1. ハードウエアのすり合わせ技術
かつての日本企業の強みとして『オープン&クローズ戦略 日本企業再興の条件』の著者である小川紘一氏が指摘しているのが、先端技術の開発と工場中心のものづくりを支えるハードウエアのすり合わせ技術です。
例えば、ブラウン管テレビを作るためには、開発者・部品製造・画像職人・現場技術者の連係プレーが必須となっていました。開発担当者と部品製造担当者が調整を繰り返して生み出した部品を、画像職人がさらに微調整しながら組み合わせて画像を映し出し、その職人の技を工場の大量生産ラインで再現できるようなライン設計が必要だったのです。この複雑な調整を実現するため、日本の電機メーカーは内製化やケイレツ化を進め、垂直統合的なサプライチェーンを構築して、世界で高いシェアを保持していました。
この時代には、特定の人材の引き抜きや、同じ部品の調達ができたとしても、企業間・人材間の調整の仕組みそのものを引き抜くことはできませんでした。また、日本企業は企業間でクロスライセンスを行う慣行があり、日本の企業群は厚い特許網で守られていました。
2. ICチップの導入によるモジュール化
1980年代、米国でパソコンの販売が本格化しました。パソコンが製造業の観点で革新的だったのは、部品間のすり合わせの必要が少なかったことです。パソコン以前の製造業では、ブラウン管テレビの例のように部品間の不整合を開発段階での調整によってなくしておく開発手法がとられていましたが、パソコンでは標準仕様を公開したことと部品の制御を担うICチップを導入したことで、開発段階での調整の必要を減らしたのです。この開発手法の変化はビジネスモデルにも変化をもたらしました。調整が少なく済むので、部品の組立工程を新興国のメーカーへ外注することが可能となり、組立工程においてバリューチェーン上のプロセスを積み木のように組み立てる、「モジュール化」が進んでいきました。
この「ICチップによる部品制御」は、液晶テレビやDVDなどさまざまな製品に応用されていきました。ICチップの普及に従い、日本の製造業におけるすり合わせ型の強みを支えた人材は人件費という足かせになっていきました。しかし、自社のビジネスの危機に気付いた頃には、すでに米国メーカーが業界標準仕様の基本ソフト(OS)を握っているため太刀打ちできず、ビジネスモデルを転換することはできませんでした。この流れが顕著になったのは1990年代中期以降ですが、この時代、日本企業の経営者はバブル崩壊後の国内市場低迷に対する対策や負債比率の増加に対する財務体質改善やコスト削減のために奔走しており、これらがバリューチェーンの変化への対応が遅れた原因ともなりました。
3. Industry 4.0の普及によるデジタル化、プラットフォーム化
さらに、2011年にドイツの「High-Tech Strategy 2020」の中でIndustry 4.0が採択され、製造業に新たな契機が訪れます。Industry 4.0はCPS(サイバー・フィジカル・システム)という、仮想空間上の工場(Cyber)と現実の工場(Physical)をIoTセンサーによってリンクさせ、仮想空間上でAIを用いて製造の最適化を行い、現実の工場に指示を出す技術によって「スマート工場」を実現する構想です。Industry 4.0の取組みは、2013年4月にドイツで官民連携のIndustry 4.0実現プロジェクトチームが組成され、2014年3月には米国でインダストリアル・インターネット・コンソーシアムが発足するなど、2010年代前半に急速に普及が進んでいきました。
Industry 4.0の普及によって、オペレーション効率の圧倒的な効率化が進むとともに、製造業のバリューチェーン全体のモジュール化が発展しました。ここではその代表例としてデジタルケイレツについて紹介します。
2000年代、Industry 4.0以前の時代には、ICチップが組立工程のモジュール化への転換を起こしたとはいえ、ケイレツ内の企業にリーダー企業が人材を派遣して現場改善を行うといった日本独自の強みは健在でした。しかし、Industry 4.0の普及により、欧州でもデジタルツールによってケイレツの手法を取り入れる取組みが生まれました。これを『製造業プラットフォーム戦略』の著者の小宮昌人氏は「デジタルケイレツ」と名付けています。デジタルケイレツは、ケイレツを代表する企業がプラットフォームを作り、製造ノウハウをアプリとして提供するモデルです。
欧州では日本と違い部品メーカーが複数の最終製品メーカーと取引をしていることが一般的です。そのため、デジタルケイレツを主導する企業は、部品メーカーに自社のケイレツに入ってもらえるよう、アプリの機能の拡充や参加企業の募集に余念がありません。例えば、ドイツの自動車産業では大手2社が互いのプラットフォームの拡大を競っています。
このデジタルケイレツの普及は、日本の製造業にとって、「ケイレツ文化が真似された」以上の脅威があります。なぜなら、デジタルケイレツは日本のように人材を派遣する負担がなく、ケイレツ企業の製造データを蓄積して活用できる追加メリットがあるなど、日本のケイレツ文化よりも利点が多いからです。
さらに、デジタルケイレツ以外にも、工作機械にセンサーを取り付けて製造ノウハウをデータとして販売する手法や、3Dモデリングを用いて新興国にマザー工場と同じラインを素早く組み立てる技術、製造ラインを立ち上げることを専門とするラインビルダーやその下請けの生産設備SIerと呼ばれる企業が現れており、例えば、新興国の企業が何もノウハウがない状態から自動車の量産ラインを21カ月で開始できるようになるなど、日本企業がそれまで強みとしてきた領域でデジタル技術を活用したさまざまな競合が現れ、低コストで類似の製品を世界中のどこでも製造できる時代が近づいています(<図4>参照)。