10 分 2022年4月18日
森林に浮かぶ飛行機の影

EUのサステナビリティに関する新たな指令はどのように状況を⼀変させるか

執筆者 Andrew Hobbs

EY EMEIA Public Policy Leader

Public policy leader focusing on talent, technology, corporate governance and corporate reporting. Father of four, cyclist and dabbling homebrewer.

10 分 2022年4月18日

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企業サステナビリティ報告指令( Corporate Sustainability Reporting Directive、CSRD)が、情報開⽰と⾮財務情報の保証に変⾰をもたらしています。

要点

  • EUが公表したCSRDは、既存の非財務情報開示指令(Non-Financial Reporting Directive 、NFRD)を改正するものである。
  • CSRDはサステナビリティ問題の対象範囲を拡大し、EU域内においてすべての上場大手企業にサステナビリティ情報開示基準の導入を義務付けている。
  • 企業は今後、義務化されたサステナビリティ情報開示基準に沿って情報を開示し、サステナビリティ情報に対する第三者保証を得る必要がある。

欧州委員会は2021年4⽉21⽇、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)案を公表しました。これは、既存の⾮財務情報開⽰指令(NFRD)の改正です。

改正後の新指令は、欧州グリーンディールを後押しする内容です。欧州グリーンディールは、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにし、EUを現代的で、資源効率が⾼く、競争⼒のある経済へと変⾰し、気候危機の⾷い⽌めを⽬指す政策です。この指令はまた、包括的なサステナブルファイナンスパッケージの⼀部でもあります。このパッケージの⽬的は、気候中⽴経済への移⾏をサポートするべく、⺠間投資を喚起するよう促し、グリーンディールを実現させることです。

パッケージにはEUタクソノミー(および気候委任法)が盛り込まれています。これは、EUの環境⽬標の達成に最も貢献する経済活動の分類基準を詳述したものです。また、規則などを改正する6つの委任法も組み込まれました。これが施⾏された場合、⾦融機関は⼿続きとクライアントへの投資アドバイスにサステナビリティを組み⼊れる必要がでてくるでしょう。

指令案の適用範囲

指令案では適⽤範囲が拡⼤されるため、より多くの企業が対象となります。

  • まず、零細企業1を除く、EUの規制市場におけるすべての上場企業に適⽤されます。上場中の⼩企業2も適⽤対象ですが、2026年1⽉1⽇の適用までの間は免除されます。
  • 次に、EU域内の企業であるか、域外の企業の⼦会社であるかは問わず、「⼤企業(large undertaking)」に適⽤されます。「⼤企業(large undertaking)」とは、会計指令3で定義されている⽤語です。純売上⾼が4,000万ユーロ超、貸借対照表の資産合計が2,000万ユーロ超、従業員が250⼈超という3つの基準のうち2つを満たす事業体を指します。
  • 3番⽬として、CSRDはその法的形態を問わず、保険会社と信⽤機関に適⽤されます。

⼀⽅、CSRDの適⽤が除外される場合もあります。最も注⽬すべきは、親会社がCSRDに準拠した情報開⽰の対象に⼦会社を含めている場合、その⼦会社への適⽤が除外される点です。先述のように、上場零細企業と⾮上場中⼩企業は適⽤対象外ですが、⾃主的に適⽤を受けることもできます。

⽐例性の原則を守るため、欧州委員会は⼤企業を対象に義務化されたサステナビリティ情報開⽰基準と、中⼩企業を対象とした⽐例的な基準を別途導⼊するでしょう。⽐例的な基準の適⽤については、規制市場の上場中⼩企業が2026年1⽉1⽇から義務化されるのに対し、⾮上場中⼩企業は⾃主的な判断に委ねられます。

EUに加盟する27カ国は、2022年12⽉31⽇までに新指令を国内法化する⾒通しです。

スケジュール

EUに加盟する27カ国は、2022年12⽉31⽇までに新指令を国内法化する⾒通しです。そのため、新指令の対象となる企業は2023年1⽉1⽇以降に始まる年度から、改正後の規則を順守する必要があります。

⼀⽅、中⼩企業が適⽤を受けるのは3年後の2026年1⽉1⽇からとなり、それまでは新指令に沿った情報開示の必要はありません。

浄水場の上空写真
(Chapter breaker)
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第1章

サステナビリティ情報開⽰基準に対するEUの⾒解

新指令の⽬的は、サステナビリティ情報開⽰を財務情報開⽰と同じ⽔準に引き上げることです。

CSRD案の⽬的は、現在直⾯しているサステナビリティ関連リスクと機会、それが⼈々と環境に及ぼしている影響(ダブル・マテリアリティ)に関する⼗分な情報を企業に公表させることです。この指令案には、以下の⽅針が提⽰されています。

  • 開⽰する情報をEUタクソノミーなどのEU規則に従い、⽐較可能で信頼でき、かつ、デジタル技術によって利⽤者が検索・活⽤しやすいものにすることへの義務化
  • 不必要な費⽤の削減と、サステナビリティ情報の開⽰を求める声の⾼まりに、企業がコスト効率良く応えられるようにすること

今回の指令の改正により、以下の4つの法令も修正されます。

  • 会計指令
  • 透明性指令
  • 監査指令
  • 監査規則

EUのサステナビリティ情報開⽰基準の内容について

新指令の対象となる企業は、新たなサステナビリティ情報開⽰基準に沿って情報を開⽰することになります。この⼀連の基準は現在、欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)が策定作業を進めています。EFRAGがまとめたサステナビリティ情報開⽰基準案は、あらゆるステークホルダーの要求を満たすことを⽬指した内容です。

「ダブル・マテリアリティ」の考え⽅に忠実に従ったものになるでしょう。「ダブル・マテリアリティ」とは、「影響のマテリアリティ」と「財務のマテリアリティ」のふたつの視点を統合した、EU独⾃の考え⽅です。新基準の採択は、欧州証券市場監督局(European Securities and Markets Authority)にEFRAGの技術的助⾔に対する意⾒を聴いた後になります。EFRAGが担うことになる責務には、以下のようなものがあります。

  • 基準策定に向けたグローバルな取り組みとEUの取り組みの連携を相互に強化するための提案
  • 新たなサステナビリティ基準を策定するための詳細なロードマップの取りまとめ
  • EFRAGがガバナンスと資⾦調達について加える可能性のある変更への提⾔公表。既存の財務情報開⽰の柱に加え、新たに定めるサステナビリティ情報開⽰の柱に関する提⾔もこれに含まれます。

欧州委員会は2022年10⽉31⽇までにEFRAGが策定中のサステナビリティ情報開⽰基準第⼀弾の採択を⽬指しています。

これにより、コーポレートレポーティングとサステナビリティに関して企業が開⽰しなければならない情報、および⾦融市場の参加者に対して負う追加の情報開⽰義務が明確になるはずです。さらに、欧州委員会は2023年10⽉31⽇までに情報開⽰基準の第⼆弾を採択することも⽬指しています。これは、そのセクター固有の懸念事項を含め、企業が開⽰すべき補完的なサステナビリティ情報を明確に定める基準です。

新指令の適⽤後、欧州委員会は3年ごとに国際基準などの新たな進展を踏まえて基準を⾒直します。

温室で作業をする農業技術者
(Chapter breaker)
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第2章

指令案︓影響と期待

CSRDはコーポレートレポーティングに変⾰をもたらします。

CSRDはコーポレートレポーティングに⼤きな変⾰をもたらし、欧州のみならず全世界でサステナビリティ情報開⽰の未来に加え、個々の企業にも広範な影響を与えます。企業、規制当局、基準策定機関、監査⼈はいずれも2年未満という短い時間で新指令の施⾏に備えて多⼤な時間と資源を費やす必要があるでしょう。企業に期待されているのは以下のような対応です。

  • ⾃社のビジネスモデル、戦略、サプライチェーンに関するサステナビリティ関連の情報をこれまでよりも多く開⽰
  • 投資家が競合他社と⽐較可能な情報を提供、また、予想される⾃社への資本の移動を明確にし、サステナビリティの良好なパフォーマンスを誠実に⽰す
  • 意思決定プロセスへのアプローチの仕⽅とステークホルダーとのストーリーの共有⽅法を変える

効率的な施⾏に備える

新指令の重要性と対応に要する時間を考えると、基準案がまとまりパブリックコンサルテーションが⾏われる2022年初めからその施⾏に備えた取り組みの開始が不可⽋です。

企業は今後、サステナビリティ関連の情報を特定、収集、環境・社会・ガバナンス(ESG)リスクを管理して⽅針を策定し、⽬標とKPIを設定するとともにどのようにその妥当性を⾒直す機会を設けるかを検討する必要があるでしょう。また、基準策定の過程においてEFRAGから発信される成果、解釈といった情報を常に把握し、基準がどのような内容になるかをいち早く⾒極めなければなりません。

コスト

サステナビリティ情報を開⽰する必要のある企業は、現在の11,600社から将来的に約49,000社に増える4ことが予想されます。EUの指令案は「企業がサステナビリティ情報を開⽰する際の不必要な費⽤の削減」を⽬的としているものの、これを順守するためには多⼤な⼀時的費⽤に加え、経常的な費⽤が毎年発⽣する⾒通しです。

新指令案は、ステークホルダーからの要求の⾼まりにより、すでにサステナビリティ情報の提供で企業が負担する費⽤が増⼤していることに焦点を当てています。採択された場合は新基準により追加情報を求められることはなく、企業は新基準を適⽤することでその規模に応じて実質的に費⽤を削減できるはずです。

影響分析

49,000社

の企業が将来的にサステナビリティ情報の開⽰を義務付けられると予想される(現在は11,600社)。

中⼩企業のサステナビリティ情報開⽰

上場中⼩企業には、その規模と資源に⾒合ったサステナビリティ情報の開⽰のみが義務付けられる⾒通しです。中⼩企業にとってこれは⼤きな第⼀歩となるため、外部パートナーから専⾨知識を得ることが移⾏の役に⽴つでしょう。

企業が実務⾯でとるべき対応

企業サステナビリティ情報開⽰指令案の対象企業は、サステナビリティ情報の作成準備と開⽰⽅法を⼤幅に変更する必要があるでしょう。

経営幹部は、以下の対応が必要です。

付加的な情報提供

開⽰するすべてのサステナビリティ情報は将来を⾒通す視点および過去を振り返る視点を取り込み、また、定性的かつ定量的なものでなければなりません。それに加え、短中⻑期的な展望を⾒据え、かつ、⾃社のバリューチェーン全体を考慮に⼊れる必要があります。

新サステナビリティ情報開⽰基準に沿った開⽰

今後、企業は新たなサステナビリティ情報開⽰基準に従い、経営報告書にて情報開⽰します。それにより、報告書の読み⼿はその企業が及ぼす影響とパフォーマンスを総合的に把握できるでしょう。

デジタルタグ付けの利⽤

読み⼿がサステナビリティ情報を検索しやすく、また、機械で読み取りやすくするためには、財務諸表と経営報告書の両⽅を1つのXHTML形式で作成し、デジタルタクソノミーに従ったタグ付けをしてサステナビリティ情報をマークアップする必要があります。

将来について考えるビジネスウーマン
(Chapter breaker)
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第3章

監査委員会と監査⼈の役割の変化

今後監査委員会と監査⼈に求められるのは、新たな情報開⽰プロセスの監督やシステム設定と管理体制の有効性のモニタリングです。

新たな指令の施⾏に伴い監査委員会が担う責任は増⼤します。企業のサステナビリティ情報開⽰プロセスのモニタリングと企業が提供するサステナビリティ情報のインテグリティを確保するための提⾔提出に加え、以下の役割を担う必要があります。

  • 企業の内部品質管理システム、リスク管理システム、内部監査機能の有効性のモニタリングサステナビリティ情報の年次・連結開⽰に対する保証のモニタリング
  • 企業の管理機関または監督機関へのサステナビリティ情報に対する保証の結果報告
  • 監査⼈または監査法⼈の独⽴性のチェックとモニタリング

監査⼈の役割

新指令案では、企業の監査⼈またはアシュアランスサービスを提供する事業者が、企業が開⽰するサステナビリティ情報に対して限定的な保証を与える必要があります。

サステナビリティ情報の保証をする事業者には、財務諸表の監査⼈に現在適⽤されているのと同じ⾼⽔準の基準、資格・条件、客観性、独⽴性、倫理性、品質の保証および監督業務が求められます。

監督と執⾏

EU加盟国は、監査⼈と監査法⼈による公的な監視が⾏われるよう現⾏の枠組みを拡⼤し、サステナビリティ情報に対する保証もこの対象範囲に加える必要があるでしょう。

企業のアニュアルレポート担当者には、経営報告書がサステナビリティ情報開⽰基準に従って作成されたという確認が義務付けられます。

結論

今後、EUのCSRDは欧州グリーンディールと国連の持続可能な開発⽬標(SDGs)に沿った、完全に持続可能な経済・⾦融システムの構築に寄与するでしょう。ESGがステークホルダーと組織にとって極めて重要な概念となりつつある中、EUではサステナビリティ情報開⽰⽅法の⼤幅な変更が、すべての上場⼤企業に求められるようになるでしょう。その影響が広範囲に及ぶことで幅広い変化へとつながり、業績と財務に関するコーポレートレポーティングを根本的に向上させるはずです。早ければ2022年10⽉にサステナビリティ情報開⽰基準の第⼀弾が策定される⾒通しです。

サマリー

EUの企業サステナビリティ情報開⽰指令案の⽬的は、現在直⾯しているリスクとサステナビリティの問題、それが⼈々と環境に及ぼしている影響に関する⼗分な情報を企業に公表させることです。すべての⼤企業とEUの規制市場に上場しているすべての企業は、上場零細企業を除き、この指令を順守する必要があります。施⾏⽇は2023年1⽉1⽇ですが、上場中⼩企業には3年間の猶予期間があります。また、この指令の施⾏に伴い、経営陣、監査委員会、監査⼈が担う責任が増⼤します。

この記事について

執筆者 Andrew Hobbs

EY EMEIA Public Policy Leader

Public policy leader focusing on talent, technology, corporate governance and corporate reporting. Father of four, cyclist and dabbling homebrewer.