中期経営計画の基本方針「社会的価値の創造」を実現するためにどのような取り組みが必要でしょうか?
「社会的価値の創造」を経営の要に
中村 辰也(以下、中村):SMBCグループは2023年度に中期経営計画「Plan for Fulfilled Growth」をスタートされています。基本方針の柱の一つである「社会的価値の創造」についてご説明いただけますか。
髙市 邦仁 氏(以下、髙市 氏):SMBCグループは、今回の中期経営計画で「幸せな成⻑」の時代への貢献を掲げています。経済の成⻑とともに社会課題が解決に向かい、そこに⽣きる⼈々が幸福を感じられるような価値、すなわち社会的価値を⽣み出すことが、「幸せな成⻑」の時代の実現に必要不可⽋です。
これまで企業価値を計る主な基準は経済的価値でしたが、今後は社会にどのような良いインパクトを与えるのかが新たな物差しとして加わってくると予想されることも、社会的価値の創造を重視する理由の⼀つです。社外からの信頼や評価を得るためにも、社会的価値創造の重要性はますます⾼まると考えています。
例えば最近では、SMBC⼥⼦バスケットボール部がトップリーグである「Wリーグ」へ参⼊(2025〜26シーズン以降を予定)することを発表しました。それ自身はむしろ社内のエンゲージメントの観点で重要な取り組みと言えますが、バスケットボールは⼥性にも⼈気のあるスポーツであるものの、将来のキャリアへの不安などを理由に多くの学⽣選⼿が卒業とともに引退し、社会⼈以降に競技を続ける選⼿が少ないという課題があります。SMBC⼥⼦バスケットボール部では、現役引退後も社員として活躍できる枠組みを整備し、安⼼して競技に打ち込める環境を整えることで、競技⼈⼝の維持・増加というバスケットボール界の抱える課題に貢献することが出来れば、社会的価値の創造に繋がると考えています。
中村:多くの企業が社会的意義を示すパーパスを掲げる中で、SMBCグループはパーパスを設定するのではなく、経営の基本方針の中心に社会的価値の創造を据えました。ここにSMBCグループの思いや本気度を感じますが、パーパスを設定しないのは金融業界の中では珍しいですよね。
髙市 氏:「幸せな成長」の時代は、自社の成長だけで成し遂げられるものではありません。あえてパーパスを設定しなかったのは、標語を掲げるよりも経営の基本方針の中核に社会的価値の創造を据えて本業に取り込むことが重要であるというSMBCグループの意志の表れだと認識しています。広くポジティブに影響を与えられる取り組みを、社会をリードする志で推進し、本業を変革させていかなければならないと考えています。そのため、社会的価値と経済的価値が重なっている事業領域だけでなく、貧困・格差問題のように社会的価値が大きい一方、収益を生むには長期目線が必要となるマテリアリティにも積極的に取り組んでいます。
中村:SMBCグループは、2023年10月に「社会的価値創造推進部」を発足され、現在では企画と推進を担当する部署を分けた上で社会的価値創造本部を立ち上げられました。設立からの約半年間の活動の中でどのような課題を感じ取りましたか。
髙市 氏:社会的価値の創造という概念を社内により一層浸透させる必要があると感じています。社内に十分に浸透して、初めて社外からの信頼や評価を得られるような本質的な取り組みが可能となります。社員全員が社会的価値の創造に共感し、価値創造のためのアクションを起こしている状態になることが目標です。
社会的価値の創造は中長期的戦略であることから、成果がすぐに表れない取り組みも多くなります。そのため、成果や内容が分かりやすく、多くの人がアクションに加わりやすい取り組みも並行して進めていく必要があります。Wリーグ参入はその一例ですが、社内でも反響が大きく、関心の高さを感じています。ほかにも、評価や表彰で社員のモチベーションを高めたり、プロボノの対象先を拡大したりすることで、価値創造のためのアクションを後押ししています。
ステークホルダーの共感と信頼を生むために、インパクトの可視化に挑む
インパクトの可視化はなぜ必要なのか
中村:現在、社会課題の解決や社会貢献、社会的価値の創造などさまざまな文脈で「インパクト」という言葉が利用され始めています。また、インパクト投資なども広がりを見せていますが、社会に与える「インパクト」を特定し、戦略として経営基本方針の中枢に据える取り組みはまだ多くありません。SMBCグループでは、中期経営計画の基本方針である社会的価値の創造を加速させるために、インパクトの概念を取り込み、その可視化を見据えられています。インパクトは、SMBCグループが金融機関として取り組む施策によって社会に与える影響と言えますが、その大きさや影響を受けるステークホルダー、貢献可能性などによって、社会に実質的に与えられるインパクトの領域は変わってきます。インパクトを経営戦略に取り込むのは先進的なアプローチですね。
髙市 氏:SMBCグループのインパクトを語る上では、インパクトが発生する過程のストーリーを明確にすることや、必要に応じて定量的に可視化していくことが重要です。可視化が必要な理由は二つあると考えています。
一つ目の理由は、社会的価値の創造の成果を社外に発信するためです。経済をヒトに例えるなら、金融機関はお金という血液を流す心臓と言えます。お金を動かすことを本業としている私たちが、目に見えない社会的価値を生み出していると説得力を持って語っていくことは容易ではありません。ですから、視認できる基準があれば、大きな武器になります。二つ目は、社員の社会的価値の創造への全員参加を促すためです。「どんな価値を創造するための業務なのか」を明示することは社員のやりがいに直結します。インパクトの可視化によって社会的価値の創造を社内に浸透させることができれば、活動の発展につながるはずです。
例えば、SMBCグループが提供する「エルダープログラム」は、⾼齢のお客さまやそのご家族が必要な時にいつでもワンストップで多種多様なサービスとつながることができるプログラムです。このプログラムを利⽤したお客さまが、利⽤前と⽐較して健康寿命などに改善された点があったり、その改善点によって利⽤されたお客さまを取り巻くご家族などのあらゆるステークホルダーにプラスやマイナスの影響がある場合、その影響や度合いをインパクトと考えることができます。
中村:企業や事業から生じる直接的なアウトプット、それが関連するステークホルダーに及ぼす影響である短期的、中長期的なアウトカムを捉え、その大きさを定量的に可視化することで、インパクトの大きい施策の取捨選択がより明確になりますね。
髙市 氏:EYにはインパクトの特定や可視化をサポートしてもらっていますが、可視化には影響の大きさや広がり、ターゲットの属性や地域、SMBCグループのどのケイパビリティが貢献したかなど幅広い要素が関係してきます。インパクトを特定するためのロジックモデルや波及経路を構築していくのは骨が折れますが、専門性をフルに活かして、第三者の客観的な立場からもサポートしていただけるのは心強いです。
EYに相談した当初は、現在の中期経営計画をスタートさせたものの、実施すべき取り組みを明確にしなければならないという課題に直面していた時でした。社内でも「インパクト」という言葉が注目され始めたところ、EYにはインパクト加重会計の専門家であるDavid Freibergさんがいることを知り、インパクト分野で深い知見をお持ちなのではと思ってお声掛けしました。中村さんはSMBCグループについてよくご存じだということもありますし、EYの皆さんはSMBCグループの業務内容や課題感、目指す方向を理解した上で的確な提案をしてくださり、提案内容からチーム内での議論の積み重ねが背景にあることを感じ取れます。タイムラインを意識してスピード感のある対応をしてくださるのも安心できますね。
産業と産業をつなぐハブとしての使命感
中村:インパクトの概念を取り入れ、その可視化に向けた取り組みを本格的に始めている例は、金融業界でもあまり見られません。なぜ他社に先駆けて取り組まれたのでしょうか。
髙市 氏:最大の理由は、一般事業会社のお客さまの存在です。インパクトに関する取り組みは、一般事業会社が先行しています。金融機関はさまざまな産業のハブとなる存在ですから、後れを取るわけにはいきません。社会的価値創造の取り組みでも、お客さまを常にお支えできる存在でいたいと考えています。
また、社会的価値を計る指標が確立されるまで時間がかかるとみられることも理由の一つです。現在市場で用いられている経済的価値を計る指標は長い時間をかけて確立されたものですから、社会的価値も同様に、相応の時間がかかると思います。インパクトに関する取り組みは、長期的な視点を持って、着実に進めていくことが肝心だと考えています。
柔軟な姿勢で未来像を探求し、社会のインパクトリーダーを目指す
より良い「社会的価値の創造」を目指し、前進していく
中村:インパクトの可視化をサポートさせていただく中で感じるのは、SMBCグループの社会的価値の創造への熱量の大きさです。その実現に向けた取り組みの現在地をどのように認識されていますか。
髙市 氏:社会的価値の創造に本腰を⼊れ始めてまだ2年⽬です。気候変動や⼈権のような問題にはこれまでも対応してきましたが、経営の基本⽅針として社会的価値の創造への活動を本格化させるのはこれからというところです。
中期経営計画では、5つのマテリアリティと10のゴールを設定し、それぞれに対して、われわれの取組実績などを表すアウトプットベースのKPIを設定しています。現在、EYのサポートを得ながら、取り組みにより顧客や社会に与えた変化や影響を表すアウトカムベースまたはインパクトベースのKPIを具体的に検討するフェーズまで来ています。
社会的価値の創造に向けて、インパクトは中⼼的な役割を担うものです。社内では業務へのやりがいを深めるツールになりますし、社外では社会課題に対して同じ⽬線でお客さまと前進し、共創していくための共通⾔語になるので、今後も可視化への歩みを⽌めることなく注⼒していきます。
中村:社会的価値の創造と言っても、社員やお客さま、投資家などステークホルダーはさまざまで、広い視野が必要かと思われます。目指す未来像についてお聞かせください。
髙市 氏:社会的価値の創造を達成した先にある幸せな成長については、まだ全体像を描けていないのが現状です。試行錯誤の途中ですが、あるべき社会像を見据えて、注力すべき課題を決定するフレームワークの一つである「フューチャーデザイン」を試行しています。社会課題ごとに的を絞って取り組んでいくことで、徐々に未来像が浮き彫りになってくるはずです。
ただし、将来の課題は新たに出てくる可能性もあるので、正解を決めつけるのではなく、自由闊達(かったつ)な課題の探求や、意見を出すような柔軟さは大切にしていきたいですね。多種多様な視点から見ることで違う出口を見いだせる可能性もあるので、グループ全体に取り組みを広げたいと考えています。
中村:EYは「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」をパーパス(存在意義)に掲げているので、社会的価値の創造には深く共感します。SMBCグループとの取り組みでは、持っていなかった視点や意見が双方向から出てきて、新しいアイデアが生まれることがあります。共に取り組む過程でより質の高いものを生み出すことができ、前進につながっているとしたら光栄です。
髙市 氏:EYとSMBCグループには同じ方向を向いた基本方針があり、目指す未来を共有できていることが共創を可能にしているのだと思います。
社会的価値の創造には正解がなく、独りよがりになりがちなテーマだからこそ、社外からの信頼や評価が大切です。EYは、第三者の立場からSMBCグループの取り組みを冷静に見て、社会の求める方向に進んでいるか、どのような立ち位置にいるか、コミュニケーションを取りながら伴走してくれる、力強いパートナーです。
中村:目に見えない価値を金融機関が視覚的に表現すること、経営の基本方針の中心に社会的価値の創造を据えること、いずれも難易度が高い取り組みです。しかし、難しいからこそ取り組む意義は大きいと思います。インパクトに関する明確な物差しはまだ市場にはありませんが、目標や指標は今後必要になるはずです。SMBCグループがインパクトリーダーとして社会をけん引していけるよう、引き続きお役に立ちたいと思います。
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