが、その充実が必要になるということです。この2つは特に長期アクティブ投資家を念頭に置いたものですが、多岐にわたるサステナビリティ活動、ESG活動について詳細に報告する「サステナビリティ報告書」はやや肌合いが異なり、パッシブ投資家や社会インパクト投資家を考慮する場合、とても重要になります。企業においては、これら3種類の報告書を念頭に置き、充実を図ることが求められているのではないかと思っています。
鶴田 北川先生、ありがとうございます。投資家といっても、そのタイプはさまざまであるということが理解できました。整理しますと、市場平均を上回るパフォーマンスの獲得を目指して投資先企業の選別を行う長期アクティブ投資家、投資先企業の選別を行わず、市場全体に投資するパッシブ投資家、そしてESG推進そのものを重視する社会インパクト投資家の3タイプということですね。企業は各タイプの投資家の情報ニーズに応じて、どのような情報を、どのような媒体を使って開示していくのかを十分検討し、投資家とコミュニケーションしていく姿勢が重要であると感じました。