9 分 2024年1月30日
氷山を通過する科学調査船

世界情勢の混乱は国際貿易にどのような機会をもたらしているか

執筆者 EY Global

Ernst & Young Global Ltd.

9 分 2024年1月30日

地政学的な不透明性が続く今こそ、間接税・貿易部門が真価を示すときです。

要点

  • 間接税部門のリーダーは、さまざまな方法で貿易を促進し、組織の混乱を軽減することができる。
  • 間接税・貿易部門は、コスト圧力が高まる時代において自らの価値を示すために、重要な行動を取る必要がある。

 EY Japanの視点

国際貿易の分野においては、2010年代より各国・地域での保護主義的な動きが強まり、さらに2020年代には新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行や緊迫するウクライナ・中東情勢などサプライチェーンに対しても大きな影響を与える事象が発生しています。

企業においても、これらの外部環境の変化に伴って、サプライチェーンにおけるレジリエンス、各国の追加関税、貿易・金融制裁、ESG、人権など、新たに対応が求められるテーマは増える一方です。

このような中、企業の貿易部門にはこれらの対処すべき課題に対して戦略的なアプローチが求められますが、これらの意思決定・実行に際してはデータ分析が有用な手段となります。まずは自社のサプライチェーンにおいて効率的にデータを収集することから始めるデータ戦略の策定が重要となります。

EY Japan の窓口

EY税理士法人 インダイレクトタックス

パートナー  大平 洋一
マネージャー 福井 剛次郎

※所属・役職は記事公開当時のものです

間接税部門のリーダーにとって、今が組織の価値を高める絶好の機会となっています。自らのスキルを活用し、社内で関係を構築し、革新的な技術を採用することで変化を促し、成果をもたらすことが可能です。

それには全体像を把握し、国際貿易、変革、持続可能性といった全世界的なトレンドが間接税部門にどのような影響を与えるかについて検討する必要があります。4部構成の第3回となる本記事では、リーダーがビジネスにおける間接税に関する議論を展開し、課題に対処し、機会を獲得できるよう、それぞれのトレンドについて深く掘り下げます。

間接税は、サプライチェーンや国際貿易と密接に関連しており、企業のビジネス戦略の変化は、これらに大きな影響を与えます。同様に、間接税に関する制度の変化は、サプライチェーンに大きな影響を与える可能性があり、その活動の領域、完成品のコスト、配送ルート、タイミングを左右します。

EYのグローバル・トレード・リーダーであるJeroen Scholtenは、今後1年について次のように考えています。「貿易の混乱、関税評価、移転価格、そして貿易政策と環境・社会・ガバナンス(ESG)課題の相互作用は、今後も政府の貿易政策や企業の貿易戦略に影響を与えるでしょう。特に新たな環境税やイニシアチブは、近い将来、ますます重要となります。世界に目を向けると、倫理的な貿易を促進するための対策がより重視されています。米国では、ニアショアリングや脱炭素化に向けた施策が次々と打ち出されており、欧州では、スペインのプラスチック税、EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)、森林伐採規制など、新たな環境税や対策が施行または明確化される見込みです。こうした動向は、多くの国際的なサプライチェーンの再構築を促し、また正確なデータへの高まる需要を含め、貿易部門の複雑化を招いています」

貿易の不透明性は続く

昨年における最大の課題は、貿易の混乱といえるでしょう。ウクライナ情勢が混乱を拡大したことは確かですが、要因はそれだけはありません。貿易紛争、新たな貿易協定や提携、急速に変化する規制環境、現在も続く新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響など全てが、貿易の不透明性を高めています。これらの要因は、世界中の企業に新たな課題と機会をもたらし、取締役会では、貿易とサプライチェーンの問題が議論され、貿易部門には、かつてないほど注目が集まっています。

貿易は、世界の間接税政策に大きな影響を与える可能性があります。貿易自由化によって、各国が国境を開放すると、輸入品に対する関税やその他の間接税が引き下げられるのが一般的ですが、輸入国の間接税収入が減ることによって、経済効率が高まり、経済成長を刺激することができます。米中をはじめとする貿易紛争は、世界の間接税政策に大きな影響を与える可能性があります。米国が中国からの輸入品に関税を課すと、他国もそれに倣い、国際的な間接税政策への波及効果がありました。

地政学的な不安定性の高まりや今も続くウクライナ情勢、輸出管理と制裁の拡大、米国、英国、欧州連合(EU)でのコンプライアンス意識の高まりなどの要因が、引き続き貿易に支障を来しています。制裁対象が専門サービスやIT関連サービスに拡大されたことで、多くの企業が顧客との取引において、こうした規制に注意する必要が生じました。世界各国の政府は、制裁と貿易保護を強化しており、米国では、半導体、集積回路、関連製造装置、先端情報処理、スーパーコンピューターを中心とした2022年の輸出管理規則¹について、政府が引き続き大幅な更新を行うと予想されています。

今年は、サプライチェーンの圧力がやや緩和されると考えられます。出荷価格やその他の重要なサプライチェーン指標は落ち着きを見せつつあります。しかし、米中のデカップリング、オンショアリングに対する政府インセンティブ、企業に対するサプライチェーンの可視性向上に係る規制要件などの複合的要因により、企業は今後も調達に関する意思決定を大きく変更することになるでしょう。

EYのグローバル・インダイレクトタックス・リーダーであるKevin MacAuleyは、次のように述べています。「ウクライナ情勢やパンデミック後のサプライチェーン再編などにより、サプライチェーンモデルは大きく変化しました。ジャストインタイム方式からジャストインケース方式まで、多くの取り組みがなされていますが、サプライチェーンモデルの変更は、コンプライアンスとキャッシュ・フローの両面から間接税会計に大きな影響を及ぼします。またサプライチェーンの混乱は、コストも押し上げています」

長期的トレンドと短期的ショック

Ernst & Young LLPの英国トレード・ストラテジー・アンド・ブレグジット・リーダーのSally Jonesによると、現在の貿易には2つのトレンドがあります。新型コロナウイルス感染症やウクライナ情勢などの危機は、貿易システムに比較的短期的かつ急激なショックを与えましたが、貿易システムは極めて迅速に対応し、回復しています。2つめは、貿易障壁の解消が世界的なコンセンサスであった時代からの長期的かつ持続的な変化です。第二次世界大戦後に始まった貿易障壁の解消という傾向は、70~80年続きましたが、現在は逆の方向へ進んでいます。

2008年の世界金融危機以降、保護主義的な措置は、自由化措置の5倍に上っています。
Sally Jones
Ernst & Young LLP 英国トレード・ストラテジー・アンド・ブレグジット・リーダー

Jonesは次のように述べています。「2008年の世界金融危機以降、保護主義的な措置は、自由化措置の5倍に上っています。また、貿易障壁と保護主義を強化する傾向は、まったく弱まる気配がありません。バイ・アメリカン・キャンペーン、ブレグジット、鉄鋼を巡る貿易戦争、そして他地域に対する中国の孤立主義の高まりは全て、国際ビジネスがますます困難になっていることを意味しています」

「この背景には、無形資産と知的財産、貿易の変革におけるデジタル化とテクノロジーの役割、持続可能性と環境という3つの要因があります。持続可能性の推進と貿易は、さまざまな形で影響を及ぼし合っており、環境リスクの管理を目的とした措置が、むしろ貿易に影響を与える事例も増えています」

データ戦略の推進

間接税部門のリーダーが貿易を促進し、貿易の混乱を減らす方法の1つとして、データ戦略に焦点を当てることが挙げられます。データ戦略の推進により、通関手続きの効率を向上し、通関地のボトルネックを解消することができ、貿易政策や規制の透明性と予測可能性を高めることも可能です。貿易関連のデータや情報を簡単に入手できるようにすることで、政府は企業の輸出入品に関する規則や要件への理解を深め、貿易紛争や混乱のリスクを軽減することができます。また、商品のトレーサビリティを高め、偽造や密輸のリスクを軽減し、国際的なサプライチェーンの構築も可能になります。例えば、国際貿易の傾向とパターンに関してデータ分析を行うことで、企業は潜在的なリスクと混乱を特定し、それらを管理するための措置を講じることができます。

企業が、保有する膨大なデータと、正確かつ効果的な分析の必要性との間でバランスを取ることに苦慮する中、データ管理の重要性は、ますます高まっています。多くの国や政府機関が、企業に影響を与え得る税務評価やその他の決定を下すために、企業の膨大なデータにアクセスできることが、この問題をさらに複雑にしています。企業は、この問題への効果的な対応として、データ管理に積極的に取り組む必要があります。

Ernst & Young LLPの米国グローバル・トレード・リーダーであるMichael Heldebrandは、次のように述べています。「貿易部門では、膨大なデータが存在し、有益な洞察を引き出すことが困難であることから、データ分析が課題となっていました。この業界では、単にデータ分析をしてコンプライアンス指標を測定するのではなく、予測的なアプローチに移行する必要があります」。つまり、すでに発生した問題に対応するのではなく、データ分析を利用してパターンや傾向をリアルタイムで特定するということです。考え方を変え、データ分析に対して積極的なアプローチを採用することで、貿易部門はリスク管理を改善し、多くの情報に基づいたビジネス上の意思決定を行うことができます。

今こそ、貿易部門が真価を示すとき

Ernst & Young LLPのグローバル・トレード・パートナーであるLynlee Brownは、次のように述べています。「コスト圧力が高まる時代において、貿易部門は単なるコストセンターではなく、会社の成功に大きく貢献する存在として自らの価値を示すことができます」。これは、節税の機会を追求し、経営幹部に提案することで実現可能です。過去数年間、貿易部門は計画と戦略の立案に貢献してきましたが、それらは現在のコスト削減活動においても同様に重要であるため、今、貿易部門の柔軟性を強調することが重要です。個人的な視点から見ても、輸出分野に所属する人はVP職に昇進しており、職務の満足度向上につながっています。こうしたことは、貿易部門が注目され、会社の収益に貢献していることをアピールする良い機会となります。

コスト圧力が高まる時代において、貿易部門は単なるコストセンターではなく、会社の成功に大きく貢献をする存在として自らの価値を示すことができます。
Lynlee Brown
Ernst & Young LLP グローバル・トレード・パートナー

「これまでの貿易部門は、組織であまり知られていない存在でしたが、その認知度を高める機会が到来しました。今、注力すべきなのは、ブランドを構築し、コストセンターとしての認識を払拭することです。課題は資金の確保となりますが、貿易部門が柔軟に対応し、積極的に解決策を見いだすことが鍵となります」とBrownは言います。

貿易部門の価値を示すには、敏しょう性が重要になります。これは貿易部門にとって、以前からの課題でした。かつての貿易部門は、コンプライアンスにこだわるあまりネガティブな評価を受けることが多く、サプライチェーンの議論から外されていました。しかし、新たなイニシアチブの導入により、多くの組織で貿易部門の役割が重視されるようになり、適応力のあるサプライチェーンの構築ついて深い議論が行われるようになりました。

自動化とアウトソーシング

Heldebrandは、エンタープライズ・リソース・プランニング(ERP)システムが近い将来にクラウドに移行し、これが潜在的な影響を与えると指摘しています。企業は、こうしたクラウドへの移行を活用して、自社の貿易プログラムに利益をもたらす方法の模索に注力するでしょう。当初は貿易部門全体においてアウトソーシングする必要があると考えていた企業もありましたが、個別の活動について効果的にアウトソーシングできることが明らかになったことで、柔軟性が向上し、中核となる部門の従業員は、会社の価値を高める活動に集中できます。貿易地域における適格性の評価など、貿易部門内で必要な活動の一部は引き続きアウトソーシングし、経費削減および利益を実現できます。

地政学的な不透明性に直面する間接税・貿易部門の取るべき重要な行動:

  • 不要な関税コストを削減する。
  • キャッシュ・フローに注目する。
  • グリーン投資に対する税制上の優遇措置と助成金を特定する。
  • コスト効率の高い税務プロセスを実現する。
  • データ分析により、新しいサプライチェーンの間接税コストと機会を比較する。
  • 敏しょう性を保つ。
  • コスト圧力が高いときこそ、貿易部門の真価を示す。

サマリー

世界情勢の見通しは、貿易とサプライチェーンに引き続き混乱をもたらしています。間接税部門のリーダーは、変化の激しい世界において課題に対処し、機会を得るために敏しょう性を維持する一方で、適切な戦略を導入する必要があります。

この記事について

執筆者 EY Global

Ernst & Young Global Ltd.

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