スマートヘルスに向けて
スマートホスピタルへの道筋は、可能性を探ることから始まります。つまり、病院や医療システムを使って、患者と医療従事者にどのようなサービスを提供し、ケアの在り方をどのように変革するかが問われます。
スマートサービスの実現方法はさまざまです。新たにスマートホスピタルを建設する場合には、新規性、将来性かつ機敏なデザインアプローチを追求し、今後20年以上にわたって通用するものを確立する機会があります。既存の病院をスマートホスピタル化していくには、新たなテクノロジーへの段階的移行、医療モデルの再設計、外部とのパートナーシップ(サービスプロバイダー、コミュニティ組織、テクノロジー企業など)、多くのオペレーションやプロセスの自動化が考えられるでしょう。採用するロードマップにかかわらず、高度につながったインテリジェントなスマートホスピタルへの道筋を確実に進むためには、既存のビジネスで何を成長させ、何を変革するかを決定し、適切なペースで行動と投資を強化し、組織文化を変革する必要があります。
考え抜かれた患者中心のデザイン
医療、社会科学、デザイン、テクノロジー、戦略に関する人材を横断的に集め、患者とスタッフのエクスペリエンスを設計・構築することからスマート化のロードマップは始まります。
スマートヘルスシステムでは、リアルまたはバーチャル待合室に到着する前からペイシェント・エクスペリエンスが始まっていると言えるでしょう。設計面では、日常のプロセスを簡素化し、自動化し、カスタマイズすることで患者の満足度と医療サービスを改善することに主眼が置かれます。デジタルガイドにより、来院者を駐車場に案内し、病院内では患者の効率的な移動を実現します。病室の環境や食事メニューの選択を含め、個人が自分の環境を決めることができるようになるため、患者と医療従事者へのサービスが全般的に改善し、良好な治療環境を生み出すことができます。組織の視点では、エラーが生じる可能性が減り、ワークフローと管理のプロセスが合理化され、臨床現場は治療に集中することができます。
デザインで注目するのは、院内またはバーチャルケアのユーザーインターフェイスに限られません。むしろ新たなテクノロジー、革新的なケアモデル、これまでと異なる働き方が実現するにつれて、スマートビルとバーチャルサービス(モジュール型の施設、ハードウエア、ソフトウエア、ネットワークなど)といった機敏なデザインが必要となります。
スマートヘルスシステムに共通する5つのデザイン原則は以下の通りです。
- 高度につながる(ハイパーコネクテッド):リアル環境とバーチャル環境、そしてデータの流動性を基礎とするシステム内およびシステム間の医療情報の設計。これにはプライマリケア、専門家、ケアワーカーなど、他の環境や組織とのつながりが含まれます。
- インテリジェント:プラットフォームとデータがつながることで臨床とオペレーションの双方における迅速かつ正確なリアルタイムでの判断が可能となります。
- ヒトを中心に:患者、家族、従業員それぞれを第一に考えたサービスデザインは、ヒトのニーズ、モチベーション、課題の理解を促し、ヒトを問題解決の中心に据えます7。
- 高い信頼性:信頼性の高いプロセスデザインをインテリジェント・オートメーション、センサー、予測的分析と組み合わせることで、けが、医療過誤、不適切な医療提供というリスクを防止し、最小化します8。
- サステナビリティ:病院、スタッフ、患者、コミュニティそれぞれにとって臨床・財務・経済・環境のいずれの点においてもサスティナブルなケアモデル。
スマートホスピタルにとって重要な資産
高度な臨床テクノロジーが堅牢なインフラおよび持続可能なテクノロジーと結び付いたスマートな未来。スマートかつ高度につながったインテリジェントな病院に求められるものは以下の通りです。
1. 患者中心のデザインによるペイシェント・エクスペリエンスの向上
スマートホスピタルのサービスデザインで中心となるのは患者です。広範かつ高度につながったヘルスエコシステムにおいて、医師、サービスプロバイダー、データ技術者、製薬企業、生体認証システム、医療技術の専門家らが一丸となって協力し、AIなどの先端テクノロジーを利用することで、個々にカスタマイズした医療を提供します。
2. スピーディーかつ柔軟で信頼できる医療を実現するテクノロジー
スマートホスピタルは、病院そのもので医療サービスを向上させるだけでなく、病院をより広いヘルスエコシステムとつなげ、あらゆる環境で患者を中心としたサービスを提供します。クリニカルパスと業務の自動化プロセスにアルゴリズムを組み込み、リソースを最適化し、状況を予測し、臨床における判断を支援することで、全ての患者に対して個々にカスタマイズした最善のケアを提供します。例えばカナダのハンバーリバー病院では、デジタルトランスフォーメーションを拡大して包括的な医療システム連携を実現し、ハブ・アンド・スポーク型の司令センターにより病院とコミュニティの医療提供者の連携を図っています9。
- AIとインテリジェント・オートメーション:フロントオフィス(患者向けアプリなど)、ミドルオフィス(リアルタイムの診断)、バックオフィス(ロジスティクスとサプライチェーン)のスマートプロセスは、ペイシェント・エクスペリエンスと生産性を高め、アウトカムを向上させます。
- バーチャルケア:さまざまな手段(音声、ビデオ、またはその両方)と方式(同期または非同期)により、あらゆる段階で患者と臨床現場、または臨床現場間で双方向のコミュニケーションが可能になります。
- IoTとスマートセンサー:病院の各部門間のみならず、拡大したヘルスエコシステムとのつながりをも実現します。ウエアラブル端末とセンサーは、患者に関するリアルタイムのデータを収集し、プラットフォームにデータを送信します。
- ロボット、ドローン、3Dプリント:これらは新しく極めて精緻な処置を支援し、スタッフの稼働率と配置を最適化し、サプライチェーン全体で医療の速度と可用性を改善します。
- デジタルリアリティ(拡張現実/仮想現実):リアリティのある経験学習とスタッフの研修、複雑な処置のためのバーチャル環境、効果的な患者治療が可能になります。
3. 相互につながったプラットフォームによるリアルタイムの判断
リアルタイムのデータを利用することで、適切な場所、適切なタイミングで治療ができます。これにより、迅速かつエビデンスに基づいた判断も可能になります。データと情報のやり取りに関して技術およびセマンティクスの共通仕様・標準を利用し、プラットフォームで複数ソース(エコシステムのパートナーを含む)のデータを集約し、さらにEHRやその他のITシステムと一体化させることでデータの価値を高めることができます10。現在の医療システムで利用できる医療関連情報はわずか20%です11。予防医療と参加型医療では、医療システムの情報を新たなデータソース(社会、行動、財務、環境)と統合することがますます重要となっています。
4. エコシステムにおけるプレーヤーとのパートナーシップ
スマートヘルスシステムでは、医療の専門知識をハイテク技能、関連したテクノロジーおよび利用者に関するより深い分析と結び付ける新たなパートナーシップが求められます。特にテクノロジー企業とのパートナーシップを通じたテクノロジーの活用により、イノベーションとトランスフォーメーションが実現できます。これらは、パートナーシップ、アライアンス、新たな場所、顧客志向といった新たなエコシステムにおいて発展するためには不可欠です。
5. スマートインフラ
- 療養環境:療養環境は、患者の体と精神を早く回復させる設計となっています12。すなわち、リアル空間とデジタル空間を療養環境として設計することで、スタッフの生産性および効率性を高め、またスタッフのストレスを軽減し、無駄を最小化することができるのです。
- デジタルツイン:デジタルツインとは、病院の設備、人材、システムの複製を指します。デジタルツインはリアルとバーチャルを橋渡しするコンバージェンステクノロジーであり、これを利用することで、予防的メンテナンスや需要管理予測などのリアル環境の機能を監視、調整および最適化します。臨床面では、健康状態の監視、健康増進に向けた継続的なフィードバック、治療計画の実行に役立てることができます13。
- 司令センター:AIを活用する司令センターは、航空交通管制センターに例えられることが多く、臨床および位置データを分析して、ネットワーク全体の需要と供給をリアルタイムで把握します。患者をリアルタイムでモニタリングすることで、病院は体調が悪化している患者を特定し、必要なケアをひも付け、エラーを減らし、患者目線での懸念点とボトルネックを予測します14。
- データ環境:プラットフォームを効果的に機能させるため、スマートヘルスシステムではオープンプラットフォーム環境を構築し、組織内とシステム内、また両者間で大規模にデータをつなげて共有します。優れたプラットフォームは、コンテンツとテクノロジーを分離し、ベンダー中立、分散型、モジュール型のデザインにより、サードパーティーのシステムとレガシーシステムを組み込みます。EYのレポート「How will you design information architecture to unlock the power of data?」では、将来の適切なデータ環境に向けたデザインについて詳細に解説しています。
- 病院と同水準の治療を在宅で:ポータブルかつユーザーフレンドリーなインフラと設備は、病院環境を患者の自宅へと拡大し、入院期間を短縮できます15, 16。
スマートホスピタルは、単なるテクノロジープロジェクトではなくトランスフォーメーション
高度なテクノロジーが主要イネーブラーとなりますが、スマートホスピタルの構築は単なるテクノロジープロジェクトではありません。スマートヘルスへと進むには、既知の課題の入念な検討、強力な組織変革とエグゼクティブのリーダーシップが必要です。これには、経営陣、医師、看護師、スタッフ、エコシステムのパートナーなどのあらゆるステークホルダーの参加が必要です。
未来のスマートホスピタルに向けたトランスフォーメーションの道のりでは、適切なペースで、必要な要素を適切に組み合わせ、対応しなければなりません。既存資産の最適化(修正または拡大)、既存の中核部分を補完するリソースの導入、またはゼロからの新たなエコシステムの構築を意味するでしょう。
今後のロードマップは、下記の重要な質問に答えることで見えてくるでしょう。スマートかつ相互につながったインテリジェントな病院およびシステムを活用し将来を生き抜くためには、患者と医療従事者に提供するサービスのビジョン、そして医療の先行きをどのように変革するかが鍵となります。
執筆協力者:Erik Vermeulen(EY Global Smart Hospital Solution Leader)、Kelly Hawk(Senior Manager, Global Health Consulting, Ernst & Young LLP)、Ankur Sadhwani(EY Global Health Analyst)