少子高齢化による労働人口の減少、あるいは働き方改革といった要因が、ファイナンスオペレーションに与えるインパクトは従前から懸念されていました。
そうした中、COVID-19による強制的なリモートワークや、電子帳簿保存法の税制改正、インボイス制度の導入といった外的事象が発生することで、これまでにファイナンスオペレーションの変革を準備してきた企業とそうでない企業との差が、より浮き彫りになったということができます。
一方で、RPA等のIntelligent Automation、あるいはProcess Miningといったデジタル技術はすでに実用化の段階に来ていますが、これから活用に取り組んでも決して遅くはありません。本章では、こうした足元のデジタル技術の活用を幾つか取り上げ詳述します。
1. リコンサイル業務の自動化
日々の会計業務において、勘定残高と仕訳明細、あるいは業務データと会計データの突合確認、それらの不整合に対する修正作業に多くの手間と時間を費やしている企業は多いのではないでしょうか。
また、複雑なシステム環境下でシステム間の連携が不十分なため、例えば販売・購買システムと会計システムの金額に差異がある場合、その原因を特定するにも、勘定残高から仕訳明細、さらには受発注データに至るデータトレースを手作業で行わなければならず、両システムに対しても、上手く整合が取れるように修正しなければなりません。このような手作業による突合・確認・修正作業に多大な工数をかける状況が常態化しているケースも多いと考えます。
この状況を根本的に解決する手段は、ERP等の基幹システムの標準化や統合にあるというのは当然ですが、それには巨額の投資と多くの期間が必要です。基幹システムの標準化・統合といった大規模プロジェクトは、本シリーズの次回以降で述べる全ての期待効果を享受して初めてROIを正当化できるものであり、もはや業務の自動化や効率化だけで投資回収できるものではありません。
こうした課題に対しては、自動照合ツールやRPAなど、デジタル技術の活用が有効です。これまで個別担当者の属人的なノウハウとして蓄積されていた、突合確認・差異検出・原因特定・修正という一連の流れを、照合ツールで自動化する、あるいはRPAに学習させることによって、大幅な業務処理の効率化・省力化、ならびに高速化が期待されます。
2. 例外処理への対応
RPA等のIntelligent Automationは、AIを活用したコグニティブ化が進んでいます。従来のRPAを手足に例えると、RPAのみで処理できる標準パターンの割合はそれほど高くなく、人間による判断が必要な例外ケースが多いという問題がありました。しかし、AIという頭脳を搭載することで、現在ではRPAがさまざまな例外ケースを機械学習し、パターン化して自律的に処理することが可能になっています。
また、デジタルツールが取り扱える対象はデジタル化されたデータであり、手書きの請求書といった情報は人間がデータとして入力する必要がありました。これについても、コグニティブ技術や自然言語処理の技術を融合したAI-OCRという、いわば目の機能をRPAに搭載することで対応できるようになっています。
なお、若干話はそれますが、手書き請求書の問題に関連した別のトピックについても言及します。EUでデファクト・スタンダードとなっているPeppolという国際規格に準拠した、電子インボイスの標準化と普及をデジタル庁が推進しています。これは、請求書発行のみならず、前後の処理を含むend-to-endプロセス全体の大幅な効率化の可能性を持っており、注目されています。
3. 業務プロセスの見直し
例外処理を含む現行プロセスをRPA等で自動化・省力化できるとしても、現行プロセスの非効率な部分をそのままRPAで糊塗(こと)し、放置するのではなく、プロセス自体の見直しを行うべきであるのは当然でしょう。また、属人化・ブラックボックス化した例外プロセスも、できる限り標準化・可視化したほうが、ガバナンス的にも望ましいです。
そこで活用が見込まれる足元のデジタル技術は、Process Miningです。これは業務処理から発生するシステム内のイベント・ログを収集し、業務プロセスを可視化する技術です。
これによって、ファイナンスプロセスの中に存在するボトルネック工程を明らかにし、改善活動につなげることができます。また、プロセスの巧拙を図るKPIを定期的にモニタリングすることで、初期改善実施後に遷移した新たなボトルネックに対してアクションを打ちます。これを繰り返すことで継続的な改善が期待できます。
さらに、標準プロセスから逸脱した業務処理をProcess Miningを通じて検知、分析することで、業務の標準化につなげることも可能です。
4. 新たな労働環境への対応
COVID-19によりリモートワークを余儀なくされた際、紙でしか存在しない原始証憑(しょうひょう)にアクセスできないため、経理業務が滞るリスクに直面した、という話をよく聞きます。これまで、ペーパーレス化の推進というと、やや原始的・初歩的な取り組みというイメージがあったかと思いますが、実態としてそれほど進んでいない企業が多かったことの証左であると考えます。
一方で、電子帳簿保存法の税法改正をはじめ、世の中のペーパーレス化への動きは加速しており、すでに実用化段階にある帳票類の電子保存ツールを活用した、紙に依存しない業務プロセスへの転換は待ったなしです。
また、これまで決算の進捗(ちょく)状況について日次のFace to faceの確認会を行っていたものが、リモート環境下では難しくなったという事象も耳にします。これについても、グループ全社の決算工程を可視化し、日々の進捗状況をシステムを通じてモニタリングできるデジタルツールが実用化されており、いわばリモート決算コントロールタワーの設立・運用が可能な状況です。
さらには、決算内容に対する社内外からの問い合わせに対して、自然言語処理、機械学習などの技術を応用したAI Chatbotやデジタルアシスタントを活用することで、応答プロセスの効率化やコミュニケーションの有効性を高めることも可能になりつつあります。
5. レポーティング業務の自動化・効率化
ここまで述べてきた内容は、主に<図1>のScoreKeeper領域の自動化・効率化に関するものでしたが、デジタルはCommentator領域の効率化にも大きく寄与することが期待されます。
社内外から求められる定型・非定型レポートを作成するために、必要なデータを特定・収集し、数値の配賦などのステップを踏んだ上で、レポート形式にまとめるまでの作業に多くの工数を割いていたと思います。こうした作業についてはBIツールの活用により、大幅に自動化することが期待されます。また、セルフサービス型のダッシュボードツールを、レポートの使用者自身が利活用することで、レポート作成・報告業務そのものが不要になるケースもあるでしょう。
こうした足元のデジタル技術の活用を通じて、これまでの処理作業を中心としたファイナンスオペレーションはデジタルが一手に担うことになり、ファイナンス要員は単純なルーティンワークから解放されます。単純作業は一切デジタルに任せ、人間はプロセス企画やモデリングといったオペレーション改善活動を中心に行い、さらには経営課題の解決や意思決定への関与といった、<図1>でPeople Led(人間が中心となり実施すべき業務)と記したより付加価値の高い役割に、その工数をシフトさせていくことになります。
もちろんそのためには、デジタルの活用だけではなく、人材のケイパビリティ再構築やオペレーティング体制の見直しも重要となりますが、その点については次回以降にて詳述します。