2022年5月31日
東南アジアでのプレゼンスを高める中国、インドへの投資を急増させる日米 ~地政学から読み解く世界~

東南アジアでのプレゼンスを高める中国、インドへの投資を急増させる日米 ~地政学から読み解く世界~

執筆者 EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社

複合的サービスを提供するプロフェッショナル・サービス・ファーム

EY Strategy and Consulting Co., Ltd.

2022年5月31日

米中対立や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などの地政学的な問題は世界経済の構造に大きな変化をもたらしつつあり、アジア圏おいて東南アジアでは中国がプレゼンスを高め、インドでは日米が投資を急増させるなどの重要な変化が生じつつあります。

本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) EYパルテノン ストラテジー 許斐建志(このみたけし)

EYパルテノンにおいて戦略コンサルティング業務に従事すると同時にEYの地政学戦略グループのメンバーとして、地政学に係るサービスを幅広く提供している。

要点
  • 近年、中国は東南アジアでのプレゼンスを高めつつあり、日米はインドへの投資を急増させつつあります。
  • それらの動きには米中対立や一帯一路などの地政学的問題が大きく影響しています。
  • さまざまな地政学的問題が生じる中、それらの世界経済の構造への影響を分析し、それを踏まえた自社の戦略を検討することは各企業にとって、今後ますます重要な論点になると思われます。

Ⅰ 地政学的問題の世界経済の構造への影響

近年、さまざまな地政学的な問題が生じ、サプライチェーンの混乱など、経営に深刻な影響を与える課題が多く顕在化する中で、個々の地政学的問題が経営に与える影響に加えて、より大局的に見て、地政学的問題が全体として世界経済の構造にどのような影響を与えるかについての関心も高まっています。

そのような地政学的問題の世界経済の構造への影響に関して、米中対立は2018年に米国が中国に対して制裁関税を課した頃から強まり、また、新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)の世界的流行は20年から始まりましたが、共に開始時期から一定程度時間が経過したため、それらが世界経済の構造にどのような影響を与えつつあるかについての計量的な分析は徐々に行いやすくなりつつあります。

そのため、本稿ではその分析の例として、アジア圏において、米中対立の高まりやCOVID-19の世界的流行等を背景に、中国が東南アジアでのプレゼンスを高めつつあり、また、日米がインドへの投資を急増させつつあることについて説明します。そして、最後にそれらを踏まえ、中長期の企業戦略を考える上で、地政学戦略的な視点は今後、一層重要になると予想されることについて説明します。

Ⅱ 東南アジアでのプレゼンスを高める中国

米中対立の激化の後、中国の輸出に見られる顕著な変化は東南アジア向けの輸出額が大きく増加していることです。<図1>は中国の輸出先上位4カ国・地域への輸出額の推移を15年の値を100として示したものですが、米中対立が激化した18年以降、米国市場への行き場を失った中国製品が東南アジア諸国連合(ASEAN)市場になだれ込んだこと等から、ASEAN向け輸出は大きく増加し、日本・米国・欧州連合(EU)向け輸出の増加ペースを大きく上回っています。

図1 中国の輸出額(上位4カ国・地域*)

中国の輸出全体に占める各国・地域のシェア(21年)は、米国向けが17.1%、EU向けが15.4%、ASEAN向けが14.4%、日本が4.9%と、ASEAN向けの輸出シェアは米国・EU向けの輸出シェアに迫るほどの大きさであり、その伸びは現在、中国の輸出の伸び全体を牽(けん)引する主要ドライバーの1つになっています。

このASEAN向け輸出額の伸びには中国の一帯一路イニシアチブも深く関係していると見られ、東南アジアは同イニシアチブにおける中国・インドシナ経済回廊に含まれています(<図2>参照)。

図2 中国の一帯一路イニシアチブ

中国は以前から、同イニシアチブを通じて、現地への物流インフラへの投資等を増大させ、東南アジアとの関係性を深めつつありました。米中対立によりその傾向は加速され、中国と東南アジアとの関係性は一層深化しつつあります。

その関係性の深化にはCOVID-19流行後のワクチン外交も影響していると見られ、シンガポールのシンクタンクが実施したASEAN10カ国を対象とした調査(ISEAS「The State of Southeast Asia 2022 Survey」)では「いずれのASEANのパートナー国が最もCOVID-19のワクチンを提供してくれたか」という問いに対して、中国と回答した人の割合が最多の57.8%となり、次点となる米国の23.2%を大きく引き離しています。

複数のASEAN諸国の外相等からは中国のワクチン提供を評価する発言がなされており、このようなワクチン外交も功を奏してか、中国とASEANは21年11月にその関係性を従来の「戦略的パートナーシップ」から「包括的戦略パートナーシップ」に格上げしています。

このように中国は東南アジアでのプレゼンスを一層高めつつありますが、そこにはこれまで述べてきたように米中対立や一帯一路イニシアチブ、COVID-19などの地政学的な問題が深く関わっており、中国と東南アジアの関係性を見る上で地政学的視点からの分析は欠くことができない要素となっています。

このような中国の東南アジアにおけるプレゼンスの拡大は日本にとって無縁のことではなく、<図3>で示したとおり、日本のASEANに対する対外直接投資残高は他のアジア圏の国・地域向けの投資と比較しても特に伸びています。ASEANの成長を取り込もうとする多くの日本企業にとって、現地での中国企業のプレゼンス拡大は今後、競争上の脅威につながる可能性が十分にあります。

そのため、今後、ASEANを主要な市場の1つとして捉えている日本企業にとって、現地で競合になり得る中国企業の動向をより丁寧に分析し、自社の戦略を検討していくことが一層重要になっていくのではないかと思われます。例えば、中国のASEANでのプレゼンスの増大は必ずしも一様ではなく、域内の国ごとにプレゼンス拡大の規模や領域などが異なっているため、日本企業はそれらの差異に注目しながら、可能な限り中国企業との競争を避けつつ、東南アジアでの戦略を検討していくことも選択肢としては考えられ得ると思われます。

図3 日本の対外直接投資額(残高)

Ⅲ インドへの投資を急増させる日米

米中の対立が続く中で、近年、アジア圏において、インドの地政学的な重要性は一層高まりつつあり、日米は中国への牽制を念頭に置きながら、共にインドとの関係性を政治的にも経済的にも強化しようとしています。その動きに関する最も顕著な例は、日本・米国・豪州・インドの4カ国によって、安全保障や経済連携等を協議する枠組みとして設立された「クアッド」で、4カ国は21年にクアッドとして初めての首脳会談を行い、今後、中国への牽制を意識しながら、サプライチェーンの強靭化を含むさまざまな領域で協力を深めていくものとみられています。

そのクアッドの枠組みは政治的な関係性の強化だけでなく、最近は経済的な関係性の強化にもつながりつつあり、例えば、米国のインドに対する直接投資の額は20~21年期に前年までの過去4年間の平均の約5倍となる132億ドルまで急増しています(<図4>参照)。

図4 米国からインドへの直接投資額(フロー)

また、日本政府もインドに対して、今後5年間で5兆円を投資することを発表しましたが、これまでの日本のインドに対する直接投資額は残高ベースでも3兆円程度であり(<図3>参照)、これまでASEAN向けに比べ、その伸びは極めて限定的だったことから、5兆円規模の新規投資は非常にインパクトが大きく、米国のインド投資の急増と合わせて見ると、今後、日印関係が経済的にも大きく変化していく可能性が意識されます。

インドとの関係性強化は決して中国への牽制という国際政治的な文脈だけから意味を成すものではなく、アジアの成長を取り込むという経済的な文脈からも十分意味を成し得るものだと考えられます。それを示す1つの材料として、OECDによる加盟38カ国と非加盟10カ国の長期経済予測があり、予測対象国のGDPの合計額は世界経済の80%以上に相当(21年時点)しますが、この長期経済予測によれば、インドのGDPが予測対象国全体のGDPに占める割合は、20年には8.3%ですが、60年には17.7%まで増加することが予測されています(<図5>参照)。同期間に中国のシェアは23.2%から26.1%への増加にとどまることから、今後のアジアの成長を取り込むという経済的な文脈からもインドへの投資は日本にとって意味を成す可能性があると考えられます。

このように日米はインドとの関係性を政治的にも経済的にも強化しつつありますが、その背景には日米の中国への牽制という地政学的なテーマが非常に重要なドライバーとして存在しています。

また、インドは20年に中国との間で国境紛争問題によって緊張が高まった後に、中国製アプリの国内利用を広範囲で禁止し、さらに中国を対象として投資規制を導入するなど、経済的にもインドは中国に対してやや厳しい姿勢を取っています。そのため中国との経済的な関係性という面で、インドは前項で述べたASEANとはやや対照的な状況にあるため、中国企業との競争を避けるという観点からは日本企業にとって、インドはASEANに比べ、やや有利という面もあるのではないかと考えられます。そして、そのような検討をする上でも重要になるのが中印の国境紛争などの地政学的な問題となり、そのことからもインドでのビジネスを考える上で地政学的ファクターは欠かせない要素であることが分かります。

図5 GDPの各国割合の推移(USドル)*

Ⅳ 中長期の企業戦略を考える上で地政学戦略的な視点は今後、一層重要になることが予想される

これまで述べてきたように、地政学的なファクターは日米中の政治的・経済的な動きに非常に大きな影響を与えています。アジア圏でのいずれの地域に機会とリスクがあり、それを踏まえた上で自社はいずれの地域のどのような事業にリソースを投入すべきかという事業戦略を企業が考える上で、地政学戦略的な視点からの分析は欠かせないものになりつつあります。

これまで多くの企業にとって地政学領域のトピックスは、「有事」の際に自社の事業に対してどのような影響が及ぶリスクがあり、そのリスクを低減するためには何をすべきかというような、リスク管理的な観点から捉えられる傾向がやや強かったと思われます。

しかし、これまで述べてきたように、地政学的なファクターはモノやカネのフローに極めて甚大な影響を与え、それらを通じ世界経済の構造に大きな変化をもたらしていることから、今後、地政学的なトピックスはリスク管理的な視点からだけでなく、経営戦略的な視点からも捉えることが極めて重要になっていくとわれわれは考えています。

地政学的な問題は米中対立だけにとどまらず、近年、さまざまな地域・分野から生まれてきていますが、今後、それらがどのように世界の政治・経済に影響を与え、どのように次の時代のビジネスの機会とリスクにつながっていく可能性があるかを丁寧に読み解いた上で、それらを中長期的な企業戦略に反映させていくことは、企業が競争優位性を高める上で今後、ますます重要になっていくのではないでしょうか。

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サマリー

米中対立や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などの地政学的な問題は世界経済の構造に大きな変化をもたらしつつあり、アジア圏おいて東南アジアでは中国がプレゼンスを高め、インドでは日米が投資を急増させるなどの重要な変化が生じつつあります。

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