第1章
銀行における生成AI導入の制約と障壁
今回の調査では、生成AIへの投資の成功を阻む5つの障壁が明らかになりました。
銀行は、生成AIへの投資で高いリターンを得ることの障壁となり得る大きな課題に直面しています。今回の調査結果から以下の課題が明らかになりました。
専門知識とリソースの不足
銀行では、生成AIの取り組みを担う人材が不足しています。調査回答者の半数以上が、生成AI専任チームを立ち上げる上での最大の課題に、社内の専門知識不足を挙げています。
専門知識の不足
55%の銀行の意思決定者が、生成AI専任チームを立ち上げる上での最大の課題に、社内の専門知識不足を挙げています。
コストと予算上の制約
銀行は、経済状況に応じてあらゆるテクノロジーへの投資を制限せざるを得ず、生成AIも例外ではありません。回答者の半数強が、生成AIの取り組みを進める上での課題として、導入コストを挙げています。
導入コスト
54%の銀行の意思決定者が、生成AI導入の障壁は高コストだと回答しています。
社内能力に対する自信の欠如
現在も多くの銀行で見られる、大幅にカスタマイズされた古いテクノロジーアーキテクチャは、これまでの急場しのぎの追加開発や低品質なデータフローにより、AI導入を阻む障壁となっています。このような制約を踏まえ、かなりの割合の回答者が、自社に生成AIの導入に適したテクノロジーインフラや能力があるとは思えないと述べています。
社内能力への懸念
37%の銀行員は、生成AIのユースケースの導入に必要な社内能力(テクノロジーインフラ、管理、人材)に対する自信が欠如しています。
ユースケースの優先順位付け
AI導入においては相反する選択肢があるため、銀行は最もインパクトのある初期のユースケースを探すという課題を突きつけられています。多くの銀行が優先しているのが、従来のバックオフィス部門における能力の自動化(ロボティック・プロセス・オートメーションなど)です。回答者の大半が、さらなる開発とテストを待っている段階で、フロントオフィスのユースケースの優先順位を決めるのはその後になると述べています。
ユースケースの優先順位付け
67%の銀行が、さらなる開発とテストを待っている段階で、フロントオフィスのユースケースの優先順位を決めるのはその後になります。
規制の不確実性とリスク
規制の変化により、銀行が直面する可能性のあるコンプライアンス要件と法務リスクに対する不確実性が生じています。レジリエンスの観点から見ると、銀行は生成AIの力を悪用するハッカー、詐欺師やその他の攻撃者などに備える必要があります。規制は現状に合わせて変化していくため、企業は今後規制に追い越され時代遅れとなるプロセスを構築するのではなく、規制の動向を見越したシステムをどのように構築し実現するかを考える必要があるでしょう。また、生成AIの導入を目指す銀行は、既存のルールが生成AIにも適用されるという規制当局の主張を念頭に置かなければなりません。
生成AIを導入する上で、銀行の懸念事項として最も多く挙げられたのは、データプライバシー、セキュリティ、正確性、信頼性に関わるリスクです。大規模言語モデル(LLM)がバイアスやハルシネーションの影響を受ける可能性があることを考えると、この懸念も無理はありません。銀行ではセンシティブな機密情報が非常に多いため、偶発的なデータ侵害や誤った取引に対する懸念が生じることは避けられないでしょう。
第2章
銀行が生成AIの導入を進めるための5つの優先課題
銀行は、イノベーションを加速し、銀行モデルを再構築するために、これらの主要な戦略上の優先課題に注力すべきです。
1. バックキャスティング・アプローチで、事業転換の道筋を描く
生成AIの力を生かすためには、生成AIで実現する新機能を基に、将来のビジネスモデルを再構築し、そこから逆算して、短期的なユースケースの優先順位を決める必要があります。組織全体におけるAIを活用した新しい機能は、データの収益化、商品やサービスの拡充、顧客エンゲージメント強化のための新たな機会を生み出すことができます。これらすべてが、組織の競争力の向上につながるでしょう。
今、何から行動すべきか
銀行は、革新的なテクノロジー(ブロックチェーン、RPA〈ロボティック・プロセス・オートメーション〉など)の導入で得た学びを生かし、特定の課題や機会への対処に適しているのは、生成AIか、既存のテクノロジーか、あるいはその組み合わせかを判断する必要があります。有力なユースケースとして考えられるのは、これまで人間が担ってきた、大量のデータを活用したり、人間的な応答を生成するロジックを必要としたりする業務であり、規制面の注意事項も、ユースケースの優先順位を決める上で参考となります。当局が高度な生成AIシステムの導入を企業に期待する可能性が高いと思われるのは、金融犯罪などの領域です。
今後の展望
AIのテクノロジーが急速に進化し続ける中、銀行は事業の包括的なビジョンを策定し、イノベーションポートフォリオ全体を組み込み、機動的に方向転換をする準備を整える必要があります。
2. 新しいテクノロジーと人材にアクセスするためのエコシステム・アプローチを模索する
テクノロジーの更新を必要とする銀行の多くが、生成AIを導入することで、現在のアーキテクチャ上の制約を乗り越える機会を得ることができますが、生成AIが職場で役に立つものにするためには、従業員が持つ業務に関する専門知識や業界知識にアクセスする必要があります。
生成AIが新しいテクノロジーであり、多くの銀行における技術力不足を考えると、必要なスキルとリソースを確保するには、買収またはパートナーシップの締結が必要となるかもしれません。生成AIは非構造化データを処理できるため、エコシステムを通じて第三者とつながり、データの共有が容易になります。銀行の約半数(51%)は、生成AIのユースケースの市場参入アプローチとして、社内で開発するより、パートナーシップを締結する方を優先すると回答しています。
今、何から行動すべきか
まずやるべきことは、インフラを最新化し、データ品質を高め、データフローを改善する機会を特定することです。銀行が既存のテクノロジーとデータの環境でAIを導入するには、コンピューティング機能(サーバーの容量やデータストレージ、演算能力など)を強化する必要があるかもしません。また、組織の既存の専門知識からナレッジグラフを構築することで、生成AIは貴重なインサイトを引き出すことができます。
今後の展望
買収や合弁事業の機会は、銀行が生成AIを活用して新しいエコシステムを構築したり、既存のエコシステムを強化したりして、新しい商品やソリューションの提供を迅速化させる一助となります。このようなディールのビジネスケースは、機能の慎重な評価結果に加え、初期のユースケースの成果に基づき作成すべきです。
3. ユースケースを特定しながら、イノベーションポートフォリオを再編成する
生成AIの導入に関して、銀行は自動化、プロセス改善、コスト管理を、初期の導入の優先課題とするのはよいのですが、その後、これらに限定して注力すべきではありません。生成AIは、現在のAI実装では見られないような形で、顧客対応業務や収益業務に影響を与える可能性があります。例えば、生成AIは、商品やサービスの高度なパーソナライゼーションをサポートする可能性を秘めており、顧客の満足度と定着率、信頼感を高める一助となります。
また、多くの銀行は、業界の垂直統合と預金残高を維持するための戦略を推し進め、多様化した新しい収益源の開拓を模索しており、これらは、生成AIの初期のユースケースに関する議論において、必然的なトピックとなっています。
銀行は、生成AIを利用して、顧客の購買習慣や取引パターン、内部の税務コンプライアンスに関する収集データから新たなインサイトを得られるほか、新規の収益源を開拓することができます。
このようなフロントオフィスのユースケースは、目立った成果を上げることができる反面、新たなリスクを招く可能性もあります。初期計画の策定に際して、情報を提供し、サービスの品質、顧客満足度、銀行のブランドとレピュテーションがダメージを受けるリスクを最小限に抑える一助となる適切な管理が必要です。銀行は規制当局が今後、顧客向けのユースケースや、AIを活用して自動意思決定を行うユースケースに特に注目すると考えられることを認識しておく必要があります。
今、何から行動すべきか
銀行は、価値創造とリスクのレンズを通してユースケースを検討するべきです。短期的には銀行は、リスクエクスポージャーを考慮に入れつつ、価値創造の可能性が最も高い機会を推進することが必要です。低リスクで、明確な価値を提供し、短期的な成果を活用しながら幅広い戦略目標の達成を加速できるAI投資ポートフォリオを構築しなければなりません。まずは、コンテンツの作成やワークフロー(ナレッジマネジメントなど)の自動化といった内部向けユースケースから始めることが推奨されます。
小規模で始め、すぐに得られる成果を重ねることで、自社の能力を評価し、主要な課題と注意事項を認識し、規模拡大を目的とした、現在または今後のパートナーシップや買収を評価できるようになると考えられます。
今後の展望
最初にすぐ得られた成果から得た教訓から学ぶことによって、組織の準備が整えば、より価値が高く、より大きなリスクのユースケースへと進むことができます。また、生成AIを利用してビジネスモデルの変革と再構築を行う準備も整います。
4. 専用のセンター・オブ・エクセレンスまたはコントロールタワー・アプローチを確立する
金融機関はその規模を問わず、生成AIのセンター・オブ・エクセレンス(CoE)を設置することで、初期のユースケースの導入、知識とベストプラクティスの共有、スキル習得などのメリットを享受できます。一方、生成AIの能力が成熟するにつれ、人材やプロジェクトの調整からさらに進めて、「コントロールタワー・アプローチ」をとることで、ビジョンと戦略を策定し、組織全体の生成AIの導入状況を可視化し、ガバナンスモデルを強化することができます。
今、何から行動すべきか
AIの導入がかなり進んでいる大手銀行は、方向性やビジョンを示すだけでなく、生成AI導入の目標達成に向けた高レベルなロードマップを策定するコントロールタワー機能を設置すべきです。ロードマップには、バリューチェーンとビジネスモデルの見直し、テクノロジーアーキテクチャとデータセットの全面的な評価、イノベーション投資の評価が欠かせません。コントロールタワー機能は、生成AIの取り組みを主導するだけでなく、その実行および展開をサポートします。そのためには、適切な管理体制や管理指標を整備し、ビジネスの成果の推移を把握するとともにニーズの変化に応じて、取り組みを調整していくことが不可欠です。
一方、生成AI導入の初期段階にある中小銀行であれば、最初のステップとして、または知識を調整する拠点として、CoEを設置することで十分でしょう。また、CoEを設けることで組織の能力を段階的に向上させ、ベストプラクティスを広め、知識の共有を促し、初期のユースケースを推進できると考えられます。
今後の展望
銀行は、初期のユースケースとパートナーシップをモニタリングする中で、ユースケースを継続的に評価して、拡大させるか縮小させるかを判断し、どのパートナーシップを統合するかを評価すべきです。また、コントロールタワーがさまざまな事業分野とどのような関係を築き、ユースケース、予算、成果、ガバナンスの所有権をどのように分散するか、あるいは一元化するかも決める必要があります。
5. ガバナンスと統制を確立する
生成AIは、銀行業務に新たなリスクをもたらし、既存のリスクを高めます。AIのガバナンスプロセスと統制はレガシーテクノロジーのそれに多少似ているものの、新たなリスクの対処には、社内のユースケースおよびサードパーティー・ツールの使用の両方について、新しいモデルと枠組みが必要です。
組織は従業員がいつ、どのように生成AIを活用できるかを考え、社内と社外のユースケースがもたらす独自のリスクを評価しなければなりません。さらに、生成AIが業務に及ぼす影響も考慮する必要があります。例えば、融資の判断に生成AIを利用すると、対象者の特性(ジェンダーや人種など)に基づいてバイアスを反映した決定を下すことになりかねません。立証責任は銀行にあるため、申請を却下した理由と、申請者を公平に検討したことを規制当局に示す証拠を収集する必要があります。現時点で法律や規制の枠組みがない場合であっても、ガバナンスモデルを構築し、生成AIの責任ある倫理的使用を促進しなければなりません。
今、何から行動すべきか
銀行は最初に、公開されている既存の生成AIのツールとモデルの従業員による利用に関して、ガイドラインと統制を確立すべきです。このガイドラインは、従業員がこれらモデルへ会社の機密情報を読み込むことを監視し防止します。また、ユースケースを問わず、生成AIの開発、使用用、モニタリング、リスク管理をするために、トップレベルのガバナンスと統制の枠組みを確立しなければなりません。
今後の展望
銀行は、生成AIの能力への投資と新たなユースケースの策定を進める中で、ツールの使用に関する独自の課題とリスクを評価し、個別のユースケースに合わせてガバナンスと統制を調整する必要があります。新たなユースケースでは、バイアスやハルシネーションなどのリスクに関するテストと評価を継続に行う必要性が新たに生じます。
最後に
生成AIの変革力を活用するには、業務を継続しながら、いかに変革を加速させるかという銀行の長年の課題に対する考え方も変える必要がありますが、銀行はその緊急性を十分に理解しており、大部分がすでに生成AIにリソースを投じています。
リソースを配分する
90%の回答者が、自社は生成AIの利用の模索と導入にリソースを投じていると述べています。
生成AIの導入を成功させるには、バックキャスティング・アプローチでビジョンを設定し、プログラマティック・アプローチでユースケースの優先順位を決め、リスク管理およびガバナンスを行う必要があります。銀行は、AIを主にバックオフィスの自動化とコスト削減を図るためのテクノロジーとする、現在の認識を転換する必要があるでしょう。テクノロジー投資のリターンを最大化するには、生成AIでフロントオフィス機能とビジネスモデル全体を変革する方法について熟慮することが不可欠です。銀行は、生成AIがイノベーションアジェンダ全体の1つにすぎないことも認識しておかなければなりません。長期戦略に沿った対策をバランスよく講じる中で生成AIを使用することで、未来の新しい銀行の姿を構築し、顧客と株主に価値を創造することができます。
サマリー
生成AIが持つ真の力を活用するためには、ユースケースの価値とリスクを評価した上で、長期的なロードマップを策定する必要があります。銀行は、技術革新プロジェクト、データ管理や人材開発において得た教訓から学ぶことで、ユースケース開発の枠組みの構築を促進することができます。ユースケースの価値創造を評価しながら、それに伴うレベルのリスク管理をするには、社内外の生成AI使用に対するコーポレートガバナンスや統制、コントロールタワー・アプローチの確立が不可欠となります。
本記事の執筆に当たっては、Senior Director Digital Assets Strategy Lead, EY-Parthenon, Ernst & Young LLPのPrashant KherとFinancial Services Strategy EY-Parthenon, Ernst & Young LLPのZachary Trullの協力を得ました。