第1章
サプライチェーンへの影響
最も影響を受けているサプライチェーンの事例と洞察
新型コロナウイルス感染症はさまざまな産業に影響を及ぼしましたが、全ての産業で同水準の損害が発生したわけではありません。自動車、観光、消費財、電子機器および小売りのような業界では、他の産業に比べ甚大な影響を受けています。以下では、現在の状況下で最も影響を受けた事例およびその内容を紹介します。
市場をリードするある自動車メーカーは、製造に使用するワイヤハーネスの部品を正規部品サプライヤーが供給できなかったため、韓国にある7つの工場を閉鎖しなければなりませんでした。これらのサプライヤーは、政府が感染流行期間中は完全封鎖している中国湖北省内に所在していました。この問題により、この世界的な自動車メーカーの生産の40%が影響を受け、新車販売開始の休止を余儀なくされました。
この自動車メーカーは、現在も重要な部品を求めて代替するベンダーを模索していますが、一定の時間を要するものと思われます。ISO/TS 16949が要求する品質管理に対応できるベンダーを見つけるために、韓国にある7つの工場の再開が当面妨げられるかもしれません。全てのリスクを取り除くことができる訳ではありませんが、適性を有する複数のサブベンダーや代替的な調達先を多様なロケーションに配備することにより、このような状況下においても生産の一部を継続稼働させることができます。
企業の調達部門の担当は、市場の変化に瞬時に対応できるテクノロジーを活用し、新製品モデルやプラットフォームの計画から日次の調達業務まで、コストとリスクのバランスが取れたカテゴリー戦略を構築する必要があります。
世界的な大手アパレルメーカーは、過去5年間にわたってオンラインオムニチャネル展開を取り入れてきました。この企業は、従来のオフラインビジネスモデルから新しいオンライン販売チャネル(25%以上の直接販売)を成功裏に育成しました。しかし、現在の状況や消費者行動の変化に伴い、直営店の50%以上が閉鎖するなど、オフラインビジネスが大きな影響を受けています。このアパレルメーカーは、迅速な内部の協力体制によってオンラインビジネスを強化し、オフラインビジネスの損失を軽減するために、オンラインとオフラインの在庫のシームレスな連携を実現することを計画しています。さらに、物流ネットワークおよびラストワンマイルパートナーの多様化を含む物流戦略に焦点を当てることで、この危機を乗り切ろうとしています。
航空業界はとりわけ大きな打撃を受けました。中国は最大のアウトバウンド国際市場であり、世界で2番目に大きな航空市場です。業界のアナリストによると、移動制限により中国の航空業界の数字は過去と比較して大幅に低下しているものと推測されています。航空会社が状況に適応するのに苦労していることに加えて、ジェット燃料のサプライヤーも影響を受けています。新型コロナウイルス感染症が需要にダメージを与えるという懸念のために、アジアのジェット燃料価格は下落し、石油精製業者の利益は過去2年半の間で最低レベルまで落ち込んでいます。原油企業各社は現在、緊急の生産調整実行のためのオプションを検討しています。この事例は、強固かつアジャイルな需給バランス調整機能を持つことの重要性を示しています。
バリューチェーンプランニングの分野において、従来の需要予測は、過去の販売実績に基づいて予測するという手法に依存していました。ただし、急激な市場の変化、天候の変化、自然災害などの現実の事象を考慮すると、過去の売り上げトレンドだけでは、将来の売り上げを予測するのに十分ではない場合があります。ある大手グローバル飲料会社は、モノのインターネット(IoT)と視覚認識技術を採用して、コンビニ、レストラン、スーパーマーケットに設置された冷蔵エリアの需要を感知しています。このようなテクノロジーを導入することで、この企業は流通在庫の可視化を進め、流通業者が現在の状態に基づく予測を提供できない場合でも、新型コロナウイルス感染症流行などの事象に対してより適切に対応することができています。
グローバルな家電メーカーは、地方政府が工場の操業停止を当初の2月10日を超えて延長したため、長期にわたる生産の混乱に備えています。地元および出稼ぎ労働者の大規模な労働力を背景に、この企業の中国における生産能力の存在感は大きなものになっています。工場が再開しても、労働力の全てが戻ることはないと企業側は予測しています。
製造業者にとって、労働力不足とその補充は、工場が一時的な操業停止後に生産を開始する際に管理すべき重要事項となります。新型コロナウイルス感染症による移動の制限と健康への影響により、仕事に戻る出稼ぎ労働者が減少しました。
多くの企業が人員配置の制限のために稼働率を低下させているため、生産効率、高い歩留まり、高品質の推進に重点が置かれています。工場の再開後も、多くの場合、以前の生産能力の50%を達成するのに苦労しています。企業が需要に追いつくよう多くの生産時間を確保するため、メンテナンス関連の戦略を先送りにする可能性が高いことから、スペアパーツの入手および利用可能性の管理に焦点を当てることが重要です。大きな故障が交換部品の入手不能と相まって、完全な工場閉鎖と同様の影響を引き起こす恐れがあります。企業のEHSプログラムに関しても、感染症の流行などのディスラプション(創造的破壊)に対する有効性について再評価する必要があります。
第2章
弾力的なサプライチェーンの構築
現在の状況に対応する努力と、復元に向けた長期的な基盤構築の均衡を図りながら、企業は行動していく必要があります。
疑いようもなく、企業にはこの事態から回復するための困難なタスクが待ち受けています。しかし今後必要となるのは、予測できない大きなうねりが及ぼす同様の影響をどう防ぐかという本質的な議論です。
このパンデミックからの進展と過去の破壊的な事例から得られた洞察に基づいて、企業が弾力的なサプライチェーンを構築する際に役立つ、重要なファクターとして以下が考えられます:
1. エンド・ツー・エンド(End to End)のサプライチェーンリスク評価を行い、重要なフォーカスエリアを決定する
短期的には、感応性とスピードが全てに優先します。積極的にサプライヤーや物流業者などのサプライチェーンのパートナーと協力して、物流に関するリスクヘルスチェックを実施します。
- 特定 - 供給、生産能力、倉庫、輸送の間にある深刻なギャップを見つけるために、変化する需要と在庫水準を特定する
- 策定 - さまざまなサプライヤー、生産と供給ネットワークの間でさらなるネットワークを効果的かつ効率的に活用することを目指して、サプライチェーンのエコシステムの中で共通の目標と、実行可能で短期的かつ成果の出せる回復戦略を活動ごとに策定する
- 展開 - リーディングカンパニーは、災害による影響を限定的にするために、シナリオ分析に基づくアクションプランを構築する。整理された主要なKPIを含むファクトベースのダッシュボードは、企業全体とサプライチェーンを可視化するのに役立つ。これにより、企業が必要に応じて計画をダイナミックに繰り返し優先順位付けする際に役立つ
2. 強固なリスク管理プロセスの開発とサプライヤーネットワークの多様化
企業は最終消費者からN次サプライヤーへのサプライチェーンネットワークをマッピングすべきです。各サプライチェーンノード/弧状チャネル、倉庫、工場、サプライヤー、輸送について、企業はリスクを測定する方法を確立する必要があります。
3. デジタル化と自動化による、卓越した製造能力の確保
労働集約プロセスへの依存を軽減し、スマートな製造オペレーションのための自動化とIoTソリューションを活用します。デジタル技術によって実現する強固な製造エクセレンスプログラムは、日々の業務やその手助けの標準化を可能にし、オペレーション遂行にあたって特定の個人への依存を軽減することができます。IoTの能力は、どんなときでも最適な決断をするために、ユーザーに関連があり更新されたデータを提供することで、結合したシステムであるデジタルエコシステムを育てられます。自動化された製造能力は、企業が代替可能な人材で製造のオペレーションを実行することを可能にするだけでなく、人員削減も達成できます。
4. 調達カテゴリーの戦略的優先事項の評価と調整
企業のサプライチェーン全体の目標を達成するためには、タイムリーなレビューを通じた調達の、価値創出機能への変換と、サプライヤーとの新たなビジネス関係の定義付けを目指した、カテゴリーの戦略的優先事項の見直しが必要です。さまざまなテクノロジーや、コスト、品質、納期、イノベーションといった戦略的優先事項の要素化によって機敏な調達オペレーションを備えることが、復元力に寄与します。企業はサプライヤーの社会的ネットワークから便益を得るためにデジタル調達テクノロジーを導入することができます。調達時におけるサプライヤーの社会的ネットワークとサプライヤー・ライフサイクル・マネジメントを導入すれば、困難な環境下において調達能力とサプライヤーの協力を強化することができます。
5. より協力的で機敏な計画と遂行能力に投資する
企業内だけでなくビジネスパートナーとの間でも、より機敏で協力的な関係構築を可能にする、昨今のテクノロジーによる実現可能性は無限大です。需要の予測や商品の動きを追跡するためのIoTデバイスに始まり、高度な予測解決、ソーシャルメディアによる需要行動モニタリングなどは、企業が需要のシグナルをいかに認識し、いかに迅速に対応するかという点で大きな影響をもたらします。こうした能力は、通常のビジネス環境下においてもビジネスパフォーマンスにとって非常に重要であり、この新型コロナウイルス感染症の流行というパンデミックの状況下ではなおさら、サプライチェーンの復元力を高めることになります。
現在の新型コロナウイルス感染症の大流行は、さまざまな影響を受ける、あらゆる産業へディスラプション(創造的破壊)を引き起こしています。企業は今まさに、直面している多くの障害と課題を迅速に評価し、復旧し、素早く対応するときです。ディスラプション(創造的破壊)からの復旧過程であるこの予測不能な環境下において、事業の足かせともなり得るサプライチェーンにおける根本的な問題と不足要因の見落としは初期の段階に起こり得ます。弾力的なサプライチェーンを構築することは、今後何年も議論の中心となるでしょう。
サマリー
大規模な新型コロナウイルス感染症の広がりを受けて、企業および産業のサプライチェーンおよびビジネスに大きなダメージが生じているのも事実です。このパンデミックからの進展と過去の破壊的な事例から得られた洞察に基づいて、企業がさらに弾力的なサプライチェーンを構築する際に役立つ重要なファクターについての記事をご紹介します。