2024年3月19日
M&A及びPMIにおける財務会計領域の実務プロセス

M&Aの成果を実現するための、財務会計領域におけるPMIの実務プロセス

執筆者 山内 正美

EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部 プリンシパル

未知の課題に取りくむことで、企業の変化と成長をサポート。クロスボーダーM&Aを中心に、財務会計の専門家としてアドバイザリーサービスを提供。

2024年3月19日

近年、M&Aの成否を左右するPMIへの関心がより一層高まっています。会計数値はM&A実行の意思決定の判断要素であり、かつ、M&Aの事後的な成果の尺度でもあります。また、M&Aの会計処理は複雑かつ多岐にわたり、将来業績にも影響を及ぼします。連結財務報告体制構築とM&Aに関する適切な会計処理を目的とする会計PMIは、M&Aの効果を最大化するための基盤構築という重要な役割を果たします。

要点
  • 決算開示期限を順守するために、親会社の要求事項に対する子会社の対応力を早期に見極めた上で必要リソースを確保し、計画的に連結財務体制の構築を行う必要がある。
  • 大きなインパクトをもたらす複雑で多岐にわたる企業結合会計に関して、会計処理に必要な情報やその影響を早期に把握し計画的に準備を行い、期限までに適切な処理を行う必要がある。
  • プロジェクトの全体像と同時並行で進む多数のタスクの進捗の正確な把握、及び状況と優先順位に応じた柔軟な対応を可能とする適切なプロジェクトマネジメントが不可欠である。

1. はじめに

近年、投資家のM&Aの事後的な成果への関心の高まり等により、PMI(買収後の経営統合活動の総称であるPost Merger Integrationの略)の重要性がより一層増しています。本稿では会計領域に関するPMI を「会計PMI」と称し、そのうち財務会計に関連する部分をテーマとして取り扱います。

子会社の会計数値は、M&Aにおける親会社の意思決定の重要な判断要素となり、かつ、M&Aの事後的な成果もまた多くの場合、会計数値によって測られます。また、M&Aに関する会計処理は複雑かつ多岐にわたるとともに、この会計処理自体が将来の業績に長期的な影響を及ぼすことがあります。このことから、会計PMIは、全てのPMIの活動の土台を構築する作業として、非常に重要な役割を果たすと言えます。

会計PMIは、大きく分けて、子会社から親会社への適切な財務報告を行うための体制構築(以降「連結財務報告体制構築」とします)と、M&Aに関する適切な会計処理(以降「企業結合関連会計処理」とします)との2つを目的として行われます。また、プロジェクトのタスクの観点から会計PMIを捉えた場合、この2つに加えて、プロジェクト全体管理を目的とした、プロジェクトマネジメントのタスクが加わります。ここでは、この3つのタスク区分を基に、上場企業が非上場の企業を連結子会社化する場合における一般的な会計PMIの実務を解説します。

なお、文中の意見にわたる部分は、複数の会計PMIの支援を通じて筆者が得た経験に基づく私見であること、留意すべき事項の全てを網羅するものではないこと、分かりやすさを重視しているため、正確な会計基準上の用語を用いてない部分があることを、 あらかじめお断りしておきます。

2. 会計PMIの実務

プロジェクトのモデルスケジュール

(1) 事前検討フェーズ (M&A検討開始からSPA締結まで)

PMIの準備活動は、M&Aの検討と同時に開始することが望まれます。事前検討フェーズにおいては、通常、デューディリジェンス(以降「DD」とします)を通じて、M&A実行の意思決定や、M&A後に想定される課題の把握に必要な情報の収集を行います。

① プロジェクトマネジメント

プロジェクトマネジメントには、進行中のタスクの進捗管理のみならず、把握された課題を将来に向かってどのように解消するのかを漸進的に計画することが求められます。

本フェーズは通常、情報漏えいを避けるために、社内のごく限られたメンバーで構成されるチーム(以降「M&A検討チーム」とします)でM&Aの検討が行われますが、短期の間に可能な限り多くの重要な会計上の課題を把握することが求められるため、連結決算や企業結合会計に精通した経理部門のメンバーをM&A検討チームに加えることが望ましいと考えられます。本フェーズにおいては、後述の連結財務報告体制構築や企業結合関連会計処理の検討結果から想定される課題と対応策の特定、タスクの遂行スケジュール、及び外部専門家を含めたタスク遂行のためのチーム体制の草案の策定、タスク遂行に要するコスト(PMIコスト)の見積の取りまとめ等を主に行います。

また、これらの検討結果から、M&A実行の可否に関わるほどの課題(ディールブレイクの要因)が識別された際には、これをM&A検討チームに共有し、対応を協議しておくことが望まれます。

② 連結財務報告体制構築

本フェーズにおいては、対象会社の経理体制の初期的な把握に基づく課題の特定を主に行います。一般的には、人員数、システム、会計基準に関する知識や経験、決算日の相違等が課題になりやすい事項として想定されます。もしそのような課題が認められる場合、関連するより具体的な課題を特定し、この課題を解決するために、誰が対応するのか、どの程度のコストや時間がかかるのか、M&A完了後の最初の四半期決算(以降「初回連結」とします)まで十分な準備期間を確保するためには、取得日をいつにするべきか等を検討しておくことが望まれます。

③ 企業結合関連会計処理

本フェーズでは、企業結合会計等のインパクトの検討を主に行います。一般的には、連結の範囲に関する事項、DDによる検出事項の影響、取得原価配分(Purchase Price Allocation、以降「PPA」とします)を含めた企業結合に関する会計処理の概要、及びこれがその後の期間に与える影響、会計方針又は会計基準の差異、及びDDによる検出事項が会計処理に与える影響、その他PMIコストの決算への影響が検討すべき点として想定されます。
 

(2) 現状調査 (SPA締結からクロージングまで)

株式売買契約締結の公表等により、これ以降はよりオープンな活動が可能になります。一方で、いわゆるガンジャンピング規制(M&A完了前の協調的行動や情報交換に関する競争法上の規制)の関係で、対象会社とのコミュニケーションがこの段階でもなお制限されます。このため本フェーズにおいては、当該規制による本フェーズのタスクの実施可能範囲や進捗への影響と、これにより影響を受けるクロージング後の残タスクに対して確保されている時間及び人員確保の十分性を、常に考慮することが望まれます。

① プロジェクトマネジメント

本フェーズは、プロジェクト全体のマネジメントを担当するプロジェクトマネジメントオフィス(以降、「PMO」とします)の設置を含めた、会計分科会の組成、及び対象会社とのコミュニケーションパスの確立から開始されます。

PMOは本フェーズ以降、連結財務報告体制構築や企業結合関連会計処理に関連するタスクの進捗管理やスケジュールのアップデート、及びタスク遂行に必要な対象会社とのコミュニケーションにおいて中心的な役割を果たします。

なお、前述の通り、対象会社とのコミュニケーションは本フェーズにおいても制限されることが一般的ですが、対象会社内の経理体制等の課題や、対象会社が抱えるM&Aに対する不安や疑問等への対応が求められることも想定されます。

このため、PMOは法律専門家や財務アドバイザーと連携し、対象会社と必要なコミュニケーションを丁寧に行うことが望まれます。

② 連結財務報告体制構築

本フェーズにおいては、親会社の具体的な要求事項の対象会社への共有、必要な対応の依頼、及び対象会社との協議に基づき親会社との間で作業分担した上での対応策の実行が、主なタスクとなると想定されます。

要求事項としては、勘定科目体系の統一、決算早期化、決算期統一、クロージング後の開始BSや連結パッケージ等の財務会計情報及び管理会計情報の作成等が想定されます。

また、関連する課題が認識された場合、対応期限を検討した上で、対象会社の独力で対応可能か、又は親会社や外部専門家の支援が必要かを迅速に見極めることが望まれます。

③ 企業結合関連会計処理

本フェーズに入ると、会計処理に必要な情報が徐々に入手されるようになります。これに応じて、SPAやその他の最新の情報に基づく企業結合の会計処理の具体化、新たに検出された論点に対する対応、及び会計方針又は会計基準と差異の具体的な調整方法の検討等が、本フェーズの主なタスクとなることが想定されます。

なお、PPAに関しては、実際の作業はクロージング日以降になるものの、本フェーズの段階で、評価替えを行う資産負債の範囲やPPAを担当する専門家の起用を検討しておくことで、PPA実施の時間軸に余裕が生まれるものと考えられます。
 

(3) 親会社への報告準備フェーズ (クロージング日からM&A後の最初の四半期決算報告完了まで)

クロージング日における株式譲渡の完了をもってM&Aは完了し、対象会社は子会社となります。また本フェーズ以降は期限内の連結決算報告の完了という必達の目標があることから、タスクの優先順位付けが重要性を増します。なお、管理会計領域やIRの目的においては、親会社側の連結事業計画や連結年間予算にM&Aの影響を反映させるために、子会社の最新の事業計画や年間予算をこの段階で入手する必要が出てくることも考えられます。

① プロジェクトマネジメント

本フェーズにおいては、親子会社間の信頼関係の確立、親会社からの要求事項と対応するタスクとスケジュールのアップデート及び子会社への再確認が最初のタスクになると想定されます。

これを効率的に行うために、一般的には、親会社と子会社を交えたキックオフミーティングの開催が有効であると考えられます。PMOは、キックオフミーティングにおける意見交換を通じて調整されたタスクとスケジュールを基に、これ以降のフェーズにわたるタスクの進捗状況を管理してゆくことになります。

また、前フェーズまでの限定された窓口を通してのコミュニケーションから、各タスクに関連する担当者レベルでのコミュニケーションへ、コミュニケーションパスを拡充することにより、各タスクの遂行を加速させることが望まれるものと考えられます。

➁ 連結財務報告体制構築

クロージング日におけるタスクの進捗状況はケース・バイ・ケースですが、この時点でタスクを再整理し、初回連結決算のために必要な項目から優先的にタスクを完了させることが望まれます。なお、余裕がある場合、子会社に対する実務習熟度向上のための、トライアル実施も考えられます。また、初回連結決算報告においては、子会社側の連結パッケージ入力や会計方針又は会計基準調整への習熟が十分ではない状況も想定されます。このため、連結パッケージ入力に関して特に留意すべき点を親会社側から事前に共有しておくこと、子会社側の作業支援を行うメンバーを親会社から派遣すること又は外部の専門家に支援を依頼すること、提出された連結パッケージの入念なチェックを行うこと、場合によっては子会社の連結パッケージの提出期限を調整すること等が必要と考えられます。

③ 企業結合関連会計処理

親会社がクロージング日において子会社の連結を開始するために、子会社は開始BSの迅速な作成が求められます。また、PPAの作業は本フェーズ以降に開始され、IFRS及び日本基準適用会社においては、これをクロージング日から1年以内に完了させることが求められます。

また親会社側は、開始BS等を基に企業結合会計に関する会計処理を行いますが、PPAが完了していない場合、会計処理は暫定的なものとなります。
 

(4) 改善及び年度末報告準備フェーズ (M&A後の最初の四半期決算から年度末決算報告完了まで)

本フェーズにおいては、初回連結報告後時点における残課題のフォローアップと年度決算における追加的な報告事項への対応に向けた準備が主なタスクになると想定されます。

① プロジェクトマネジメント

初回連結報告後時点で、PMOは残課題及び対応するタスクを取りまとめ、年度末決算までに完了が必要な事項、長期的に改善を行う事項等、タスクごとの期限設定を実施した上で優先順位付けを行い、それぞれの進捗を管理します。

② 連結財務報告体制構築

初回連結報告完了後においては、主に連結報告プロセスや経理体制上の残課題への対応、及び、年度末決算において追加的に要求される情報の収集及び報告のため準備等が主なタスクとして想定されます。

また、人員に関する課題が残る場合、本社からの派遣人員や外部専門家による当面の支援を検討すること、及びこれと並行して採用活動を計画的に実施することが求められるものと考えられます。

③ 企業結合関連会計処理 

初回連結決算報告完了後においてPPAが完了していない場合は、引き続きこれに対応する必要があります。クロージング日から1年以内に監査を含めたPPAの作業を完了させるために、PPAを担当する専門家、及び監査人と適切に連携することが望まれます。

3. 子会社の性質による、対応すべき会計PMIの実務上の課題

(1) 子会社がベンチャー企業等を含む中小規模の企業である場合

親会社の連結財務諸表の規模によっては、子会社は非連結子会社として取り扱われる可能性があります。この場合、上記で触れた課題のほとんどへの対応は不要です。一方で、連結決算とは別枠で、親会社は子会社に会計情報の提出を定期的に求めるものと考えられますが、その要求範囲や粒度の決定において、子会社の対応力を十分に考慮する必要があると考えられます。また、子会社のその後の成長により連結範囲に含まれることとなった際に、子会社が十分な対応力を備えていることを担保するために、子会社の成長の状況や、これに基づく将来の連結範囲に含まれる可能性を定期的に検討し、子会社の経理メンバーやシステムの拡充を、子会社の成長に応じて適宜実施することが望ましいと考えられます。

(2) 子会社が海外企業である場合

子会社の財務諸表が現地の会計基準により作成されている場合、親会社の適用している会計基準上の要求に従い、会計基準差異の調整を行う必要があります。

また、親会社と子会社の間に共通言語が無い場合、これがコミュニケーション上の課題となります。加えて、海外子会社所在国の文化やカレンダー等への配慮と、親会社としての要求事項とのバランスの考慮が必要と考えられます。

(3) カーブアウトによる買収である場合

他の企業における特定の事業部門を切り出して設立した子会社や、事業を構成する子会社グループを買収する場合においては、子会社又は子会社グループが、独力で事業を継続する上で必要な経理機能が不足した状態で買収が行われることがあります。

このような場合においては、不足する機能をどのように補完するのかが、非常に重要な課題となると考えられます。

4. おわりに

これまでの説明から、会計PMIのタスクは広範なものであることがご理解いただけたと思います。このように広範なタスクを期限内に完了させることを実現する上で、PMIプロジェクト全体を管理するPMOによるプロジェクトマネジメントは不可欠な要素であると考えられます。

またM&Aは、営業、研究開発、コスト削減といった企業内の個々の努力とは桁違いの規模で、親会社の財務諸表に非常に大きなインパクトをもたらす取引です。また、この非常に大きなインパクトは、順調にプラス方向のものとなることもあれば、想定外にマイナス方向のものとなることもあります。このようにインパクトの大きいM&A実行に関する適切な意思決定、その後の子会社の適切な運営、及び適切な会計処理の実現においては、企業結合会計やその影響の適切な理解が重要な要素となると考えられます。

最後に、M&A実行後、子会社は親会社グループの一員となりますが、子会社の従業員にとってM&Aは、将来不安や業務負荷増加等の負のインパクトのきっかけとなることがあります。しかしながら、多くのM&Aの本来の意図は、親会社が、グループの成長のための重要な要素としての価値を見いだした会社に対し、これに見合う巨額の資金を投じて、相互の成長や成功をシナジーにより実現するための仲間として、この会社をグループに招き入れることにあると考えられます。PMIを成功に導き、シナジーを実現するためには、親会社は、プロジェクト初期段階から適切なリーダーシップを発揮し、目標の共有やメンバーの交流等を通じて親会社のM&Aの意図を子会社に適切に伝達すること、適切な支援を子会社に対して行うこと等により、親会社と子会社の相互の信頼関係を積極的に構築することが重要であると考えられます。
 

【共同執筆者】

EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部 
シニアマネージャー 羽野 文倫
マネージャー 田中 礼奈

※所属・役職は記事公開当時のものです


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サマリー

子会社からの適切な連結財務報告は、M&Aによるシナジーを創出するための不可欠なインフラです。また、企業結合会計は企業の決算に長期的な影響を与えるため、これを正確に把握しておく必要があります。これらを実現するために、適切なプロジェクトマネジメントのもと、会計PMIを遂行する必要があります。

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この記事について

執筆者 山内 正美

EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部 プリンシパル

未知の課題に取りくむことで、企業の変化と成長をサポート。クロスボーダーM&Aを中心に、財務会計の専門家としてアドバイザリーサービスを提供。