1. 顧客本位の業務運営
金融庁は2017年3月、顧客本位の業務運営の定着に向けて「顧客本位の業務運営に関する原則²」を策定(2021年1月改訂)し、その後定期的に「顧客本位の業務運営に関する原則」等に基づく取組方針を公表した金融事業者リストおよび投資信託の共通KPIに関する分析を公表するなど、各金融事業者に対して同原則の受け入れを呼びかけています³。
金融庁は、2022事務年度の金融行政方針において、⾦融事業者による顧客本位の業務運営の確保と、⾦融事業者が自ら主体的に創意工夫を発揮し、良質な⾦融商品・サービスの提供を競い合い、より良い取組みを行う⾦融事業者が顧客から選択されていくメカニズムの実現に向けた取組みの実効性を高めていくため、「顧客本位の業務運営に関する原則」によるプリンシプルベースの取組みと、ルールベースの取組みの適切な役割分担を踏まえながら、必要な対応を行っていくことが重要との認識を示しています。
具体的には、プリンシプルベースの対応として、資産運用会社等のプロダクトガバナンス⁴の推進や、その確保のためのガバナンスの強化に向けて、「顧客本位の業務運営に関する原則」の見直し等を検討するとしています。また、ルールベースの対応として、顧客本位の業務運営の観点から適切な勧誘や助言が行われるための制度的枠組みの検討を行い、顧客の資産形成に向けたコンサルティングやアドバイスに関するビジネスの健全な発展を促すとともに、⾦融事業者が提供するサービスの向上に向けて、デジタルツールも活用した顧客への情報提供の充実等に向けた制度面の検討を行うとしています。
プロダクトガバナンスの推進および「顧客本位の業務運営に関する原則」の見直しに関しては、金融審議会「顧客本位タスクフォース」において検討が進められています。2022年12月に公表された同タスクフォースの中間報告⁵では、同原則の見直しやルール化に向けて、検討を深めていくべきであるとの文言が盛り込まれました。今後金融機関に対しては、顧客本位の業務運営に関する具体的な取組みの明確化や、営業現場における取組みの定着状況などについて、より一層厳しい目が向けられることが予想されます。
2. オペレーショナル・レジリエンス(業務の強靭性)
オペレーショナル・レジリエンスに関して金融庁は、2021事務年度の金融行政方針において、クラウドサービスの利用の広がりや、フィンテック企業と連携した決済サービス等が拡充する中、外部委託業務や連携サービスを含めた業務プロセス全体を実効的に管理し、オペレーショナル・レジリエンスを確保する重要性が高まっているとの認識を示しました。
2022事務年度の金融行政方針においても金融庁は、決済機能をはじめとする⾦融システムの維持に必要な業務や多くの利用者が頻繁に利用するサービスについては、システム障害、感染症、自然災害などの事象の発⽣により、未然防止策を尽くしてもなお中断が起こりうることを前提に、利用者目線に立ち、代替手段等を通じた早期復旧や影響範囲の軽減を担保する枠組みを確保することが重要との認識を示しています。金融庁は2023年4月27日に、所要の手続きを経て、金融機関がオペレーショナル・レジリエンスを確保していく際の論点・課題をディスカッション・ペーパーとして整理した「オペレーショナル・レジリエンス確保に向けた基本的な考え方」⁶を策定するとともに、同ディスカッション・ペーパーの趣旨を踏まえ、「主要行等向けの総合的な監督指針」の一部改正(案)を公表しました⁷。この基本的な考え方においてはオペレーショナル・レジリエンスを巡る議論・背景および金融機関に期待される役割に加え、今後の金融機関との対話の進め方など、オペレーショナル・レジリエンスに関する基本的な考えが示されています。
今後金融庁は、それぞれの金融機関の規模・特性も踏まえつつ、サーベイの実施や経営陣等との対話を通して足もとの取組状況や問題意識を丁寧に把握し、国際的な議論の進展も見据えつつ更なる取組を進めていく上での課題を特定し、その上で、課題の解決に向けた好事例集の共有等を通じて、金融機関におけるベストプラクティスの探求を実質的に促していくととともに、金融システムの安定と金融サービスの利用者の保護・利便性確保の観点から、引き続き、金融機関を含めた幅広いステークホルダーや有識者と建設的な対話を継続し、国際的な議論の深化にも貢献していくとしています。今後金融機関は、重要な業務を特定した上で、業務中断後(危機時)の金融システムや利用者への影響を耐性度(最終防衛ライン)内に収めるよう、平時から社内外の業務プロセスの相互連関性をマッピングし、必要な経営資源(ヒト・モノ・カネ)を確保し、訓練・テスト等を通じて適切性を検証し、定期的に見直し続けることが求められます⁸。
3. 仕組債への対応
2022事務年度の金融行政方針の「実績と作業計画」においては、金融庁が2021事務年度に実施した証券会社各社における顧客本位の業務運営の取組状況についてのモニタリングの結果、仕組債の販売において、真に顧客ニーズを反映したとは認められない販売状況も散見され、その中には⾦融商品仲介業者や地域銀行への業務委託を通じて販売し、結果として苦情につながったケースも見られたとの指摘がなされています。
金融庁は、2022事務年度においても引き続き仕組債の販売について注視し、仕組債を取り扱う⾦融機関が、経営陣において、こうした点を踏まえた上で取扱いを継続すべきか否かを検討しているか、継続する場合にはどのような顧客を対象にどのような説明をすれば顧客の真のニーズを踏まえた販売となるのかを検討しているかといった点についてモニタリングを行うとともに、証券会社に対しては、顧客本位の業務運営への取組状況の進展についてモニタリングを行う方針を掲げました。
金融庁が2023年5月19日に公表した「業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点⁹」によれば、金融庁は「仕組債の販売について、多くの先で『2022年11月末時点で取扱無し』との回答があったが、金融商品全般の適切な販売態勢の構築の観点からは、販売停止の事実よりも、内部でどのような議論を行い、どのような理由・考え方で停止に至ったのかという点が重要である」との考えを示すとともに、「仕組債の販売を継続する場合は、適切なリスク・リターン検証結果に基づき、『顧客の最善の利益の追求』の観点から、経営陣が責任を持って判断していただきたい」との考えも示しています。仕組債の販売を継続する金融機関に限らず、過去に仕組債を販売していた金融機関においても、的確な経営判断の下に対応を行うことが求められます。
Ⅲ. 社会課題解決による新たな成⾧が国民に還元される金融システムを構築する
金融行政方針の2つ目の柱である「社会課題解決による新たな成⾧が国民に還元される金融システムを構築する」において、金融庁は、気候変動問題への対応、デジタル社会の実現、スタートアップ支援等の社会課題解決を新たな成⾧へと繋げるために金融面での環境整備を行うとともに、「貯蓄から投資」へのシフトを進め、成⾧の果実が国民に広く還元される好循環を実現すると掲げています(主な方針とこれまでの取組み状況については表2を参照)。
(表2)「社会課題解決による新たな成⻑が国⺠に還元される金融システムを構築する」における主な方針とこれまでの取組み状況