第1章
法令の改正が移転価格にどのような混乱をもたらしているか
リソースの少ない専門家を中心に、回答者の3分の2近くが移転価格調査件数の増加を予想しています。
外部的変化はあらゆるところで見受けられており、企業はサプライチェーンの新たなソリューションを模索し、デジタルトランスフォーメーションへの取り組みは進行しつつあります。税務規制と租税政策が記録的スピードで変化する中、税務部門はサプライチェーン構造の整備や守備を行うとともに、税務環境全体の変化にも対応できるよう企業の動向と歩調を合わせることが求められています。
4人に3人以上(グローバル:76%、日本企業:85%)の調査回答者が、グローバルな税制改革での変化の大きさ、ペースの速さ、複雑さへの対応を余儀なくされていると答えています。また、71%(日本企業:63%)は税制改革により自らの組織に対する移転価格関連コストが増えていると回答し、そのうち30%(日本企業:26%)が今後はこのコストが少なくとも10%増加するとしています。さらに、58%(日本企業:46%)が移転価格リスクの重要な要因として、新たな法令の制定または法令の改正を挙げました。改正が、移転価格に対し最も重要な影響を与えていると回答したのは25%(日本企業:18%)、2番⽬は20%(日本企業:15%)、3番⽬は13%(日本企業:13%)です。
「今私たちが目の前にしているのは、これまでで最も抜本的な国際税制改革です」と、EY Germany International Tax and Transaction Services Co-LeaderのOliver Wehnertは述べ、「現在、議題の中⼼となっているのは、OECDのプロジェクトであるBEPS 1.0と2.0(税源浸⾷と利益移転)とその国際課税原則を⾒直したPillar 1(第1の柱)とPillar 2(第2の柱)です。Pillar 1が市場国への利益移転に焦点を当てているのに対し、Pillar 2は国際最低税率に関する議論を促すことに主眼を置く内容です。国際最低税率についてはG7(先進7カ国⾸脳会議)がすでに15%以上とすることで合意しています」としています。
経済協力開発機構(OECD)の税源浸食と利益移転(BEPS)の包摂的枠組みが推し進める税制改革は進展しつつある段階ですが、「それは、グローバルなコンセンサスと思われるものに基づいた取り組みであるため」とWehnertは続け、「この包摂的枠組みには140カ国が参加し、国際税務における枠組みの整備と一貫性の向上に向けて一致団結して取り組んでいます」と述べています。
他にも多くありますが、これらの要素を踏まえると、大きな転換が図られることは間違いありません。それでもなお、グローバルな課税ルールを統一する取り組みを企業は支持する必要があり、「世界の各地域や各国が相反する原則に基づき独自のルールを打ち立てるという状況は、避けなければなりません」とWehnertは提言し、「それに二重課税問題が重なった場合、さらに事態は悪化するでしょう」としています。
すでに動き出している国々
こうした中ではありますが、一部の国は原則に対するグローバルなコンセンサスを得るのを待たずにすでに動き出しており、その結果、税制環境全体のリスクと複雑さが増しています。BEPS 2.0が最終決定される前であっても、「同種の役割を果たす目的としたユニラテラルな税制措置により、各国が異なるスケジュールで動くことを私たちは目の当たりにしています」と、EY Global Tax Controversy LeaderのLuis Coronadoは述べ、「大規模な変更が行われる前から、企業はそれぞれ異なる数多くの措置に対処しようとしており、このような各国の動きが新たな係争を招くことになるのです」と説明しています。
EY Global Operating Model Effectiveness LeaderのJay Camilloも、特に米国については同じ意見であり、「バイデン政権が提案している内容と、OECDが示す世界規模の指針に重なる部分が非常に多いことは紛れもありません」とCamilloは述べ、それは恐らく「意図的なものでしょう。米国全体が一斉に多国間主義重視に移行していることは明らかです」と付け加えます。
バイデン政権の税政策は、「BEPS 2.0における多くの提案、特にPillar 2との幅広い密接な関連性」が認められるとの見解をCamilloは示しています。これには、G7諸国が求めている15%以上の最低税率が含まれており、また、G20による幅広い取り組みに参加している140カ国に対し、G7諸国は支援を呼びかけています。
「国際最低税率が導入された場合、利益が課税されるかどうかではなく、どこで課税されるかでもなく、税金がいくら納められるかになることが最も重要な問題となるような、抜本的な転換が起きるでしょう」とCamilloは語ります。このような転換が起きることで、二重課税を受けた場合、その側面を管理するという重い負担が税務部門にかかります。究極的には「税務部門がビジネス部門と一心同体となり、経営モデルの進化をリアルタイムで文書化し、いつ調査を受けてもいいようにデータを用意しておく必要があること」を意味すると、Camilloはみています。
EY Japanによる考察
BEPS1.0に対応して、平成28年度税制改正により移転価格税制に係る新たな文書化が導入されています。国別報告事項により課税当局が容易に納税者の各国における納税状況などを把握することができるようになった理由から、自国での納税が過少でないかとの観点での税務調査がますます増加するものと考えられます。
また、ローカルファイルにおいてその実績値が独立企業間レンジの範囲内に位置しない納税者や不用意にフルレンジを用いて海外子会社の高い実績値をサポートしている納税者については、課税の憂き目にあうことが想定されます。
さらに、平成31年度税制改正により導入された無形資産に関するDCF法や所得相応性基準は、令和2年4月1日以降開始事業年度より適用されることとされています。今後当該項目につき税務調査にさらされることになるため、企業はそれに対抗すべく十分な文書化などを行っておく必要があります。
BEPS2.0のPillar2(15%最低課税)は、CFC税制と似た制度であるものの、日系企業数百社に対し令和5年4月1日以降開始事業年度より重複して適用される見込みです。その仕組みは同様に複雑で、個別取引のデータが必要になることもあるため、必要なデータの入手可能性などにつき十分な事前検討が必要となります。
また、Pillar1(デジタル課税)のAmount Aにつき日系企業は10社未満しか適用対象ではないものの、対象企業においてはこちらも同様に十分な事前検討が必要です。なお、本枠組みが実施されるかどうかは、米国議会の承認次第とも言われているため、その動向には十分注意を払う必要があります。
第2章
企業によるグローバルサプライチェーンの見直しと再構築
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はつい最近生じたディスラプション(破壊的創造)であり、税への影響に対処すべく企業はいまだ格闘を続けています。
「世界中の企業がサプライチェーンの根本的な見直しを進めています」と、EY Asia-Pacific Operating Model Effectiveness LeaderのEdvard Rinck。「企業は数十年にもわたり、無駄を省いた直線的で長いグローバルサプライチェーンを構築してきましたが、10年ほど前からはこのような考え方を見直し始めています」と述べています。
たとえコストが上昇しても、場合によっては、補給品を事業拠点や顧客の近くに保管し、サプライヤーを多めに確保し、在庫を増やした方が確実にリスクの軽減につながります。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴うサプライチェーンの混乱が、この傾向を加速させているのは紛れもない事実です。
しかし、Rinckが説明するように、「コロナ禍になるずっと前から、サプライチェーン内では、アジリティ(機動力)、フレキシビリティ(柔軟性)、レジリエンス(回復力)の強化に向けた抜本的な転換が本格化していました」。その要因としてRinckが指摘しているのは、いずれも2011年に発生した日本の地震と津波、タイの洪水に加え、米国西海岸の港湾労働者によるストライキなどの国際的な事象です。
直近では、「トランプ政権による対中追加関税や、バイデン政権下でも続く中国との貿易交渉に伴う混乱があります。北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉、そして欧州連合(EU)との鉄鋼・アルミニウム関税を巡る対立も見られました。パンデミックへの対応はサプライチェーンにとって優先課題ですが、既存のさまざまな問題への対処も同じく重要です」と述べています。
ディスラプション(破壊的創造)から学ぶ
新型コロナウイルス感染症は、まさに変化への強力なきっかけとなり、その拡大による混乱が、長くて貧弱なサプライチェーンが抱える大きなリスクを顕在化させました。調査回答者は、この混乱が少なくとも今後2年間続くとみています。EY Greater China Transfer Pricing LeaderのTravis Qiuは、さほど目立たないかもしれないものの、グローバルな税制改革もサプライチェーンの再構築を促す強力な要素になると述べています。BEPSや関連法令に基づく国際最低税率、実体ルール、源泉地国・地域への利益分配や関連要素により、低コストと大量生産を基本とした、広範なサプライチェーンのメリットが減少しています。
Qiuは「短期的には、事業の継続、とにかく業務を回していくことが最重要課題です」としながら、次のように続けています。人々は今「このような混乱からどのような学びを得ているのか、またコストよりレジリエンス(回復力)を優先するためには、何をする必要があるのか」と自問しているところです。今後「企業は複数のサプライヤー、場合によっては複数の製造拠点を利用して、フレキシビリティ(柔軟性)を高めていくことになるでしょう。また、人々はデジタルツインを活用し、選択肢をより的確に評価できるようになります。その結果、このような企業そのものと顧客の変化に伴うサプライチェーンの転換が一段と増えるはずです。グローバルサプライチェーンで今起きていることはいずれも、サプライチェーンの地域化の促進とサプライチェーンの数を絞った上での分散化が起きることを指し示しています」
環境・社会・ガバナンス(ESG)情報開示の拡大もまた、改革圧力を生んでいます。シンガポールのErnst & Young Solutions LLPのパートナーで、経営モデルの有効性について調べているNick Muhlemannが説明するように、「コンテナの容積を最大限効率的に活用するために、可能な限り標準化し、何トンもの複数ユニットをパッケージ化して、最も低い陸揚げ費用に抑えても、それを非常に長い距離輸送した場合は、依然として膨大な二酸化炭素が排出され続けることになります」
「ESG問題に対する世界の関心が高まっていますが、EUでは既にサプライチェーンがこの問題による影響を受けていることはデータなどから明らかです。例えば、ドイツはサプライチェーン上の人権侵害や環境関連などの違反に対する責任を企業に負わせる法律を制定したばかりです」とMuhlemannは述べています。
企業の進化に伴い、移転価格も進化させなければなりません。今回の調査で、今後3年間で移転価格に対するアプローチに「極めて大きい」または「大きい」影響を及ぼすと経営幹部が考えている要因は、ビジネスモデルの変更(グローバル:59%、日本企業:61%)、サプライチェーン(グローバル:46%、日本企業:52%)、働く場所の自由化(WFA)の実践(グローバル:56%、日本企業:49%)、ESGの圧力(グローバル:53%、日本企業:51%)でした。不確定要素があまりに多いため、Rinckは「移転価格チームがビジネス部門と連携することの重要性がかつてないほど高まっている」とみています。
その一方で、今回の調査結果によれば、回答者の58%(日本企業:53%)が主要なビジネス上の意思決定に全く関与していない(グローバル:3%、日本企業:5%)、一部にしか関与していない(グローバル:24%、21%)、あるいは事後的にしか関与していない(グローバル:30%、日本企業:27%)ことが分かりました。興味深いことに経営幹部に限ってみると、その割合はそれぞれ2%、15%、29%です。全体的に見て、経営幹部の55%が移転価格部門は「概して、全ての決定に初めから関与している」と回答しているのに対して、同じように答えた調査回答者は42%にとどまりました。世界の進化の仕方を考えると、「このギャップを埋める必要があります」とRinckは述べています。
働く場所の自由化(WFA)
再構築されているのはサプライチェーンだけではありません。職場そのものの見直しも進められています。大部分はパンデミックのおかげで、働く場所の自由化(WFA)に向けた動き、つまり未来の職場は概念から実践へとの移行が加速してきました。グローバルな税制改革における基本推進原則は、収益認識を物理的拠点に沿ったものにすることです。すなわち、BEPS時代の移転価格では、従業員がどこで働くかが非常に重要になります。
EY Germany TP LeaderのAlessia-Maureen Dicklerは、「パンデミックで、私も含め全ての人が自宅で仕事をしています」と述べています。当初はロックダウンの最中で、在宅ワーク以外の選択肢がありませんでした。「しかし、今では当たり前になっただけでなく、労働者がこの在宅ワークを望んでおり、実際のところ、人材を呼び込む手段として企業側も在宅ワークを推し進めています」と続きます。
一方、問題となるのは「従業員がどこで仕事をし、どこに住んでいるかが、数多くの複雑な課題をもたらす可能性がある点です」とDickler。特に、意思決定やリスク管理などの重要な役割を担うことの多い、高収入で高い価値を生む人材は、移転価格への対応を困難にしています。「こうした労働者は重要な意思決定を行い、それが価値を創出することから、彼らがどこで働いているかが極めて重要になります。恒久的施設と経済的実体は利益分配を推進する要因ですが、スタッフの拠点がどこにあるかも、付加価値課税と個人への課税に関して新たな問題を引き起こしており、その全てを考慮に入れなければなりません」とDicklerは語ります。
さまざまな国と地域
49%の回答者(日本企業:79%)が、スタッフの海外異動による影響を今後2年間にわたり受けると予想しています。
実際のところ、調査回答者の47%(日本企業:79%)が「従業員や経営幹部がフルタイム雇⽤の管轄区域以外への異動による影響」を現在受けており、また49%(日本企業:79%)が今後2年間でこの影響を受けると思うと答えています。同時に、働く場所の自由化(WFA)時代の到来が、アジリティ(機動力)とフレキシビリティ(柔軟性)を高めるきっかけとなる可能性があることは言うまでもありません。⼀⽅、調査回答者の75%(日本企業:89%)が現在、移転価格分野での⼗分な⼈材の確保にかなり苦労していると答えています。ここで役立つのが、リモートコラボレーションを可能にするテクノロジーです。この活用で、経営幹部はより広範囲の地域から人材を集めることができるようになります。
とはいえ、こうしたバーチャルワークフォースや移動性の高いモバイルワークフォースとそれに対応した管理体制ではアジリティ(機動力)が得られる反面、複雑さとリスクも高まります。もう1つ注目されるのは、デジタルトランスフォーメーション後の企業が、どの程度分担して知的財産(IP)を創造しているかどうかです。
Wehnertが言うには、デジタルイノベーションの拡大がクロスボーダー企業に新たな課題をもたらしているということです。「企業は変革を進めています。誰もがデジタルベースで働くようになると、社員が革新的になっていく様子が見られ、その結果、顧客向けの新たなデジタルサービスが生まれたり、サプライチェーンのプロセスがデジタル化されたりするでしょう」と述べ、「一方、多くの企業、特にテクノロジー企業ではない企業は必要な経験がない場合もあり、知的財産プロセスを適切に管理できていません」と指摘します。
第3章
税制改革とサプライチェーン変革の重なりで税務係争が増加
回答者の65%(日本企業:89%)が知的財産や恒久的施設を巡る係争などにより、移転価格調査が増えると予想しています。
こうした急速に変化していく税法を背景として、サプライチェーンの構造的転換、働き方と働く場所の抜本的な変化が連鎖し、強固で独断的な税務執行環境も見られるようになっています。基本的なところでは、透明性の向上を義務付け、それを使用することに加え、税務当局は現在国境を越えてお互いに協力し合っている状況ですが、今後ますます予想されるのは、企業が共同調査、または場合によっては多国間調査を受けることです。
一方では、2年近くに及ぶロックダウンと、それに伴う景気刺激策や支援策の支出を受けて、ほとんどの国が通常時と比較し、さらなる税収の確保を求めるようになるでしょう。すなわち、「財源を拡大し、多くの税務当局により多くのリソースを与えて、調査を推し進めようとしているのです」と、Coronadoは述べています。
移転価格調査
65%の調査回答者(日本企業:89%)が、今後3年間で移転価格の調査件数の増加を予想しています。
実際のところ、調査回答者はより頻繁で厳しい調査の時代を予想しています。回答者の65%(日本企業:80%)が移転価格の調査件数が増えると予想したほか、53%(日本企業:63%)が⽂書精査の厳密化を予想し、48%(日本企業:63%)は多国間問題やバリューチェーン全体を頻繁に調査するような、⼀般的により厳格な調査を予想しています。精査対象となる可能性が最も高い項目では、次の知的財産関連がトップ3に入りました。資産の所在地と所有権、リスク制御(グローバル:38%、日本企業:63%)、恒久的施設(グローバル:37%、日本企業:47%)、本社と経営陣によるサービスの取引(グローバル:36%、日本企業:32%)です。調査活動件数の単なる増加よりも大きな問題となるのは、おそらく執行アプローチの変更と、税務当局が企業に対して開示を求めている情報レベルの変化でしょう。
透明性の向上と執行戦略の変化
「昨今の納税者は、前例のないレベルで情報の透明性が求められています」とCoronadoは述べ、「国別報告書、移転価格のマスターファイルとローカルファイルには、広範囲にわたる新規かつ立案中の国内要件が補足され、さらに納税者情報の自動変換データが対として加えられています。税務当局はこうした情報を活用して、税務調査官による主観的な精査を補完する新たな方法を得ています」と語ります。調査自体は詳細化してきており、国と地域が自動的に評価を出すことも予想できますが、それに対して異議を申し立てる場合、その異議を立証する負担が納税者に課せられるという点があります。
次の点は、税務当局は主要な経営判断にも厳しい目を向け始めているということです。「米国の税制改革法では、独立企業間価格と現実的に利用可能な代替価格を比較分析できることをアメリカ合衆国内国歳入局(IRS)に認めています」とCamillo。「納税者にどのような選択肢があったかというレンズを通して、納税者の事業構造、取引関係、その他どの選択肢が取られたか、また、これらの取引相手との取り決めがどのようなものになったかについて、それぞれどのような予測を立てたかという視点から綿密に調べているのです」と説明しています。
そして、非常に重要となるのは、「さまざまな選択肢の下で、当事者が負うリスクの違いは何かという点です」とCamilloは言い、「ライセンス契約、コストシェアリング、その他の選択肢に着目し、税務当局はなぜこちらを選ばなかったのかと質問をしてきます」と付け加えます。
そのため、企業は最も可能性の高いものだけでなく、さまざまな予測と、想定されるさまざまな結果を考慮に入れて検討し始めることになります。「分別のあるビジネスパーソンであれば、取引関係、提案や取り決めで想定される結果を、特にリスクに重点を置き、焦点を当ててどのように評価するかを証明する必要があります」とFultzは述べています。
欧州のみならず、あらゆる国と地域にて
世界に目を向け、「税務当局は、より多くの税金を早急に徴収することを求める圧力にさらされています」とCoronadoは指摘します。当人いわく、その解決策が税務リスク管理に対するアプローチの厳格化ということです。「常に、原則を優先させなければなりません。今まで以上に法廷寄りかつ詳細な調査の時代では、移転価格調査にあらかじめ備えることが企業には求められます。その際には、提示する必要のある新しい種類の証拠を考慮に入れるだけでなく、調査官がどのような戦術を新たにとる可能性があるかを把握し、それも念頭に置くべきです」としています。
総括すると、Camillo、Wehnert、Fultz、Coronadoの4人全員が、今後は調査と係争が著しく増え、その内容も突っ込んだものになるとみています。
今後について、「より多くの法案を取りまとめる国と地域がますます増える中、方向性について大まかな合意がなされているように見えるとはいえ、統一性を確保できる保証はありません」とEY Europe West Transfer Pricing LeaderのJan Bodeは述べ、「多くの変化と複雑さがあり、その全てが大きなリスクにつながります」と指摘しています。
こうした理由から、CoronadoとBodeは共に、国内および多国間のどちらにおいても、事前確認制度(APA)などの手段や、OECDの国際コンプライアンス保証プログラム(ICAP)のようなプログラムに改めて関心が集まっていると述べています。
Coronadoいわく、概して「係争が起きた場合、できるだけ早い段階で対応策についての検討を始めるべきだと思います。具体的には、ガバナンス、チーム編成、統制、プロセスを横断的に見るとともに、紛争防止・解決プログラムをより幅広く活用することが必要です。つまり、データ、人材、プロセスに目を向け、目的に合ったものにするために、改善すべき点がないかどうかを今すぐ見極めることが求められます」。続けて、「税務リスク評価の結果を見て、そのリスクの管理体制、次に紛争管理体制と訴訟手続きもチェックしてください。概して、今は税務係争アプローチ全体を優先課題とし、見直すチャンスだと思います」と語ります。
企業の56%(日本企業:63%)は、移転価格の⽂書化制度の要件を必要最⼩限順守するという対応をとっており、35%(日本企業:61%)は係争に対する責任を現地と本社とで分担するという対応をとっています。そのため、税務当局への対応を統⼀する必要性と分権化の必要性とのギャップも埋める必要があるでしょう。
今回の調査結果からは、数多くの変化に対応し、ビジネス部門と並走する上で必要なリソース調達とプロセス関連のギャップの解消法を企業が会得したことを示す証拠は得られませんでした。複雑さが増す中、50%(日本企業:26%)が移転価格業務の増加に伴い予算が増えると予想していますが、その額は微々たるものです。企業がさらなるリスクを負わない限り、移転価格関連の現在の予算は十分とは言えないのが現状です。そうした中、移転価格の執行は積極化しつつあります。税務係争が増加する中で、税務部門が持続可能で柔軟性の高い経営モデルを構築し、税務当局からそれを理解してもらうためには、ビジネス部門との連携が不可欠となるでしょう。
対策を取りまとめる
同じく、係争が今後著しく増加する時代になるとみているのは、EY Global International Tax and Transaction Services Controversy LeaderのJoel Cooperです。「係争の増加は間違いなく進んでいくでしょう。係争件数が増え、対象となる範囲と詳細度も拡大し、税務当局からの期待と要件の度合いも強まるはずです」と指摘しています。
実際、回答者の56%(日本企業:42%)が移転価格には不確実性があるとみています。それが不安定な環境を生み、過去の解決事案や訴訟事例が、現在の執行の指針にはならなくなっているととらえられています。また、いまだに過去の経験から移転価格リスクの評価をしている回答者が50%(日本企業:21%)を超えており、現在の移転価格調査での解決⽅法と、その要件の内容を理解する必要性が⾼まっています。
「調査は今後、長期化かつ厳格化するはずです。要求される情報の範囲が広いため、税務当局は想定し得る限りの情報を活用することになるでしょう」とCooperは続け、「ソーシャルメディアから、他国への申告に至るまで、あらゆる情報の活用を望むようになるはずです。また、調査に対するこのようなエビデンス重視のアプローチが広がるにつれ、税務当局は『論より証拠』といった体制への移行を強く推し進めるようになるとみられます」と語ります。OECDによる開示目的でリストされた特定項目に加えて、要求された情報が含まれることもあります。
EY UK & Ireland Transfer Pricing LeaderのMikael Hallは、特に各国の税管轄区域に注目し、「各区域は企業や国の垣根を越え、バリューチェーン全体を調べるようになっています。今後は、関税と研究開発税額控除の申告に着⽬し、それが移転価格文書とどのように合致しているかを確認していくはずです。また、世界全体と各地域の利益率や他国でとられた裁決と立場を見て、矛盾がどこにあるかを今後は確認していくでしょう」と予想しています。実際のところ、企業は係争管理において最重要視すべき点として、税務当局によるデータ分析、情報共有、調査の規模を挙げています。
移転価格担当の経営幹部については、「より積極的に係争管理に取り組むことが求められるようになるはずです。そのためには、業務の合理化、簡便化、自動化に全力を尽くし、係争に向けた準備と対応に、リソースをより(手厚く)振り向ける必要があります」
さらにCooperは、バイラテラルとマルチラテラルのAPAや、場合によってはICAPなどの⼿段を利⽤し、より確かな保証を求め、また、相互協議(MAP)による⼆重課税の解決をより積極的(かつ、より頻繫に)試みる企業が増えるとみています。
また、「係争のリスクの高まりに伴い、さらなる保証を求める企業が増えるのではないかと感じています」とし、「そのため、これらの手段を利用してリスクを軽減し、二重課税を回避する企業も増えるでしょう」と語ります。
興味深いことに、大規模な移転価格部門(専任の担当者が30名以上)を擁する企業が、市場で最も大きな動きとしたのは、移転価格の係争解決プロセスの目覚ましい向上でした。一方、同部門の規模が小さい企業では、この順位がそれほど高くありません。
EY Japanによる考察
日本においても移転価格リスクは高まっています。それは、1)移転価格同時調査の開始、2)リスクベースアプローチ、3)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響という3つのキーワードで理解することができます。
国税庁は、2020年7月から通常の法人税調査の際に移転価格についても同時に調査できる体制を整えました。最近こうしたことにより、法人税調査の際に、国外関連者との取引が調査対象になるケースが急増しています。この傾向は、国税庁が2021年6月に、「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取り組みの見直し」の一環として導入した「リスクベースアプローチ(RBA)」によっても加速しているようです。同アプローチは、高リスク項目に対して調査資源を優先的に配分するというものです。2021年7月に行われた大阪国税局長の就任記者会見では、今後の優先的な調査対象の1つとして国際取引がアナウンスされていました。国税庁は、他国と同様、新型コロナウイルス感染症の影響について注目しているため、本対応も重要です。
移転価格上の二重課税の問題は、基本的には相互協議で解決を目指しますが、最近の日本税務当局は、相互協議での解決が(欧米諸国と比べ)困難なアジア新興国との取引を積極的に調査対象としてきており、今後は不服申し立て・訴訟も増えていくものと予想されます。
第4章
移転価格部門が課題に対応していく上で自動化が役立つ理由
デジタルトランスフォーメーションにより関連会社間のプロセスを変え、より価値の高い業務に人材をシフトさせることができます。
デジタルトランスフォーメーションが、効果と効率の向上を目指す企業をあらゆる面から生まれ変わらせています。さまざまなテクノロジーが、企業による業務プロセスの合理化と変革を可能にし、時に業界全体のディスラプション(創造的破壊)を引き起こしているのです。
ところが、移転価格については、企業が課題の克服にテクノロジーをうまく活用できずにいることが、今回の調査から分かりました。例えば、データ収集プロセスについては、企業の72%(日本企業:89%)で複数のITシステムが必要となることから難易度が⾼いと感じており、76%(日本企業:89%)ではそれに伴い品質問題が多く⽣じていると答えています。しかし、このプロセスにツールを活用しようとしている企業は驚くほど少ないのが現状です。一方、ツールが活用されることが多いのは、データや情報の保管とプロセス管理です。
「昨今、移転価格関連業務の多くが細分化されているというのは、誰もが認めるところではないでしょうか。移転価格のプランニング、運用化、文書化、係争は、それぞれを担当する部門の業務が比較的サイロ化してしまっているのです」と、EY Americas Transfer Pricing LeaderのKatherine Pinzonは述べています。
EY Americas Intercompany Effectiveness LeaderのRobbert Kaufmanもまた、同じ意見です。「⼤部分が⼿作業であり、複数のスプレッドシートなど、まったく異なるソースのデータから整理していかなければなりません」とKaufmanは⾔います。「しかも、サプライチェーン、資⾦、財務など、移転価格に影響を与えたり、移転価格の影響を受けたりする別部⾨との⼀元化が⼗分に⾏われていないように⾒受けられます」
Muhlemannが⾔うように、「関連会社については、企業はいまだに⼀気通貫のプロセスではなく、段階的なプロセスだと考えている」ことが指摘されていますが、同時に、多くの企業がデジタルトランスフォーメーションという課題に取り組んでいるところです。「今は、すぐに活用して負担を軽減し、移転価格業務全体の質を高めることができるテクノロジーが充実しています」とMuhlemannは述べています。移転価格チームがプレッシャーを感じていることを踏まえると、「経営幹部はできるだけ早く、かつ深く、デジタルトランスフォーメーションに関与し、データ、自動化、レポーティングに関わるプロセスを対象に加え、また、これらに関わる要件を組み込む必要があります」と続きます。
EY Global International Tax and Transaction Services Technology and Transformation LeaderのCornelia Wolffも、SAPのエンタープライズ・リソース・プランニング(ERP)のレガシータイプからSAP S/4HANAへの移行など、ERP関連の取り組みにできるかぎり関与することを、移転価格担当の経営幹部に提言しています。適切に対応をすれば「データとプロセスを一気通貫でデジタル化し、サプライチェーンや財務部門と足並みをそろえることができるはずです」とWolffは意見しています。
テクノロジーを活用して、少ないリソースで多くの成果を上げる手段としては他に、可能な範囲でのアウトソーシングとコソーシングの活用があります。「外部の事業者との協働は非常に大きな価値がある」とKaufmanは述べ、「係争が増え、複雑化する中、移転価格チームは、調査の準備や対応など、より価値の高い問題に集中できるように、ルーティン業務の作業量の負荷をできるだけ減らす必要があります」と指摘します。さらに、アウトソーシングとコソーシングは「移転価格業務のアジリティ(機動力)とフレキシビリティ(柔軟性)を高め、かつ、この業務により注力する上で不可欠な手段である」と述べています。
係争とビジネスの変化に起因する作業量の増加に迅速に対応するための鍵となるソリューションは、メガトレンドの1つにあります。デジタルトランスフォーメーションが、企業をあらゆる面から作り変えています。一方、これと同様のデジタル化を利用すれば、移転価格業務が効率化でき、また、業務に注力を向けることができます。
今後の取り組み
移転価格担当の経営幹部全般に言えることですが、今まさに、取り組むべき課題が増えつつあります。Fultzは「限りあるリソースを最大限利用するためには、合理化と自動化が必要であり、事業が何を必要としているかに焦点を合わせ、係争には先を見越して対応しなければなりません。今後はほぼ常に圧力にさらされることになるため、アジリティ(機動力)とフレキシビリティ(柔軟性)も求められます」と結論付けています。
その一方で、最後に「かつてないほど実力が試されることになりますが、成果を出すことができれば、会社に非常に大きな価値をもたらすことができる可能性があります。それに備え、移転価格担当の経営幹部は、リソースの現状と何に重点が置かれているかを把握しておく必要があります。必要な効率化を図り、アジリティ(機動力)とレジリエンス(回復力)を備えたいのであれば、移転価格部門は各チームとビジネス部門との連携を強化するだけでなく、自らのプロセスを合理化し、デジタルモデルを導入する必要もあるでしょう」と述べています。
サマリー
EYが実施した2021年の移転価格動向調査から、企業が市場のさまざまな課題に対応するため、移転価格部門のアジリティ(機動力)とレジリエンス(回復力)を高めようとしていることが分かりました。グローバルな税制改革、サプライチェーンの移行、税務係争の増加、デジタルトランスフォーメーションなどが、このような圧力となっています。解決策の1つは、移転価格業務のデジタル化です。