AP通信によると1、次期大統領のジョー・バイデン氏が政権を担うにあたっては、医療へのアクセスの改善と医療費のコントロールから中国との貿易摩擦への対処まで、課題が山積しています。しかし最も深刻な喫緊の課題は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)危機を、その経済的影響も考慮しつつ乗り越えることです。選挙日当日の報告では、米国における新型コロナウイルスの累計感染者数は約940万人、死者は232,600人を上回っています2。米国議会予算局によれば、2020年度の連邦政府の財政赤字は3兆1,000億米ドルに達する見込みです3。
バイデン氏は選挙キャンペーン期間中、再選を目指すトランプ大統領の税制プランよりも明確な計画を打ち出しました。大方の予想通り、バイデン氏はインフラ、製造業、介護に関する数々の政策イニシアチブを進め、そうした分野への支出を行うことを公約し、このために、民主党が企業や富裕層に対する不均衡な恩恵につながると主張していた米国税制改正(「Tax Cuts and Jobs Act(TCJA)」)の税制措置の一部を取り消すと明言しました。
トランプ陣営は複数の州で選挙結果に異議を唱え、訴訟を起こしています。トランプ大統領の主任弁護士であるルドルフ・ジュリアーニ氏は11月7日、大統領は敗北を認めないと発言しました。現在の投票結果が有効で、選挙人団によって次期大統領に承認された場合、バイデン氏は個人所得税の最高税率を現行の37%から39.6%に戻すと述べています4。また、法人所得税の最高税率も21%から28%に引き上げると述べ5、キャピタルゲイン課税については年収100万米ドル超の高所得者層への税率を40%に引き上げ6、⼤企業の会計上の所得に15%のミニマム税を課すと⾔及しています7。なお、年収40万米ドル未満の層には増税しないと約束しました8。
富裕層や企業へ「応分に負担する」ことを課すことになる増税案は、民主党にとって目新しいものではありません。こうした計画は、TCJAが成立する以前のオバマ政権時代からよく知られています。経済学者が指摘するように、パンデミック後においては世界中で所得の不平等が拡大しており、そうした計画はさらに勢いづく可能性があります。しかし、不適切な時期の増税は経済回復を妨げる可能性があると彼らは警告しており、パンデミックそのものが、政策優先事項のために支出を行うというバイデン氏の意図を完全に骨抜きにする恐れもあります。結果的に、バイデン氏は世界中の政権と同じ決断を迫られることになるでしょう。すなわち、景気刺激策をいつ終わらせるのか、新型コロナウイルス感染症との闘いで⽣じた債務返済のためにいつ歳⼊を増やすのかという決断が鍵となります。
バイデン⽒は、上院議員としての数⼗年の経験で議会との協議を進めていくとみられます。民主党は下院の過半数を維持することになりますが、共和党も議席数を伸ばしており、その差は狭まっています。上院の多数派をどちらが握るかは不透明で、複数の議席がまだ決定しておらず、ジョージア州の2議席については2021年1月5日に行われる決選投票で決定する予定です。
共和党が僅差で過半数を維持する場合、トランプ政権下で成立した税制を従来の税制に戻すことに抵抗することが想定され、また、景気回復期の増税の影響について警戒を強める可能性もあります。従って、税制案を採用する場合には、共和党の優先事項を反映して慎重に交渉する必要があります。⺠主党が最終的に上院で50議席を獲得した場合、副⼤統領の議⻑決裁票によって共和党との交渉を気にせずに法案を通すだけの⼗分な過半数を持つことになるため、バイデン⽒には、2017年に共和党が通した税制改正法と同じ予算⼿続きを利⽤して選挙キャンペーン公約を遂⾏するだけの裁量が与えられることになります。
バイデン氏や新議会が税制の取り組みを始める前に、パンデミックの問題が迫っています。「私たちの仕事は、新型コロナウイルス感染症を収束させることから始まります」と同氏も11月7日の勝利演説で述べています。
バイデン氏は、新型コロナウイルス感染症を受け、自身の選挙キャンペーンで策定した7カ条案に基づく「行動計画」を発表しました。提案には、マスクの義務化、検査の拡充、PPE(個人用防護具)の増産、ワクチン製造と配布を目的とした250億米ドルの投資、世界保健機関との関係修復などがあります9。この計画は、2021年1月20日の政権発足と同時に始まるものと思われますが、同氏は勝利演説で次のように述べました。「この計画は、科学的根拠に基づいて作り上げます。思いやり、共感、そして配慮によって成り立つ計画です。私はこのパンデミックを好転させるために、努力、私の全て、あらゆる献身をささげます」
バイデン氏はさらに、経済再生を目的として、次期政権の景気刺激策と救済措置が2兆米ドルを「優に上回る」規模となることを訴え10、電気自動車、5G、AIなどのテクノロジーの研究開発に加え、製造業、サプライチェーン、インフラ、クリーンエネルギー分野への投資を公約しました。
バイデン氏はさらに医療保険制度改革法を保護し、拡大することも公約しています。これは米国民の97%以上を被保険者の対象とするもので、10年以上で7,500億米ドルの費用を伴いますが、キャピタルゲイン税の引き上げで得られる歳入によって賄われる予定です11。
バイデン氏はもう1つの重要な目標として、アメリカの中産階級の再生を挙げ、「メイド・イン・アメリカ」の政策により、「数百万の中産階級の雇用」が創出されることになると述べています12。また、同氏は調達と研究開発に合計7,000億米ドル、クリーンエネルギーとインフラ投資に2兆米ドルを投資する計画の概要を説明しました13。これは、同氏の「クリーンエネルギー革命と環境正義」の計画と結びついています。この計画はサプライチェーンの一層の現地回帰を促すことを目的としており、その必要性は、新型コロナウイルス感染症やそれに起因する広範な品不足によって鮮明化しました。
「企業を対象としたトランプ減税の行き過ぎた面を覆すこと、つまりタックスヘイブン(租税回避地)、税回避、アウトソーシングに関するインセンティブの削減、企業による応分な税負担を実現すること、富裕層には利益となるが機能しない他の税法の抜け道をふさぐこと、化石燃料への補助金を終了すること」などの実行を通じて、バイデン氏はインフラ計画の支出を賄うことになると考えられます。
バイデン⽒は、その他の主要なオフショア対策として、⽶国企業の海外⼦会社が獲得した所得に対する税率(TCJAで導⼊された⽶国外軽課税無形資産所得(Global Intangible Low-Taxed Income)(GILTI)合算課税)を21%に引き上げることを提案しました14。また、米国内の雇用創出に向けた投資分の10%を相殺できるメイド・イン・アメリカ税額控除の新設や15、米国に輸入される特定の商品やサービスに対する追加税の導入も提案されました。
バイデン⽒はまた、労働組合や環境団体からの意⾒を取り⼊れながら、従来の国際同盟を回復し、気候変動や多国間貿易体制などのグローバルな問題に再び取り組むと述べました。4月のフォーリン・アフェアーズ誌では「大統領として、米国の民主主義と同盟関係を取り戻し、米国経済の未来を守り、米国が再び世界を主導するための措置を直ちに講じる」と語っています。
バイデン⽒は「フェアトレード」を信条とすると述べ、⽶国の商品やサービスの市場開放に向けて、ルールに基づいた以前の⾃由貿易体制に回帰することを⽰唆しています。一方で、貿易に重点的に取り組む前に最優先すべき事項は、医療、インフラ、教育などの米国内のニーズを満たす投資を増やすことにあると述べ、「米国内で最高のものを作り上げ、世界中で最高のものを売れるようにする必要がある。これは、米国人に不利益をもたらす貿易障壁を取り除き 保護貿易主義への危険な世界的移行に抵抗することを意味する」と書き記しています。
特に中国に関しては、政策の目標こそトランプ政権と類似しているように見えるものの、バイデン氏はトランプ大統領とは異なる姿勢を打ち出しています。同氏はトランプ政権の中国への関税に批判的で、討論の間にトランプ大統領は貿易交渉に「負けた」と繰り返し述べました。ただしバイデン⽒は、関税を廃⽌するのか、あるいは同⽒の政権が知的財産、補助⾦、国有企業への⽀援やその他の論争の中⼼となっている問題においてどう譲歩を引き出すかについては、明⾔を控えています。
バイデン氏はまた、気候変動に対しても異なるアプローチを取っており、米国を石油ベースの経済から「移行」させ、トランプ政権が撤退した、気候変動に関するパリ協定に再び参加する意向を示唆しています。同氏は、パンデミック発生前は炭素排出量取引制度について支持を表明していましたが、その後は雇用を創出するグリーンエネルギー産業の発展に依拠する政策を強調しています。