2. アクション①:バリューチェーンの活動に潜む脆(ぜい)弱性を見つける
第一に、CFO組織は事業戦略において、バリューチェーンの中に潜むESへの脆弱性をあぶり出し、経営資源を再配置することで全体最適化を図る必要があります。前述Ⅲ.で見た通り、各国のES発動によって、企業はバリューチェーン内の特定の活動が制限され、既存の競争優位が脅かされる可能性があります。昨今では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行を契機としてあらゆる業界で半導体が不足し、既存のサプライチェーンがいかに脆(もろ)いものであったかが露呈しました。こうした事態を受け、米国や中国をはじめとした世界各国では経済安全保障の一環として、自国に有利な規制や枠組みを強化する動きに乗り出しています。各国がESの応酬を繰り広げる渦中で、日本企業はサプライチェーンの強靭(じん)化に努めると同時に、脆弱性を低減するためのアクションを起こす必要があります。例として、製品の原材料が特定の調達先のみに依存してチョークポイントとなってしまっている場合、調達活動から一度視線を外し、製造活動にヒトとカネを投入することで、特定の原材料や調達先に頼らない代替技術の開発とイノベーションを加速することにつながります。
そのためCFO組織は、将来起こり得るESと自社のバリューチェーンを重ね合わせ、特定の活動に致命傷となりかねない脆弱性が潜んでいないかを見つけ、何に経営資源を費やすべきかを決定する必要があります。このようなバリューチェーン全体の監督を担うのは、部分最適を志向し脆弱性を抱えがちな各事業部や他の支援部門ではなく、特定の活動や事業とは切り離されて俯瞰(ふかん)的な立場にいるCFO組織に他なりません。バリューチェーン全体を最適化することによって、特定の活動による影響を平準化し、企業の頑健性を構築することが可能になります。
3. アクション②:ESによる有事に備え財務柔軟性の確保
第二に、財務戦略の資金調達の観点では、ESリスクが懸念される環境下では財務の柔軟性を確保しておく必要があります。財務の柔軟性とは、外部環境の不確実性に対応するため、財務的なゆとりをもつことです。ロシアのエネルギー資源をてことした企業接収の例のように、経済大国や資源国のESによる影響は甚大となる蓋(がい)然性が高く、企業に致命的なダメージを与えかねません。日本企業を取り巻く足元の環境では、台湾有事の緊張が緩やかになっていない状況において、中国での事業にESリスクが迫っています。場合によっては、資産凍結や接収の対象にされるシナリオを想定し、財務の柔軟性を考慮する必要があるでしょう。その備えとして、平時から負債と株主資本の資本構成に気を配り、ESによる危機が生じた際、即応して資金調達が可能となるように、格付けの向上および銀行とのリレーション構築が肝要となります。
財務の柔軟性の確保は、ESによる将来の危機を耐え忍ぶ財務基盤となるとともに、将来の好機をつかみ取るための財務戦略となります。また、財務の柔軟性を確保することは、負債の節税効果や株主資本利益率(ROE)の低下につながる可能性もあるため、アクションのベースには、やはりESリスクに対する適切なシナリオプランニングを据える必要があるといえます。
4. アクション③:投資意思決定にESリスクを織り込む
最後に、財務戦略における投資の観点では、投資意思決定にESリスクを織り込み、非連続に変化する外部環境に応じて複数のオプション(選択肢)を用意する必要があります。一般的に、投資意思決定では投資の経済性を評価し、評価結果と採択基準を比較して投資の実施可否が決定されます。一方で、高まるESリスク下では、投資評価モデルで使用される変数(割引率、原油価格、CFなど)は大きな不確実性に晒されています。そうした状況を踏まえ、確度の高い投資意思決定を実現する方法の1つとして、リアルオプション法が挙げられます。
リアルオプション法では標準的なNPV法を応用し、将来のシナリオに応じた投資の拡張や継続、中止、撤退を想定します。例として、投資した5年後にESの影響により、CFがマイナスになる可能性を有する投資案件を検討します。標準的なNPV法では、NPVの期待値にCFのマイナス値が含まれてしまいます。しかし現実では、赤字の事業は撤退のオプションが可能です。リアルオプション法ではこうした撤退のオプションを加味することで、NPVの期待値にマイナス値が入りこむことを防ぐことができます。このようにリアルオプションを考慮することにより、状況が明らかになった段階で、継続か中止かなどの判断が可能な案件、つまり柔軟性を持つ案件を高く評価することができます。リアルオプション法では、突発的な経済制裁などの影響を受ける可能性がある投資案件の場合、そのリスクを投資意思決定に織り込みながら評価することが可能となります。これは、従来の投資評価モデルでは投資しないと判断される案件が、投資を行うという意思決定に覆る可能性もあります。
激動の環境下を走り続けるには、企業が事業のために果敢に投資を行いつつ、突如現れる危険に対して適切かつ瞬時に反応することが不可欠です。ESリスクを加味したリアルオプション法とは、まさに有事の事態に適切かつ瞬時に反応する準備に他なりません。リスクレベルに合わせ、複数オプションを持った上での投資判断の仕組みが整っていることで、見通しの悪い前途であっても企業は思い切ってアクセルを踏むことができるのです。