第1章
金融機関は金融サービスの創造的破壊に適応できるでしょうか。
新たな市場参入者は人材を引き付け、より機敏に顧客第一のソリューションを提供します。
2年前は多くが理論上のことでした。今は現実のものになっています。
技術の急速な発展とその金融サービスへの応用によって、新たな形での顧客サービスの機会が生まれています。こうした状況があるため、新規参入企業が台頭でき、実際に事業を実現して革新的なモデルを試しています。
既存企業も自らの革新的なアプローチ適用の可能性を考えていますが、変化が急速なため、ビジネスがこれまでとどのように違う影響を受けるか、またどんな投資や戦略が最も効果的なのか、といった予測が難しいのです。 金融機関は優位な立場にあります。巨大な顧客基盤や、優れたバランスシート、投資に回せる相当額の資金があります。
しかし、テクノロジーが市場の姿を変え続けているため、彼らのイノベーションへの取り組みにプレッシャーが高まっています。新しいテクノロジーと競争の高まりが、既存企業のプレッシャーになっているのです。
- フィンテック企業はより機敏に、そして人材を引き付けながら成長を続け、世界全体の投資額は2018年の1,000億ドルに上るペースとなっています。今日では、世界全体のユニコーン(評価額が10億ドル以上のスタートアップ)のうち12%をフィンテックが占めています。
- 巨大テクノロジー企業が金融サービス機関との直接競争により速く向かうならば、その創造的破壊力はとても大きなものになるでしょう。
- 新たなテクノロジーによる金融ビジネスの成長は、これまで決済や融資といったリテールの消費者ビジネスに集中していますが、商業やホールセールの市場でも前例のない変革や激しい競争を伴う転換を駆り立てる可能性があります。新規参入企業はテクノロジーによって、すでに確立している既存企業との競争が可能になりましたが、その同じテクノロジーが、既存企業自身のオペレーションや情報管理、顧客との関わり方も変えつつあります。
「彼らは皆、われわれに勝とうとしています。1人残らず誰もが狙っているのです」。JPモルガン・チェースのJamie Dimon CEOは、2014年に株主への年次書簡でこのように警告しました。
私たちは過去10年、顧客のことを考えずに過ごしてきました。それだけではなく、より多くの申込書に記入させ、より多くの手数料を請求しています。私たちは、フィンテック企業やその他の挑戦者の参入を信じられないほど容易にさせたのです。
顧客においては、より柔軟で個人に合わせたサービスへの期待がますます高まっています。自分が望む時に望む場所でサービスを受け、自分のニーズを満たすようにあつらえた商品を手に入れることを、期待しているのです。そして携帯電話上でのフルサービスを望んでいます。
フィンテック企業はこうした望みに対応することを出発点としています。多くの企業は消費者の領域を重視しています。テクノロジーによって企業は顧客へのアプローチや顧客の獲得がより容易になりました。新規の競争事業者による最大の侵略のいくつかはリテール分野の消費者バンキングでした。
100兆ドルに上る決済市場は、主要銀行、クレジットカード会社、その他金融会社によって長い間、支配されてきました。しかし新たな参入企業が登場し、より安く柔軟な決済処理の方法を提案し、今やオンライン市場の大半を握っています。これは「The Banker(ザ・バンカー)」の記事「Chinese Banks’ Big Tech Threat(中国の銀行が直面する巨大テック企業の脅威)」 で示されています。CBインサイツの「The Challenger Bank Playbook: How 6 Digital Banking Startups Are Taking On Retail Banking(チャレンジャー・バンクの事業戦略:デジタルバンキングのスタートアップ6社はリテール分野にどう参入したか)」によると、チャレンジャー・バンクの中には200万人を超える顧客を持つところもあります。
複数の大手インシュアテック企業は共同で10億ドル近くを調達し、評価額は全体で90億ドルに迫っています。
こうしたフィンテック企業の多くは若年層の顧客に照準を合わせており、現在の顧客の平均年齢は34歳です。そして組織設計やテクノロジー採用に機敏性があります。こうしたスタートアップが拡大を続けているため、既存企業にとって競争上の脅威が増しています。
「プロダクト一つひとつについて、誰かがより安くより良くする方法を考え出せば、それぞれの利益をつぶしていくでしょう」。サミットであるディレクターはこう指摘しました。
ピアー・ツー・ピアやオンラインの融資は、伝統的な既存企業のほかに成長していく大きな市場があることを示しています。2016年の英国における中小企業向け融資のうち約15%はオンラインのプラットフォームで提供されたものでした。米国では、フィンテック企業による中小企業向け融資は全体の約3分の1となっており、2010年の1%未満から大幅に増えています。 新たなモデルも登場しており、将来の金融サービスに大きな影響を与える可能性があります。新モデルの一つは「マーケットプレイスとしての銀行」で、顧客はお金を複数のサービス提供機関に容易に動かすことができます。
「それは好機になります。顧客に満足してもらって、モバイル端末も使える方法です」と、あるサミット参加者は言っていました。 革新的なビジネスモデルはインシュアテック企業からも生まれています。変化する顧客ニーズに対応してイノベーションを創り出しています。ただ銀行業界のような規模に達しているものはほとんどありません。
「保険の始まりはこうでした。つまり、問題を解決するために集まり、そしてリスクを減らすのです」とコメントしたのはサミットに参加した1人のディレクターです。
既存企業は、大規模なテクノロジー・プラットフォームの金融サービスへの大掛かりな参入によって、さらに脅威に直面します。こうした巨大なサービス企業は、数十億人の顧客ネットワークを擁しており、そこでバンキングや保険のサービスを展開するのは容易です。
第2章
巨大な金融機関は自らのビジネスを変革できるでしょうか。
規模と安定性を備えた企業は、素早く機敏に対応できるなら見込みがあります。
金融サービスでは既存企業が変化のペースへの対応に苦闘していますが、もし競争力を維持したいのなら、フィンテックのスタートアップやテック企業の最善の部分を取り入れなければなりません。フィンテック企業は、アクセスのたやすさ、コストの安さ、より柔軟なサービスを提供して市場シェアを勝ち取っています。既存企業がこうしたことをするのであれば、企業文化やオペレーションを組織的に変更する必要があります。
私たちは皆、テクノロジー、アプリケーション、プラットフォーミング、パートナーシップの壁に直面しています。これは今後の投資について最善のロードマップを理解して前進していくための苦闘です。
ただ、金融機関はビジネスモデルを刷新している間でも、収益性や株価は維持しなければなりません。
「そして彼らは自分たちがそれを行うための能力のすべては持っていないことを認識しています。労働力や人員をシフトする必要があります。ジョイントベンチャーや、アウトソースを増やし、組織にもっとパートナーシップを取り入れる必要があります」と、サミットに参加したバンカーの1人は警告しました。
一部の既存企業は組織についての考え方を変えつつあります。アジャイルプロジェクト管理、DevOps(デブオプス)、「スプリント」といったテック企業やスタートアップでは一般的な手法を採用しているところもあります。既存企業は「速く動いて突き破る」というテクノロジー企業の文化を喜んで受け入れることはできませんが、内部構造を変えて物事をもっと迅速に進めようとしています。より柔軟性を持つ別の組織やブランドをつくったり、組織文化の変革に取り組んだりして、柔軟性を高めるとともにイノベーションに対してよりオープンになろうとしています。
既存企業は文化の変革の一環として、リスクに対してもっと寛容になり、革新的な考え方を奨励する必要があるかもしれません。
既存企業には、フィンテック企業との競争においていくつかの優位性が確かにあります。大手金融機関は、顧客から個人データに関して安全な場所だと思われています。 米国銀行協会のある調査 によれば、決済の保護に関して顧客の59%は、別の決済サービス企業や小売企業、通信企業よりも銀行を信頼していることが分かりました。
既存企業の規模や安定性、それにバランスシートは相当な価値があり、小規模なフィンテック企業に対して競争優位性があります。
私たちのビジネスの核心部分は、約束を遵守する能力であります。災難があったときには、必要とされるところに資金を直ちに確保しなければなりません。これは小さな企業ではできません。人生という観点から見れば、私たちは30年から40年にわたり払い戻すという責務もあります。規模と安定性は何よりも勝るのです。
別の参加者は大手銀行についてこう言いました。「規模は魅力です。私たちには何百万人もの顧客があり、投資の規模もあります。小さなフィンテック企業では対抗できません」。
既存企業も対応しています…でも遅過ぎますか。
金融機関はこうしたことすべてに対応を進めています。レガシーシステムの更新や、新たなビジネスモデルの探求、提携や買収の拡大です。いずれも柔軟性や機敏性を高め顧客に集中するためのものです。
しかしそのペースは依然遅く、どんなモデルを採用するかの決定に苦戦しています。どんなアプローチをすべきかについても議論しています。一部の参加者は、銀行の中には「パイプ」やバランスシートを提供する公益企業の役割に行き着くところもあるかもしれないと予想しています。他の参加者には、銀行が自らの商品やサービスを顧客に販売する中でその価値を効果的につかみ、新しいテクノロジーを活用して顧客との関係や得られる顧客のデータを守ることを期待する人もいます。また何人かの参加者は、「モバイル・ファースト」の戦略を支持しました。特に若年層向けに、モバイル・デバイスを通じた専用のコミュニケーションや商品を導入するのです。
例えば、保険会社の中には、リスクの防止や軽減のサービスを保障商品に組み入れているところもあります。しかし保険会社もまた適応に苦労しています。仲介業者との関係や販売戦略の変更、複雑な保険商品の単純化はすべて、業界にとって悩ましい問題だからです。
参加者の中には、こうしたモデルは銀行、保険、アセットマネジメントといった金融サービスセクター間の境界線がぼやけてくることを意味すると予想する人もいます。「プラットフォームを支配する者が顧客をつなぐ新しい方法を提供し、消費者の財布の支払いを引き付け、金融サービスの提供をアプリケ―ションが支配するのです」と参加者の1人は話しました。
規制や監視が進化しない限り、既存企業ほど規制当局の監視を受けない機敏なスタートアップに対して、既存企業は不利な立場が続くでしょう。既存企業内のイノベーションは規制当局にとっての難題でもあります。イノベーションは顧客や個別の金融機関、そして金融システム全体に顕著な恩恵をもたらし得ますが、新たなリスクを生む可能性もあります。サミットに参加した規制当局からは、容認できない監督上のリスクを生まない形で顧客の利益に供するイノベーションを、促進していくことに重点を置く、という発言がありました。
第3章
金融サービスの提供企業はインクルージョンを向上させられるでしょうか。
企業は、銀行口座を持たない人たちや保険に入っていない人たちへのサービス提供の戦略を、新興市場でも先進国市場でも持つ必要があります。
銀行がこれに真剣に取り組めば、2000億ドルに上る収益機会があります。
新しいビジネスモデルによって、従来は営業的に手が届かないとみられていた顧客に金融サービスを届けることが可能になります。特に広く普及しているスマートフォンが新たな販売チャンネルを開き、従来は銀行口座や保険契約を持たなかった何億人もの人たちが、正規の金融システムに入ってくるようになりました。テクノロジーの進歩が、こうした顧客へのアプローチのコストを大幅に引き下げました。これは、金融のインクルージョンが、伝統的な金融機関と新規参入企業の双方にとって、成長の源泉になり得ることを意味しています。
多くの人たちが未だに銀行口座を持っていません。世界銀行の調査 「グローバル・フィンデックス・データベース2017:金融インクルージョンとフィンテック革命の測定」によると、発展途上国の成人の37%が銀行口座を持っていないことが分かりました。高所得国では6%にとどまります。
調査によれば、デジタルの銀行支店やリアルタイム決済といったデジタル・イノベーションによって、国際的な銀行の経費はネットで600億ドル(経費全体の3%)を2022年までに減らせると言います。スマートフォンの広範な普及やインターネットアクセスの速度向上で、銀行や保険会社はデジタル限定の商品やサービスを導入できるようになり、コストのかさむ支店や営業代理人を多数削減しています。
デジタル・アイデンティ技術の進歩と一部市場での規制当局の積極的な姿勢が結び付いて、これまで十分なサービスを受けていない人たちにアプローチし、本人確認(KYC)の要件を満たす道も開かれています。またデータを入手できる情報源の裾野が広がっていることから、企業はサービスを十分受けていなかった人たちが欲しいものや必要なもの、またその行動を理解するための代替的なデータ・セットを探り、信用や保険を引き受けるための新たなアプローチを創り出すことができます。
金融サービス企業はフィンテックか既存企業かを問わず提携関係を拡大しており、その相手は、銀行、マイクロファイナス機関、フィンテック企業、通信企業などにわたっています。国際的な銀行や保険会社は、フィンテック企業に資金支援を提供しています。より迅速な前進を目指してコンソーシアムを組む金融機関もあります。
しかし、金融面で疎外されている人たちは先進国の世界にもいます。新興市場でのインクルージョンのために開発された技術は、先進国で取り残されている人たちが金融システムに参加する手助けにもなるかもしれません。ただ、逆の面から見ると、テクノロジーでアクセスを拡大できる一方で、銀行の支店に依存している多くの人たちはデジタル・テクノロジーを利用できません。商品やサービスがますますデジタル化される中で、こうした顧客は金融システムから一段と疎外される可能性があります。
結論
既存企業は、加速する変化のペースに適応するための戦略を決定する必要性が決定的に重要になっています。
変化は極めて速く進んでいるので、リーダーたちは無分別な賭けをしないよう注意しながらも、取り残されることのないよう十分に素早く行動するよう努めています。彼らは将来に向けて変革に取り組みながらも、こうしたリスクを管理し、レガシー・ビジネスやレガシー・システムを管理しなければなりません。
この記事は、「金融サービス・サミット」年次会合の「ビューポイント」を基にし、「ガバナンス・リーダーシップ・ネットワーク」の議論と関連調査の要点を押さえることを目的としています。
サマリー
「金融サービス・リーダーシップ・サミット」の参加者が会合し、機敏性と顧客第一が求められる進化中のエコシステムにおいて、金融機関は何を考えるべきかについて議論しました。