社会的課題解決の視点とビジネスの実現性を高く評価
EY Japanヘルスサイエンス・アンド・ウェルネスリーダー
矢崎 弘直
現在、健康データの活用やデジタル化などにより、ヘルスケア業界は大きく変わろうとしています。「Healthtech/SUM2023」のピッチコンテストには、日本のヘルスケアビジネスを変革しようとする多くのスタートアップ企業が集まりました。その中で最も衝撃を受けたのが、「日本にはご飯を食べられない人が26万人もいる」という話から始まったリブト社のプレゼンテーションでした。「最後まで口から食べられる社会の実現」に向けて開発された次世代ポータブル電子内視鏡は、社会的課題の解決に向けた視点があることはもちろん、多くの医療現場ですでに活用されており、ビジネスとしての実現性もあります。また、EYの目指す方向性とリブト社の理念が一致していることなどから、EY Japan賞を贈呈させていただきました。
ひとりの医師との出会いから「最後まで口から食べる社会」への挑戦が始まった
矢崎:まず、創業に至った経緯について教えてください。
リブト株式会社
代表取締役社長
後藤 広明氏
後藤氏(以下、敬称略):私は以前、オリンパスに勤めていました。医療機器のエンジニアとして6年仕事をした後、マーケティング部に異動したのですが、医師の方々から内視鏡に関するご要望をいただくことが多かったんです。しかし、大企業では利益が見込めるビジネスでなければなかなかGOサインが出ません。そこで大企業ではできない、ニッチなことにチャレンジできる会社をつくろうと独立し、リブトを設立しました。
矢崎:リブトという社名にはどんな想いが込められているのでしょうか?
後藤:リブトという社名は、Live Togetherから発想しました。ひとりでできることは限られています。私自身、これまでたくさんの人に応援してもらいながら生きてきました。会社をつくるとなれば、なおさら多くの人の手を借りることになります。たくさん頼るけれど、自分ができることはやる。そんな共存共栄の精神を込めました。
矢崎:とても素敵な由来ですね。リブトでは「最後まで口から食べる社会」の実現に向けた商品開発をしていますが、どんな経緯があったのですか?
後藤:大田区の勉強会で、ある医師に出会ったことがきっかけでした。
東北大の工学部を出た後、山形大の医学部に入った珍しい経歴を持つこの医師は、自分で部品を組み合わせて内視鏡に取り付けるカメラをつくってしまうような方でした。しかし、当然ながら他の先生には真似できません。量産するにはどこかに製造してもらうしかないわけですが、大手の医療機器メーカーには引き受けてもらえない。そこで、ものづくりのメッカである大田区なら手伝ってくれる業者がいるのではと期待したそうなのですが、結局誰からも手が挙がりませんでした。原因の1つにあったのは、難解で厳しい薬事法の壁です。
前職で医療機器のエンジニアをしていた私には、薬事法の知識がありました。また、これまでさまざまなご要望をいただく中で誰かがやらなければいけないテーマがたくさんあることもわかっていました。それはまさしく、私自身が会社を設立した理由でもあります。そこで、まずは手弁当でお手伝いをすることにしたんです。ここから「最後まで口から食べる社会」の実現に向けた挑戦が始まりました。
嚥下機能障害になったら食べられない、その認識を変えていきたい
矢崎:その医師とのご縁が、製品開発につながったのですね。リブトの手がける次世代ポータブル電子内視鏡は、従来の電子内視鏡とどう異なるのでしょうか?
後藤:現在、医療現場で使われている電子内視鏡には、大きく分けて2つあります。1つは、胃カメラなどで使われる据え置き型のもの。そしてもう1つは、持ち出し可能な小型のものです。しかし、小型の電子内視鏡には映像を外部へ出力することができないという欠点がありました。
嚥下機能障害に悩んでいる方の多くは高齢者です。在宅介護の現場や介護施設での診察が主であるため、持ち運べる形状であることが必須であると同時に、医師だけではなく、同席者にも映像が見えるようにしたいという要望がありました。どんな形状なら嚥下可能なのか、そのためにはどうすればいいのか、患者本人や介助をする人が正しく理解することが必要だからです。そこで、映像を無線で飛ばし、iPadで同席者全員が見られるようにしました。
また、これまでは15分の検査に、セットアップと撤収でさらに15分ずつかかり、ひとり検査をするのに合計で45分もかかっていました。そこでセットアップの時間をできるだけ短縮できるような工夫も行いました。
矢崎:とても革新的な商品であることがよくわかりました。患者さんのQOLを上げた事例はありますか?
後藤:これまでに何百もの検査に同行してきたのですが、その中で印象的なシーンに立ち会うことは多くありました。例えば、嚥下機能が衰えて大好きなお刺身を食べることができなかった女性が、弊社の電子内視鏡「VEスコープ VE2022」で嚥下状況を詳しく検査した結果、柵の刺身は食べられないものの、筋を取って細かくして、食べる際の向きを工夫したら問題なく食べられることがわかりました。涙ぐんで喜ばれている姿を拝見して、私も嬉しかったです。
また、大好きな煎餅を止められていた高齢男性が、硬い煎餅ではなくソフト煎餅を唾液で濡らせば飲み込めると検査で確認できた時も、ご本人はもちろん、ご家族も本当に喜んでいましたね。
みなさん、嚥下機能障害を起こすともう一生食べられないと諦めてしまうのですが、私はまずその認識を変えたいと思っています。早めに検査すれば、食べられる方法を残せる。そのことを知っていただきたいです。
“食年齢”の概念を広げることで、考えるきっかけをつくっていく
矢崎:「VEスコープ VE2022」を開発する過程で、現場の医師からはどのような反応があったのでしょうか?
後藤:当初は、こんな小さな会社がつくったものが果たして受け入れてもらえるのだろうかと危惧していたのですが、新しいもの好きでバイタリティーあふれる先生方に快く協力していただくことができました。
大手であれば、問題がないか各方面に何度もチェックを通して、修正の必要がなくなってからでないと発売できません。このような商品を発売するには30年ぐらいかかるでしょう。その点、われわれはベンチャーですから、走りながら修正ができます。トライアンドエラーを繰り返しながらやっている最中も、先生方からは前向きなアドバイスをたくさんいただきました。今回EY Japan賞をいただいたことで、協力してくださった先生方への恩返しにもなったと大変嬉しく思っています。
矢崎:次のフェーズや今後の展望について聞かせてください。
後藤:先ほどもお伝えしたように、一番の問題は知らないことです。最後まで食べられる選択肢があるということを、じわじわと広げてみなさんに知っていただくことが当面の課題だと考えています。
ある時、急に食べられなくなると言われて、初めて嚥下機能障害について調べる方が多くいます。まさか、ドロドロのペースト食を食べなければいけない未来が待っているなんて、ほとんどの人は想像もしていないでしょう。形あるものを食べたいという想いは人類共通の願いではないでしょうか。そこに応えていくことが、われわれの使命だと思っています。
これまではどちらかというと先生方から患者さんへとトップダウンで市場をつくってきましたが、これからはボトムアップで、患者さんから先生方へと認知を広げていきたいと考えています。
矢崎:健康年齢という概念がありますが、食に関わる部分で“食年齢”という概念を広めていく必要があるかもしれませんね。食べることができるかできないかは、健康を図る上での重要なバロメーターです。食年齢を意識することで、それを高める方法を考えるきっかけにできるのではないでしょうか。
後藤:食年齢というアプローチはとてもいいですね。確かにそのような概念があれば、外来の先生とも話がしやすいと思います。
矢崎:本日詳しいお話を伺って、応援したいという気持ちが一層強まりました。医師の方々が何に困っているのか、患者さんが何に悩んでいるのか。そのニーズを把握するところから出発して、それをビジネスとして成立させる。まさにビジネスの鏡です。そして、医療上の制約が多くある中で、医師をはじめとして、いろいろな方々と協力していくことの大切さや、何よりもチャレンジしていく熱い気持ちが世の中を変えていくのだということを改めて実感しました。
リブト社の精神はEYのパーパスであるBuilding a better working world(より良い社会の構築を目指して)にも通じるものです。「最後まで口から食べられる社会」を実現するために、われわれも惜しみない協力をしていきたいと思います。
サマリー
嚥下機能障害を起こしても、口から食べる選択肢を残すことは可能です。そのためには早めの検査が大切ですが、現在、その認識はまだ浸透していません。EY Japanは、リブト株式会社の開発する次世代ポータブル電子内視鏡と食年齢の概念を共に広めることで、最後まで口から食べる人間の尊厳、選択肢ある社会の実現に寄与したいと考えています。