寄稿記事
掲載誌:2022年11月14日、ZDNET Japan
執筆者:EYストラテジー・アンド・コンサルティング ディレクター 田宮 康一、ディレクター 八巻 学人
第4回では、カスタマーサービスに焦点を当てて説明します。カスタマーサービスとは、「購入前」「購入中」「購入後」というライフサイクルを通して顧客をサポートする活動全般を指します。カスタマーサービスでは、適時・適切なチャネルで顧客に最適な体験を提供することが企業の価値を高める上で重要となります。
しかし、チャットボットをはじめとするデジタルチャネルの活用は進んでいるものの、十分な効果が出ていない企業が多いのも実情です。本稿では、日本におけるカスタマーサービスの現状を踏まえ、顧客視点でのカスタマーサービスの提供方法、その中心となるコンタクトセンターの高度化に向けて論点を解説します。
1. 一層重要となるカスタマーサービス
コンタクトセンター向けのソリューションなどを展開するモビルスが先頃発表した「お客さま窓口の利用頻度調査2022」における「お客さま窓口の対応が購買決定に与えた影響」によると、約56%の顧客がカスタマーサービスの対応に満足した場合は購入・利用を継続するのに対し、対応に不満があった場合は約46%の顧客が離脱してしまう結果となり、カスタマーサービスの満足度が購買決定に大きく影響することが分かります(図1)。
よくマーケティング用語で「1:5の法則」と言われますが、以前から既存顧客の維持・深耕が新規顧客の獲得より重要だと考えられてきました。それがコロナ禍でリアルな営業活動が制限される中、顧客の維持・深耕を行うカスタマーサービスの位置付けが一層重要になっていると考えられます。
2. 日本におけるカスタマーサービスの現在地
これまで多くの企業は、カスタマーサービスの改善に取り組んできました。しかし現状、思うように顧客視点での改善が進んでいないのが実情です。ガートナージャパンが2021年6月7日に発表した国内企業のITマネージャーを対象としたアンケート「日本におけるCXプロジェクトの状況」では、「必要だが未検討/進捗が遅い」「知らない/分からない」「自社には必要なし」を合わせると約8割弱に上り、情報システムの観点から顧客視点での対応が進んでいないことが明確になっています(図2)。
一方、実際の顧客対応の現場ではどうでしょうか。最近、顧客企業の方々から「サービスごとにFAQ(よくある質問)やチャットボットが乱立しており、顧客へのサービス品質の低下を招いている状況をどうすればよいか」と相談を受けることが多々あります。チャットボットなどのデジタルチャネルの導入は各サービス部門が手軽に導入できる反面、顧客への対応に統制が取れないことで、応対品質の低下を招いている状況があります。
これはデジタルチャネルだけの問題でなく、コンタクトセンターや店舗などのリアルチャネルも同様です。企業の多くでは、サービスチャネルごとに管理する組織が分かれています。例えばコンタクトセンター、ウェブサイト(FAQ)、店舗を管理している組織がそれぞれ異なる場合、多くの企業は組織/チャネルごとにカスタマーサービスを検討し、それぞれ独自のシステムやデータを管理しており、顧客対応がサイロ化している状況です。
そのような状況で顧客がサービスチャネルを通じてやりとりする際、チャネルが変わるごとに同じ内容を繰り返し質問し、時にはチャネルごとに異なる回答が提示され、顧客は本当に欲しい答えを見つけるのに時間がかかります。その結果、顧客満足度は低下し、顧客の離反へとつながっているのが現状です。顧客にとっては無関係なはずの企業の組織論理に、いつの間にか巻き込まれている状況となっています(図3)。
3. 組織をまたがったチャネルをどう改善すべきか
では、組織別に提供されているカスタマーサービスをどのように高度化していけばよいのでしょうか。当社が支援している企業には、各組織のカスタマーサービスにまつわる責任者が集まって顧客視点でのワークショップを実施することが有効でした。ワークショップでは、各チャネルにまたがった顧客の導線を描き、顧客の不満(ペインポイント)がどういった局面で起きているかについて、カスタマージャーニーマップなどを活用しながら可視化します。
その上で顧客のペインポイントを全社として解消するために、各組織/チャネルで何をするべきか、また各組織/チャネル間で何を連携していくかを全社で定義します。このようなワークショップを実施することで、以下の利点を生み出せます。
- 「顧客視点でのカスタマーサービスを生み出すのは自分たち」という当事者意識が生まれる
- 創造性が高まり、各チャネル/チャネル間で何をすべきかが顧客の視点で明確になる
- 創出したカスタマーサービスの方向性について組織間の意識統一が図られ、施策の実効性が高まる
ワークショップの実施後は施策の実行へ移行しますが、さまざまな障壁が発生し、途中で息切れしてしまう企業が多々あります。実際に成功している企業は、全体の改善の方向性(ロードマップ)を描いた上で、いきなり難易度が高い施策を実施するのではなく、より実現性の高いものから行うことで、小さな成功体験を積み上げています。その結果、途中で諦めることなく改善に対する機運が高まり、カスタマーサービスの継続的な改善につながっています。
組織を顧客視点のカスタマーサービスへ変革するには、時間がかかります。とはいえ、何も始めなければ顧客満足度は下がる一方です。まずは小さな改善を始めてみることに取り組んでみてはいかがでしょうか。
さて、ここまでは組織/チャネルをまたいだカスタマーサービスの「現在地」と「改善の方向性」について話しました。次章ではカスタマーサービスの中核となるコンタクトセンターに焦点を当て、より具体的な改善に向けた検討すべき事項を説明します。
4. 顧客視点のコンタクトセンターに向けて検討すべき6つの事項
企業は競合他社に勝つため、顧客が求めるカスタマーサービスの提供が求められ、そのポイントは「顧客ニーズに適したデジタルの活用」であることは「理の当然」です。また、現状からの改善ではなくデジタルの活用を前提として、企業は組織設計、運営方針、プロセス整備、必要となるスキルやリソースを考え、顧客の高まるニーズに応える必要があります。
その中でも、コンタクトセンターは顧客と直接コミュニケーションが取れるチャネルであり、これからは顧客が好むチャネルでのコミュニケーションを可能にするテクノロジーを採用し、変革すべきです。また、顧客視点でのカスタマーサービスの実現には、企業利益の最大化とのバランスも重要となります。どちらか一方ではなく両方とも重要です。このような難易度の高い変革を成功させるには、少なくとも6つの検討すべき事項があります(図4)。
先進的な企業は、優先順位は違うものの、上記6つを検討し、ビジネス目標と整合性のある適切なオペレーティングモデルを明らかにしています。要するに、効果的なカスタマーエクスペリエンスマネジメント(CXM)と顧客生涯価値(LTV)の最大化を実現する仕組みを構築しているのです。
5. 最後に
顧客エンゲージメントを高める真のカスタマーサービスの実現には、「簡単に手に入る」ベストなオペレーティングモデルは存在しません。だからこそ、企業は競争環境に応じ、最適な顧客体験につながるポジショニングやオペレーティングモデルを設計する必要があります。
特にテクノロジーにおいては、単独で実現可能な“神”ソリューションは存在せず、常に合目的なテクノロジーを組み合わせて、初めて理想的なオペレーティングモデルが実現されます。最後に、顧客のエンゲージメント向上を目的としたカスタマーサービス構築プロジェクトの経験から得られた教訓を紹介し、読者の変革への一助になることを望みます(図5)。